書に耽る猿たち

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『最高の任務』乗代雄介|モノを書くために生まれてきた光る存在

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『最高の任務』乗代雄介 ☆

講談社 2021.8.13読了

 

川賞候補に2回も選ばれていて、最新作『旅する練習』が気になっている。というより、多くの方から絶賛されている乗代雄介さんの小説をなんでもいいから読みたい欲が高まっていた。この『最高の任務』には、表題作ともうひとつ中編が収められている。

 

『生き方の問題』

こちらの作品がもうひとつの中編小説。主人公祥一が、2つ歳の離れた従姉妹のお姉さん貴子に送る「手紙」という形で作品は成り立っている。いや、最初の数頁読んだだけではっとする。とてつもない才能を目の当たりにしたような感覚。どんなふうに物語が進み、どう終わるのか?文体だけでなくストーリーも気になり祥一の手紙に吸い寄せられる。

普段遠くに行くときは2〜3冊本を持っていくのに、貴子に会いに行くとき(新幹線に乗るくらいの遠方)、それをやめた。「今回ばかりは実のない文字拾いに夢中になってこの現実から目を離すべきじゃないと自戒したんだ」(27頁)いや、この感覚わかる。自分の実にはならないのに重たい本を何冊も持ち運ぶこと、何の本にするか悩む時間…。わかってはいるけど本好きなら仕方のないことなんだよなぁ。

祥一と貴子の幼い頃の思い出から始まり、手紙を送る1年前の衝撃的な再会も含めて、長い長い手紙が続く。際どい描写もあるのに、文体のせいかいやらしく感じない。これはラブレターなのだろう。ピュアで一途な男の美しいラブレター。この手紙を読んだ貴子が気になって仕方がない。

 

『最高の任務』

芥川賞候補作になったのが第162回ということだから、受賞作は今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』と古川真人さんの『背高泡立草』である。古川さんの作品は読んだことはないが、今村さんの作品は確かにぞっとする才能を感じる。

景子の大学の卒業式に、家族全員出席するという。弟は式の後に行く高級中華料理店の炒飯を食べたいからという理由もあるようだが、家族全員が景子に何かを隠しているようだ。それは、既に故人である「ゆき江ちゃん」という仲良しだった叔母さんのことに関連しているようだ。何かの任務を果たすために。

『生き方の問題』に比べると、随分と真面目で知的な作品に感じる。遺跡など考古学も絡めてあるからかもしれない。現在と過去が同時に進行するが、過去は「日記」により景子の回想となる。

特急電車のトイレを「歯軋りする口の中にいるような個室」と表現している。この比喩を連想する感性におののく。他にも、圧倒される文章が至る所にあった。そして、景子が痴漢らしき人を追い払うシーンはなかなかおもしろい。どうやら阿佐美景子という女性を主人公にした作品はシリーズになっているようで、過去にも何作かあるらしい。

読んでいて光っていた文章をひとつ。

信じるということは、確率や意見、事実すらを向こうに回した本当らしさをこの目に映し続けることである。(181頁)

 

代さんの書くものが私の好みというのもあるが、文体をじっくり味わえる充実した読書時間になった。モノを書くために生まれてきた人だと思う。これからも追い続けたい作家の1人になった。そうそう、驚いたのが乗代さんははてなブログでブログを書いていたんだって!まだ見られるのかな〜。