書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『さよなら、ニルヴァーナ』窪美澄|人間の中身を見たい

f:id:honzaru:20211014085010j:image

『さよなら、ニルヴァーナ窪美澄

文春文庫 2021.10.16読了

 

撃を受けた事件といえば、私の中ではオウム真理教による地下鉄サリン事件、4人の幼児・幼女を誘拐し殺人した宮崎勤事件、そして、神戸児童連続殺傷事件である。子供を殺し首を小学校の門に置いた自称酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)。衝撃だったのは、加害者がまだ14歳という中学生だったこと。子供なのにあのような残忍なことができるなんてと、同じくまだ子供だった私も恐怖に慄いた。

年法に守られ、加害者の名前や住所だけでなく処遇についても明らかにされないことから、少年法の意義や問題点がたびたび論点になった。私が大学で法学部を選び、「犯罪心理学」をテーマにしたゼミに入ったこともこの事件による影響が大きかったかもしれない。でも、今となっては文学部に行けばよかったかなと思う。

美澄さんのこの小説は、酒鬼薔薇少年の事件から着想を得て書かれている。もちろん事実とは全く異なるフィクションだ。加害者少年A晴信(はるのぶ)、被害者の母親なっちゃん、晴信を信者のように追いかける莢(さや)、そして小説家志望の今日子。それぞれの視点で語られ、交錯しながら徐々に混ざり合っていく。

4人がそれぞれ抱える重たい過去に、心をぎゅっと抉られるようで辛くなる。特に加害者少年晴信の手記による章は読んでいて苦しい。が、引き込まれてしまう。決して本当の少年ではなく窪さんの想像で書かれたものなのに重ね合わせてしまう。小説家ってやはりとんでもない人たちだなと思う。すさまじい想像力と創造力。

直、莢と今日子には共感できない部分が多い。読んでいて嫌な気持ちにもなる。それでも読者は犯罪に関わる心理、人とは異なる心情に興味を持つからこういったテーマの作品に夢中になるのだ。いつもながらに窪さんの作品はおもしろい。ただ、語り手4人の人物像の主張度が強いから、作品の中で分散され過ぎている印象を受ける。一つの小説にしてしまうのはもったいないと感じるのだ。テーマを分けて二つの作品に出来そうな。

信は「人間の中身を見たい」からあのような事件を犯した。決して、決して許されることではない。ただ、誰しもが、物理的にではなくとも人間の中身(心理)を知りたい。小説を読む理由のひとつもそんな欲求が大きいからではないだろうか。

のジャケットを見ただけでは、作品の重さを想像することはできない。窪さんの作品は結構こんな感じのジャケが多くて、中身とのギャップがある。ニルヴァーナは「涅槃(ねはん)」もしくはロックバンドの名前のイメージが浮かぶが、実際にこの言葉がそれぞれ一度づつ作中に出てくる。

在書店に並ぶ窪さんの新作は、真っ赤なジャケに斧が描かれた『朔が満ちる』という小説である。家庭内暴力をテーマにした作品のようで、こちらも気になっている。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com