書に耽る猿たち

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『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ|現代を生きる女性たちの依存

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『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ

新潮社 2022.1.31読了

 

原ひとみさんのお父様は、尊敬する翻訳家金原瑞人さんだ。私としては圧倒的に瑞人さんにお世話になっている。金原ひとみさんの小説は、芥川賞受賞作の『蛇にピアス』を読み、数年前に『マザーズ』『クラウドガール』を文庫で読んだ以来だ。『マザーズ』は読んでいて息が苦しくなったし、どうしてか途中で挫折した。

川賞を同時受賞した綿矢りささんと意味もなく比較してしまうが、どちらかといえば綿矢さんが正統派の文学なのに対し、金原さんは少し尖った反抗的な印象がある。芥川賞受賞作のタイトルとあの風貌の影響も大きいけど、作品を読んでもそう感じるはずだ。

題作を含めた5作の短編が収められている。一つ目の『ストロング ゼロ』を数行読んで、あぁ、金原さんの文章だなと思う。こちらの気持ちをおかまいなしにぐさぐさと踏みつける鋭い表現。それでも不思議と読みたいと思わせる中毒性がある。

はお酒をあまり飲まないが、お酒に強い人がよく「ストロングゼロはやばい」と言うのを何度も耳にしてきた。アルコール濃度が9%と高く、自宅にいながらにしても酒の周りが早く、酔い潰れさせる酎ハイ。そんなストロングゼロを常に口にするミナは、同棲相手が鬱になったのをきっかけにアル中になる。実は自分も得体のしれないものに犯されていた。 

崎潤一郎賞はこの一連の作品群に与えられているのだと思うが「ストロング ゼロ」は実は他の作品にも登場するから、本のタイトルは『ストロング ゼロ』のほうがいいのになぁ、なんて。商標だからダメなのであれば『ストロング』でもいい。

題作の『アンソーシャル ディスタンス』はコロナ禍の中で、あるバンドのライブが中止になったのをきっかけに、旅先で心中しようとする若い2人の物語。他の作品と逸してるなと思ったのは、男女それぞれの視点で語られていること。私にとってこの2年間のコロナ禍は、人生の中のほんの2年であり、何か劇的な始まりがあったわけではない。

ーシャルディスタンスで、緊急事態宣言で、ただ「会いたい」という気持ちを無碍に否定されて会うことも許されない。もしかしたら人生での大イベントを全うできない人もいるかもしれない。医療現場を始めとした色んな事情はもちろんある。だけど、大人の勝手な事情だけで制限してしまうのはどうなのか。

具合や欠陥などのバグを探す意味の『デバッガー』では整形を繰り返す女性を、『コンスキエンティア』では相手を放っておけない心理から不倫をしまくる女性の姿を、『テクノブレイク』ではセックス依存症の女性が描かれる。どの作品も刺激が強く、強烈だ。

性に依存する女性の姿、女性の欲望を書かせたら金原さんの右に出るものはいないんじゃないかと思う。セックス描写は結構生々しくて上品とは言えないのだけど、金原さんだからまぁアリだよなと思う。

原さんは私より少し年下、ほぼ同じ世代を生きてきたと言える。同性だからか共感しやすいし、誰の中にもある正直な気持ちを潔く表現していて気持ちいい。こんなにも壊れかけた女性を書けるなんて、そしてこんなにも生きづらい世の中を無我夢中で生きる女性を表現できるなんて。読み始めはどうかなと思ったけれど、全てを読んだ今、満足度は高い。金原さんの他の作品を読みたくなってきた。

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