書に耽る猿たち

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『満潮の時刻』遠藤周作|入院生活でみえてくるもの

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『満潮の時刻』遠藤周作

新潮文庫 2021.9.24読了

 

しぶりに遠藤周作さんの小説を読んだ。この作品は没後2年してから上梓されたようで、長編であるのにあまり有名ではない。作品の中にある欠点(時間経過がそぐわない箇所がある等の違和感程度)を補ってから単行本にしたいという思いがあったそうだが、仕事に忙殺され及ばなかったようだ。

学校の同窓会に参加した40歳の明石は、2次会で喀血してしまう。病院に行った結果、1〜1.5年の入院生活を余儀なくされた。明石は肋膜炎の影響で徴兵を免れた過去があり、それをどこか後ろめたく感じている。その時戦地に赴かなかった自分がここにきて辛い日々を送ることになったと、ある意味自身で納得をするのだ。

島由紀夫さんが身体が弱かったために同じく徴兵を免れ、それが常に心の重しになっていたことを思い出した。当時は「お国のため」「天皇のため」に自ら戦うことが崇められた時代だったから、徴兵に行かなかった人はどこかでそのような想いを抱くのだろう。

直、この小説を読んでいると病人になったようでどんどん気持ちが沈み暗くなってしまった。病院という閉塞された空間、死にゆく人々、別れを惜しむ連れ合い、そうしたものが日常となる中で、明石はモノの見方を変えていく。私も手術・入院の経験が一度ある。短い期間でも、確かに入院中に見える景色や想いは普通とは違ったし、退院後は自身が一皮剥けたような心持ちがしたものだ。

藤周作さんは37歳の時に結核のため長期療養を体験した。3度の手術経験も明石と同じである。そこで見てきたもの、感じたことをこの小説で表現しており「人生においての経験に無駄なことは何ひとつとしてない」という心理を見出したのだ。キリスト教の洗礼を受けた遠藤さんらしく、信仰も重要なテーマになっていた。