書に耽る猿たち

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『象の旅』ジョゼ・サラマーゴ|人生は喝采と忘却

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『象の旅』ジョゼ・サラマーゴ 木下眞穂/訳 ★

書肆侃侃房 2022.2.25読了

 

ーベル賞作家であるポルトガルジョゼ・サラマーゴさんのことはずっと気になっていて、まずは『白の闇』から読むべきかと思っていたのだが、この装丁に惹かれて思わず購入してしまった。なんとかわいい象さん。色合いもシックで素敵だ。そもそも書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)という出版社自体初めてだし、読み方も一見しただけではわからなかった。

いっぱいに埋められた文字。改行もほとんどなく、会話文にもカギ括弧がない。こりゃ時間がかかりそうだなと思っていたら、それも杞憂に終わる。結構読みやすいのだ。谷崎潤一郎著『春琴抄』もそうだったが、会話文をそのまま地の文に入れても違和感なくするすると読めるのは、文章の上手さが格段にあるからなのだろう。

ルトガル国王から、オーストリア大公の結婚のお祝いとして、ソロモンという象が贈られることになった。リスボンからウィーンまで、30人ほどを引き連れて長い長い『象の旅』が始まる。象使いの名前はスブッロ。このスブッロが物語を通してとても良い味を出している。表紙のイラストで象に跨っているのが彼。それにしても日本語で「スブッロ」って言いにくいのなんの。そう思ってたらマクシミリアン大公からも「お前の名前は発音がややこしい」と言われてて笑っちゃったよ、もう。

象は、大勢に拍手され、見物され、あっという間に忘れられるんです。それが人生というものです、喝采と忘却です。(55頁)

の帯では最後の「喝采と忘却です」というのが省かれているけれど、これがまさしく人生なのだと思う。人生そのものも喝采と忘却の繰り返しだろうし、人が生きたことが喝采で死ぬことが忘却という見方もできる。

といえばピンク色のガネーシャ神が思い浮かぶ。作品の中でもガネーシャの話が出てきた。ガネーシャがどのようにして産まれたのか、シヴァが激しく言い争いをしてガネーシャの首を撥ねたこと、瀕死の象の首をガネーシャの身体につけたことも知らなかった。ガネーシャは生きて死んで、それから生まれたという逸話。人間界で生きる術を身に付けたが故に人間に殺された雌牛の逸話も気になった。

おそらく、ソロモンの頭の中では、知らないことと知りたくないことは混ざり合って、この世界についての一つの大きな問いになっているはずです、そして、人間も象も、みんな同じことを問いかけてみるべきなのかもしれません。(96頁)

れを言った途端になぜかスブッロはちょっと後悔する。この意味がわからないのではないかと。確かに一読しただけではよくわからない。でも、深いことを言ってるんだよなぁ。

一頭の象の中には二頭の象がいると以前に話しました、一頭は教わったことを習得し、もう一頭は何もかもを無視し続けます。なぜそれがわかった。自分も象にそっくりだときづいたのです。自分のある部分は学んで覚え、別の部分では学んだことを無視する、そして、長く生きていくほど、無視することが増えるんです(124頁)

り手はサラマーゴさん本人で、時々読者にチャチャを入れてくる。ユーモアと皮肉に飛んだ喜劇であるが、至る所で人生の真意をつく文章に出会う。

人のためのお伽噺を読んでいるような感覚だった。余白のない頁が苦手な人もいると思うが、私にはとても肌に合う読み心地のよい落ち着く作品だった。おもしろい作品というよりも好きな作品。もっと早くサラマーゴさんの作品を読めばよかった。いや、これから読めるから幸せといえよう。ね、ソロモン。