書に耽る猿たち

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『同潤会代官山アパートメント』三上延|くやしさを糧にして生きていく

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同潤会代官山アパートメント』三上延

新潮社[新潮文庫] 2022.5.11読了

 

潤会アパートという単語は何度か目にしたことがある。関東大震災後に作られた耐火・耐震構造の鉄筋コンクリート造のマンションで、当時最先端の集合住宅であった。表参道ヒルズができた時に、数店舗入る隣接した建物が昔のアパートをそのまま残したものだった。あれも確か同潤会青山アパートメントだ。この作品は代官山にあった同潤会アパートを舞台とした小説。なんとこのアパートがあった場所は、現在は高級タワーマンション代官山アドレス」が建っているというのが驚きだ。

る家族の4代に渡る年代記である。連作短編集のように、あるワンシーンが10年ごとに描かれている。それが見事に人々の記憶に重なり合い、物語に奥行きをもたらしている。期待していなかったこともあるのか、心に染み入るとても良い作品だった。

関東大震災で亡くした八重の話から始まる。八重は無口でとっつきにくいところもあるが、妹の愛子からすると優しく大好きな存在だった。八重は一度結婚に失敗していたから二度と誰かと一緒になることはないと思っていた。それが。

のクリスマスプレゼントに用意したぬいぐるみが盗まれた話、ビートルズの音楽に没頭する進(すすむ)の話、火事騒動や建て替えの話などひとつひとつのエピソードがじんわりと温かく涙を誘われそうになる。

は「くやしい」と思うことを生きる原動力にしているのだと改めて感じた。八重は姉の愛子を震災で亡くして「くやしい」と思った。「悔しい」のではなく「くやしい」だ。何かの競争で感じる「くやしさ」は、対象が人間のときに抱く感情であることが多いが、ここでいう「くやしさ」は、人間の力では抗えない事象に対する「くやしさ」である。著者の三上さんは「くやしい」と表現しているけど、もしかしらこの気持ちは別の新たな単語で表した方がいいのではと思うほど、表現が難しい感情かもしれない。

の作品は、文章を追っているのがまったく苦痛にならず、疲れもせず、するすると入ってくる。そして柔らかな安心感がじんわりと広がる。そう、体調が悪くても読める本だ。まぁ、今特に体調が優れないわけではないのだが(あえて言うならGW明けで仕事がだるいくらいか…)。悪い人が出てこないこの感じは、瀬尾まいこさんや藤岡陽子さんの作品に近いと感じた。

上延さんといえば、ドラマ化もされた『ビブリア古書堂の事件手帖』が有名である。私はまだ未読であるが、ミステリなのにほんわかした感情に浸れるのかと思うと読んでみたくなる。