書に耽る猿たち

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『邪宗門』高橋和巳|ある宗教団体の盛衰興亡

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邪宗門』上下 高橋和巳

河出文庫 2021.5.19読了

 

藤優さんが世界に誇る日本文学と謳っている高橋和巳さんの『邪宗門』を読んだ。高橋さんの作品は先日『非の器』を初めて読み、なかなか好みの作風であると感じた。ただ、読み応えがある故にどっしり重く結構エネルギーを要する。今回も中身が濃いだろうと心して取りかかった。

葉潔という少年が神部駅に降り立ち、亡き母親の願いを叶えるべく、ある城跡に骨を埋めようとする。そこで餓死寸前となった潔を拾い面倒をみてくれたのが「ひのもと救霊会」という宗教団体であった。この宗教団体の盛衰興亡を背景に、大河小説のように描かれたのが本作品である。

イトルが『邪宗門』、人を惑わす、邪悪な、有害な宗教。であれば宗教の悪い面が表現されているのかと思っていたがそんなことはなかった。この世には宗教の自由があり、人が何を信じようとそれは個人の自由であり尊重されなくてはならない。ただ信じるものが異端である、少数派であるが故に、世間から一見疎んじられるだけなのだ。いつしか、自分も救霊会という組織に属しているかのように物語世界に没頭した。

生がベールに包まれ、鋭い眼をした魅力的な主人公の潔もさることながら、教主行徳仁二郎の娘である阿礼(あれ)と阿貴(あき)の姉妹、教団に仕える植田文麿と克麿の兄弟の存在が気になった。血の繋がりがありながらもそれぞれの相反する思想と生き方が非常に浮き立っていた。

は宗教というのは一つの例えであり、会社組織、地域、ひいては国のことではないかと思える。ただ宗教という団体の集まりなだけで、中身は私たちがそれぞれ属している世界と何ら変わらないのだ。人間模様も何もかもが。

下巻の2冊なのだが、それ以上にボリュームがあり、読み終えるのにとても時間がかかった。ひとつひとつの文章はそんなに難解ではないのに、頁にびっしりと埋まった文字の渦と著書の幅広く深い知識量に追いついていくのがやっとである。正直、生半可な気持ちでは挑戦出来ないのが高橋さんの作品だ。それでも、一生に一度は読破すべきだと思うしこの本を読むと宗教の捉え方が少し変わるだろう。

橋和巳さんは左翼、三島由紀夫さんは右翼で両極端の2人だけれど、どうにも2人の観念が交差し合いながらも近しい距離感にいるように思える。そして戦前戦中戦後という時代を生きた彼らには、現代作家にはない凄みがあり、作品からは生と死の重みを存分に感じることが出来るのだ。

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