書に耽る猿たち

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『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』鈴木忠平|他の人には見えないものを見ている

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『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』鈴木忠平 ★

文藝春秋 2022.1.27読了

 

うすぐプロ野球シーズンが始まる。私も某球団のファンで、年に何度も球場に足を運ぶ。チームの勝利、活躍した選手や思い入れのある選手のプレーや行動に一喜一憂する。何より真剣勝負の試合はおもしろい。

んなに興味を持つようになったのもここ6〜7年だ。だから、落合博満さんのことは、かつて中日の監督をされていたこと、現役時代は三冠王を取るほどの選手だったという位しか知らない。あとはあのニヒルな笑みと冷徹で頭脳明晰なイメージ。また、横浜DeNAベイスターズの宮崎敏郎選手が「コチアイ」と呼ばれているから、落合さんの現役時代は一本足打法だったのかな、とか。 

 

刊スポーツでプロ野球記者を16年間勤め、その後雑誌「Number」の編集に携わり現在はフリーの記者をされている鈴木忠平さんが著者である。落合博満さんが中日ドラゴンズの監督となった2004年からの8年間を、選手やスタッフなど12人のエピソードと著者鈴木さんの記録を綴ったノンフィクションである。この本、売れているのがわかる、とてもおもしろく心にも響いた。

合監督が就任して最初の年2004年、開幕投手を務めた川崎憲次郎さん。成績もふるわない川崎さんを開幕投手にした落合さんの真意と、1年間かけてチームを鋭く観察していた審美眼に心を打たれ、冷酷なまでの切り捨てに震えた。落合さんってこんな人だったんだ。そして同時に彼にとても惹きつけられた。

かでも印象的だったのは、落合監督のノックを失神寸前まで受け続けた森野将彦さん。プロフェッショナルとはどういうことなのか、その真意を知るために身を持って体験したことは財産だ。また、西武ライオンズから移籍してきたベテラン和田一浩さんの張り詰めた孤独な緊張感、ドミニカから来て日本で成功を手にしたトニ・ブランコさんの打撃に関するエピソード。何より、足のスペシャリスト荒木雅博さんの最終章は劇的であり、落合さんが中日というチームにもたらしたものを感動的に締めくくっている。

木さんは各選手の目線になって書いたり、はたまた記者である自分の目線で書くことで具体性と奥行きを持たせている。自身のパートでは本当にこんなシチュエーションがあったのか?と思えるような小説的な場面もあり誇張しているようにも思えるのだが、読ませる筆致がある。小説を書いたらぜったいおもしろいだろう。

さか、この本で泣きそうになるとは思わなかった。それも、半分以上の章でうるっと来るものがある。やはりみんな人間なんだよなぁ。野球ファンでなくてもおもしろく読めるし、人間力が磨かれると思う。

われた監督ーー表面上は、嫌われたと言えるのかもしれないが、「嫌い」という言葉にはその言葉の意味だけでは図れなく、もっと深いものに根ざしているのだと思った。落合さんのとは少し意味合いが違うけれど、上司は嫌われてなんぼのもの、嫌われることが仕事、なんて言葉もある。時間が経って初めて、その人の真意がわかる。

合博満さんという人は、決して非情・冷徹な人ではない。孤独で人と交わろうとはしないが、やることはきっちりまっとうし、芯がブレない男だ。普通の人が見ていないものを見ている。語らずとも無言をつらぬく姿、落合哲学がかっこいい。

 

年もプロ野球を観て少しづつ詳しくなってくると、不思議と贔屓球団以外のチームや選手に対しても興味が湧き、一野球ファンとして応援できるようになる。みんな選ばれたフィールドで活躍しているプロで真剣勝負をしている。今年はドラゴンズにも注目してみようか。この本に出てきた選手たちも、コーチや解説をしている。どんな発言をするのか楽しみである。それに新庄BIG BOSS率いる日本ハムも楽しみの一つだ。