『掃除婦のための手引き書ールシア・ベルリン作品集』ルシア・ベルリン 岸本佐知子/訳
表紙の女性が著者のルシア・ベルリンさんと知って驚いた。気高くとても美しい女性である。小説のようなエッセイのような、全てがルシアさんの実体験に基づいているようなので、私小説といったところだろうか。人生で色々な経験をしてきた彼女からの「生きた声」が聞こえてくるようだ。無骨で乱暴な言葉遣いもあるのに、何故だか美しい作品たちだと感じた。
緊急手術室で乗馬服を脱がせるのにひどく時間がかかるという『わたしの騎手(ジョッキー)』のある場面で、「三ページもかかって女の人の着物を脱がせるミシマの小説みたいだ」と表現している。三島由紀夫さんの作品、やはり読んでいるのね、となんだか嬉しく思う。
この短編集には表題作を含めた24作が収められている。印象に残った2作を簡単に。
『ドクターH.A.モイニハン』
歯科医院をつとめる祖父の元で働いている「わたし」が祖父の仕事ぶりと生活を見つめる物語。偏屈ではあるが入れ歯作りについてはピカイチの腕を持つ祖父は、最高傑作と名付けて自分の総入れ歯を完成させる。
数少ない残りの歯を「わたし」が抜く場面。読んでいるだけで痛いのに何故かユーモラス。他の病院に比べて歯医者は決して嫌いではなく、私は歯医者の匂いが好きだ。最後の母親の一言にウィットを感じた。
『喪の仕事』
掃除婦の「わたし」が、住人が死んだ家の片付けをする話だ。この作品集には掃除婦やコインランドリーが度々登場する。ルシアさんがそれだけこの掃除婦という仕事に重きを起き、洗濯をまわすランドリーでのひとときになんらかの生活の意味を見出していたのだろう。
家がいろいろなことを語りかけてくるのは、本を読むのに似ていると言う。素敵な表現だと思った。住人がいなくなった家からも、ルシアさんの研ぎ澄まされた目と耳で、その人の香りと生き様を感じることができるのだろう。
この本は、2020年本屋大賞翻訳部門第2位を受賞している。確かに2〜3年前に書店に平積みされているのが目立っており気になっていた。翻訳ものでこんなに早く文庫になるのは珍しい。それだけ人気があるということ。絶賛されている岸本佐知子さんの訳もとても良い。そして、作品に何度も出てきたアメリカのサスペンス映画『ミルドレッド・ピアーズ』が気になって仕方がない。