書に耽る猿たち

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『死んでいない者』滝口悠生|日常とは違うある一日の営み

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『死んでいない者』滝口悠生

文春文庫 2021.8.10読了

 

口悠生さんの芥川賞受賞作である。少し前に『茄子の輝き』を読んで、なかなか好みの文体だったため手に取ってみた。お通夜、告別式の話なので先日読んだ『葬儀の日』を連想した。

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 る人物の葬儀のために親族が集う。その1日のことが書かれた作品だ。血縁関係が複雑で親戚が多いこの親族は、登場する人物が誰なのかわからなくなる。あれ、あの人の子供だったっけ、この名前はさっき出てきたんだっけ、と。

もそんなものは理解しなくてもいいのだということに途中で気付く。人物相関図がなくても、この小説はいいのだ。大体の雰囲気がわかればいい。親戚の集まりって結構そんなもので「確かあの人はあの方の子供」なんて私も思い特に確認もしない。まぁ、私はこの小説に限らず、主要な登場人物以外は結構曖昧なまま読み進めてしまう。

えてみれば、冠婚葬祭の時にしか会わない親戚が誰にとってもいるだろう。結婚式は誰もが行うわけではないし、参列しない場合もあるから、もしかしたらより多くの人が集まるのがお葬式かもしれない。

メリカ人のダニエルは、日本のお通夜、お葬式の行事、その一連の流れについて何を感じているのか。妻との間に生まれた息子以外はみな血の繋がりはなく他人である。「義理」の関係とはどういうものなのか。義理を果たす、義理人情、義理堅い。「義理」って結構深く重い言葉だ。ダニエルは、他国の習わしを自身も全うしながら、結局日本人も同じように感じているのだろうと思うところが興味深い。

んだ者を偲ぶために、死んでいない者が集まる。「生きている者」という表現ではなく「死んでいない者」。彼らは何を想うのか。ある1日の出来事がめいめいの視点で語られていくただそれだけの物語なのだが、誰しもが経験し同じように過ごし同じように感じるだろう、日常とは違うある1日。

トーリーらしきものは特段ないから、人によってはつまらなく感じるかもしれないけれど、これが純文学たるもの。芥川賞らしい作品である。でも、個人的には『茄子の輝き』のほうがお薦め。最近刊行された新刊も気になっている。

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