書に耽る猿たち

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『うつくしが丘の不幸の家』町田そのこ|対称でありながら非対称

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『うつくしが丘の不幸の家』町田そのこ

東京創元社[創元文芸文庫] 2022.7.4読了

 

田そのこさんは『52ヘルツのクジラたち』で昨年本屋大賞を受賞された。感涙小説と絶賛されているから読もう読もうと思いながらも、なんとなく機会を逸してしまっている。

イトルに「不幸の家」なんてあるから、ホラーやサスペンスかと思っていたけど、読んでみるとほっこりと心温まる家族小説だった。そもそも東京創元社から刊行される作品はどうしてもミステリーのイメージが強い。だけどこの本の文庫のレーベルは「創元文芸文庫」である。よく考えたら「創元推理文庫」しか読んだことがないかも。

の小説は「うつくしが丘」という海を見下ろす高台にある住宅地を舞台としている。三階建てのある一軒家に住む人たちの物語。時間を遡るかたちで、歴代の住民たちのストーリーが重ねられ連作短編集になっている。5つの短編全てに登場するのが隣人の荒木信子だ。脇役なのに主役。

『夢喰いの家』で信子は「わたしね、夢ってとても乱暴な言葉だと思うの。(196頁)』と言う。夢は言い換えれば我が儘で、夢を叶えたいというのは我が儘を通したいというのと同じだと考えているのだ。そういう考え方をしたことはなかった。人に「頑張って」と言われるのが嫌いという人がたまにいる。その裏を返す感覚となんとなく似ていると思った。

き・嫌いは紙一重、愛・憎しみも紙一重だとよく言われる。だから幸・不幸も実は紙一重であって、ほんのわずかな想いや思い込みでどちらにも振れる。ほとんどの物事は対称でありながらも非対称だということを全体を通して感じた。

後感はとても良い。本屋大賞を受賞する作家が書いた本だから読みやすいのはもちろんあるが、細やかで丁寧に紡がれた文章が、ちょうど良いのだ。きっと『52ヘルツのクジラたち』や『星を掬う』もしみじみと染み入る良い小説なんだろうと思う。