書に耽る猿たち

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『旅する練習』乗代雄介|好きなものと一緒に生きる

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『旅する練習』乗代雄介

講談社 2021.10.1読了

 

学受験を終えた亜美と、小説家の叔父さん(作品の中で語り手のわたし)は、コロナ禍の中ではあるが旅に出る。それも、千葉から利根川沿いを歩き、埼玉の鹿島アントラーズの本拠地スタジアムに向かうというもの。   

でこそオリンピックなどの国際大会では女子サッカーソフトボールという種目は違和感なくある。元々男子しかやらないスポーツだったのに、いつの間にか女子にも広がり、誰でも楽しめる。私が小中学生の頃なんて、ソフトボールは(若干だけど)あっても、女子サッカー部なんてなかったもんなぁ。そう、亜美はサッカーをやっているのだ。

の目的はカシマスタジアムに行くことと、その近くにある合宿所で以前亜美が勝手に拝借してしまった本を返しに行くこと。旅には条件があり、亜美はリフティングをしてサッカーを上手くなること、叔父さんは風景を文章にしたためること。生きるための、好きなもののために練習をするのだ。

わゆるロードノベル。その時々に出会う景色、人との出会いが自己を成長させる。涼やかな空気をまとった作品だった。実はびっくりするところがあるのだけれど、それがこの小説を忘れがたくしているのかもしれない。強烈な喪失感みたいなものが。

回読んだ『最高の任務』にくらべると、かなり文章が平易になっており、誰にでも読みやすく仕上がっているように思う(個人的には『最高の任務』に入っている中編『生き方の問題』のほうが好み)。おそらく小学6年性である亜美の口調が、よりそう思わせるのだ。今どきの小学生の喋り方、語尾を伸ばす思わせぶりなトーン。今にも本の中から会話が聞こえてきそうなほどリアルだ。亜美ちゃんの名前の読み方が普通の読み方でないのが良いなぁ。

供と叔父さんという関係性がまた良い。両親でも兄弟でもなく、また先生でもない程よい関係性。吉野源三郎さんの『君たちはどう生きるか』で博識な叔父さんに色々と教わったように、亜美もこの絶妙な距離感の親戚から生きるために大切なものを教わる。

の2年間で「新型コロナウィルス」を扱った作品は数多く出ている。コロナを扱ったエッセイや評論のようなものは読んだことがあったが、小説では初めて。そろそろウィルスは消滅するだろうか。数十年後にこういう小説を読んで「コロナ」「緊急事態宣言」なんて文字を見てどう思うのだろう。

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