『平場の月』朝倉かすみ
光文社文庫 2021.11.20読了
大人の恋愛小説と謳われているこの作品、50歳の中年男女を主人公にした小説である。かつての同級生と再会し、この年齢でこんな関係になるなんてなかなかないだろうと思いながら読み進めた。決してドロドロの不倫でもなく、純粋な恋愛をしている2人が一途である。
一文が短い。歯切れがよく無駄なものがない。地の文も会話もとても短い。見たもの、思ったものをそのまま表現している感じ。だからなのか、初めは青砥と須藤がまだ若者であるかのように感じた。それでも考えている内容は大人のそれであって、よく考えたら大人だからといって長い文章になるのは小説の中だけかもしれないな、と思い直す。
現に私だって家で話す会話は短い単語で済ますし、日常発する言葉には修飾語や比喩なんてまず使わない。こうやって他の方のブログを読んでいても、年齢を明かしていない限りは実はその人の年齢はわからないもので、「この人は○歳くらいの方だったんだな」とわかるのは、その年代でしか知り得ない感情を表した時だったり、昔のニュースや出来事に触れている時だ。
作中で登場する「白いうさぎが[OKAY]という旗を掲げたスタンプ」とか、「ポンポンを手にジャンプするクマのスタンプ」など、LINEのやり取り一つとってもリアルに想像できる。ブラウンとコニーの無料スタンプだよなぁと。数年前に起きた事件や流行ったドラマの話も出てきたから妙に身近に感じる。
若者たちの恋愛と違うのは、それぞれの人生経験値があること。どこかで自分の行動にブレーキをかける、相手に負担をかけまいとする。そして、夢と希望だらけの若者と違って、ある程度の歳になった大人の恋愛では、老いがのしかかる。
見た目の問題だけではない。身体になんらかの不調が生じてしまい病気を抱える人も少なくない。須藤の大腸癌もそうだ。ストーマ(人工肛門)の問題については考えさせられた。中年以降になると、この先に必ず訪れる死をどうやって迎えるかも頭をよぎるのだ。
この本は数年前に直木賞候補作にも選ばれ、テレビでも紹介されていたのでいつか読みたいと思っていた。もしかしたら、ある程度歳を重ねた大人にしか理解できない内容かもしれないけれど、読後感は良い。2人はきっと幸せだった。だって50歳にもなってこんな気持ちになれたんだから。