書に耽る猿たち

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『お菓子とビール』モーム|人生を楽しくするもの

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『お菓子とビール』サマセット・モーム 行方昭夫/訳 ★

岩波文庫 2021.7.11読了

 

ーム氏の小説は『月と六ペンス』『人間の絆』を過去に読んでいる。それらに並ぶ代表作がこの『お菓子とビール』だ。なんでも本人が1番好きな作品として挙げているため、以前から気になっていた。読んで納得、とてもおもしろかった。これは大人が楽しむ味わい深い極上の物語だ。

入部分が斬新で引き込まれる。留守の間に電話がありましたよ、と下宿のおかみに言われる。どうやら相手は大事な要件だと言う。でも、こういう場合は電話をかけた相手が大事だというだけで、こちらにとってはそうでもないことが多いという。なるほど、人間の真理を哲学的に諭すこの感じ、さすが人間観察力に優れたモーム氏である。

り手はアシェンデンという男性作家。作家仲間であるエルロイ・キアからのこの電話をきっかけにして、青春時代の出来事を回想していくストーリーである。亡くなった文豪ドリッフィールドと彼の最初の妻ロウジーについて想いを馳せる。

ジーの破天荒な男性遍歴は信じ難いが、どこか奔放で潔くも感じる。「いらいらしたり嫉妬するなんて愚かしいわ。今あるもので満足すればいいじゃない。そう出来るあいだに楽しみなさいな。百年もすれば皆死んでしまうのよ。そうすれば何も問題じゃあなくなるわ」

イトルの『お菓子とビール』は暗喩であり、本文には直接登場しない。敢えて単語が出たのは、ドリッフィールドが晩年バーで飲む「ビール」であり、ロウジーが老後に食べる「スコーン(お菓子)」であろうか。「お菓子とビール」はシェイクスピアの作品にある句で、「人生を楽しくするもの」「人生の愉悦」という意味があるらしい。ロウジーの生き方がまさにこれなのだ。

行当時は、英国文壇の真実を明るみにし批判したような作品だとも言われたらしい。外国文学が好きな人はより楽しめるだろうし、モーム氏の巧みなストーリーテリングによって単純に先が気になって仕方ない。そして、最初に述べたような人間真理の探究が散りばめられている。不思議と登場人物みなが愛おしく、読み終わったあとには晴れ晴れとした気分になる。