書に耽る猿たち

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『消失の惑星』ジュリア・フィリップス|傷みを抱えた女性たち

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『消失の惑星(ほし)』ジュリア・フィリップス 井上里/訳

早川書房 2021.12.13読了

 

シアの南端にあるカムチャツカ半島。モスクワから約7,000kmも離れたこの地域は、自然が多く残り、人口も僅か、そして人が住んでいる地域は限られている。この島のことはほとんど知られていないのではないか。実は日本からはそれほど離れていない。そして、日本の大きさとほぼ同じであるという。

い姉妹2人が失踪する事件が起きた。犬を散歩する女性が、男性が車に乗せるところを目撃したという情報のみで捜査は難航する。姉妹の失踪は「八月」と名付けられた章である。この後「九月」「十月」…と月の名前が章となり、12人の女性達が登場する群像劇のような構成になっている。

齢も立場もバラバラな女性たちは少しづつ重なりながら(ある人物の従姉妹だったり、恋人の友達、会社の上司だったり)、それぞれが抱える過去、現実での困惑、未来への想いを馳せながら、懸命に向き合っていく。失踪事件のことは付属してあるだけで、どちらかというとそれぞれの女性たちの生き方が中心だ(もちろん最後にはちゃんとまとまる)。

の最初に主な登場人物紹介があるのだが、この順番がやっかいで始めはわかりにくかった。出てくる順番で書かれているわけでもない。新しい人物の名前が出るたびに探して「あれ、またでてきた」「ここで繋がるのか」と発見する。ジグソーパズルをはめていくかのように。この相関図を自分で作り上げるかのように。これって新しい楽しみ方だなぁと新鮮な気持ちになった。

失というよりも、もはや「傷み」を抱えた女性たちのこの物語は、それぞれが短編のように読める。読み心地はとても良い。じっくりと、カムチャツカ半島の寒さを感じながら、読む。冬にぴったりの物語だ。

ころで、訳されているのは井上里さん。つい最近この名前を入力したなと思っていたら、『ピクニック・アット・ハンギングロック』の訳者さんだった。こんなに短い期間で同じ訳者さんのものを読むのは珍しい。どちらもとても読みやすい。それなのに、原文の文体をそのまま表せているのだろう、訳文から立ち昇る雰囲気は全く別物である。翻訳家って改めてすごい。

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