書に耽る猿たち

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『正体』染井為人|人は何をもって真実と図るのだろう

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『正体』染井為人 ★

光文社[光文社文庫] 2022.7.10読了

 

〜、おもしろかった。最初は、よくある脱獄犯の逃亡小説なんだろうなとあまり期待していなかったのだけど、途中から目が離せなくなりぐいぐい持っていかれた。単純にストーリーを楽しみたい、おもしろい小説を読みたいと思っている人にはオススメだ。

置所に収監されていた鏑木慶一(かぶらぎけいいち)が脱獄した。彼は1年半前に、埼玉県熊谷市に住む一家3人の惨殺事件を起こし死刑囚となっていたのだ。脱獄した目的は何なのか、彼の正体は何なのか。

わゆるサイコパス系のストーリーではない。むしろ、それぞれの潜伏先で鏑木と関わる人たちの人間ドラマに心を打たれるのだ。警察にすんでのところで見つかりそうになりながらも、鋭い嗅覚と知能で逃れる鏑木。こんな風に逃避行がうまくいくわけないと思いながらも、読んでいる私も「うまく逃げおおせてくれ」といつの間にか応援してしまう。

道や警察とは何だろうか、真実とはどうしたら図れるのか、そんなことを考えさせられた。太田愛さんの小説を読んだ感覚に少し近い。著者の染井為人さんは芸能プロダクションで舞台のプロデューサーもしていたからか、まるで映画かドラマを観ているかのようで脚本にしても上手くできそうだ。文学的にどうこうというのは全くないのだけれど、単純にストーリーテリングに秀でており、エンタメ作品として優れている。文体は東野圭吾のようで読みやすい。

井さんの名前は最近よく目にしていた。特に角川文庫から出版されている『悪い夏』は書店でも目立っていたので気になっていた。今回この『正体』を読んだのは、会社でお世話になっている唯一の本読みの先輩(他にもいるだろうが、語り合えるのはこの先輩くらい)から紹介してもらったからだ。染井さんの他の小説も読んでみようと思う。