書に耽る猿たち

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『高架線』滝口悠生|おもしろい賃貸物件と語りの美学を堪能

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『高架線』滝口悠生 ★

講談社講談社文庫] 2022.6.7読了

 

の入居者を自分で見つけることが賃貸に住む条件というのはなかなかおもろい。不動産屋を通さずに済むから、貸主も借主も余計な手数料がかからず、その分家賃が破格なのだ。まぁ、契約書やら重要事項説明の読み合わせなんかはどうなるのだろうと考えると現実的には難しいのだけど、小説の中ではありだ。

踪がまた出てきた!ついこの間読んだ原田ひ香さんの不動産系の小説に出てきたばかりだった。失踪者はけっこういたるところに存在して、あまり騒ぎ立てず戻ってきたときのための空間をさりげなく残しておくのが大事なのに。でもかたばみ荘の住人である三郎を探さないことには、次の入居者の問題がある。何より、七見歩(ななみあゆむ)にとって、失踪した片川三郎は大切な幼なじみなんだから心配。

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西池袋線のある駅に、古い二階建て木造アパート「かたばみ荘」がある。ここに住む住人をはじめとして、関わる人たちが順繰りに語るという構成になっている。ひとつ筋になっているのが三郎の失踪事件。途中で「あれ、誰が話してたんだっけ」と思うほど、どうでもいい話に飛んだりするのだがそれがまたいいのだ。ちょっとしたミステリーっぽい一面もある。

話文をカギ括弧(「・」)でくくらずに、字の文だけで成立させてしまう、それなのに会話としてスムーズに心地良く読めるのが、文章が上手い人の特徴だと思う。私が思いつくのは、谷崎潤一郎さん、堀江敏幸さん、あと海外ではジョゼ・サラマーゴさん(邦訳されたもので判断しているので原文ではどうかわからないがきっと同じだろう)。そしてこの滝口悠生さんもそうだ。普段からそんなに小説を読まない人にとっては読みにくいだろうし、まぁ世間では流行りそうもないけれど。

滝口悠生さんの書く文章が心底好きだ。読んでいてたまらなく心地良い。『長い一日』を読んだ時にもそう感じた。あれは日記風だったから、いわゆる小説でいえばこの『高架線』は語りの美学に秀でている。ストーリーももちろんいいのだけど、ただ読んでいるだけでひたすら気持ちいい。鴻巣友季子さんの解説を読むと、この小説には色々な仕掛けがありそれもまたこの心地良さを高めるための技なのかも。

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