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『嘘と正典』小川哲|小川さんの文章はクールすぎる

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『嘘と正典』小川哲

早川書房ハヤカワ文庫JA] 2022.7.18読了

 

木賞候補にもなっていたから単行本刊行時にとても気になっていた本。ようやく文庫になって迷わず購入した。小川哲さんといえば、『ゲームの王国』を読んだ時の衝撃を今でも忘れられないし、こんな天才がいるのか!と読んでいてぞくぞくした。

の本は表題作を含む6作の中短編が収められている。最初の『魔術師』から、小川さんの異才ぶりが発揮されている。手品師(魔術師)の壮大なトリックが長い時間をかけて作り出される。何より小川さんが書く小説自体が一番トリッキーで、まんまとやられるのだけれど!

品の中で唯一SF要素がない『ひとすじの光』は、亡くなった父が残した馬と原稿をめぐる親子の話である。競馬と言っても賭ける側ではなく馬を育てる馬主の話だ。競走馬の血統の話が、父親と「僕」の関係につながっている。優しい気持ちになれるラストで、私はこの作品が一番気に入った。

題作『嘘と正典』は、スパイSF小説と言えるのだろうか。表紙に描かれたマルクス共産主義の話。実は私には難解であり一度読んだだけではピンとこなかった。候補になったとはいえ、直木賞を受賞するような万人受けするタイプの作品ではない。好き嫌いがはっきりしそうだ。

たしても小川さんの奇才ぶりと芸術的な文章に唸らされた。知識も豊富で多彩なストーリーを操る。小川さんの文章は言ってみればクール、つまりカッコいいのだ。私はSF作品はどちらかというと苦手なのだが、彼の書く作品にはゾクゾクし、心奪われるものがあり、また読んでみたいと思わされる。新刊で出たばかりの『地図と拳』も読むつもりだ。

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