書に耽る猿たち

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『君がいないと小説は書けない』白石一文|自己分析を突き止めた到達点がある

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『君がいないと小説は書けない』白石一文

新潮社[新潮文庫] 2022.9.13読了

 

愛する作家の一人、白石一文さんの自伝的小説を読んだ。単行本刊行時から気になっていたが、確かあの時はほぼ同時に刊行された島田雅彦さんの作品(これも自伝的小説)を手に取った記憶がある。

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説のタイトルだけを読むと、君(妻または恋人)がいないと仕事ができない、つまり「君がいないと何もできない」というように、言ってみれば他人に依存してしか生きられないやわな男を描いたものなのか?と訝しんでいた。しかし、読んでみるとそういう話ではなかった。

んというか、深淵に迫るものがあるのだ。自己分析を突き詰めたならではの到達点がある。白石さんはあとがきで、この作品を「思索小説」と呼ぶ。確かに小説っぽくなかった。ある程度歳を重ねた人であれば、この作品を読んで、今までの人生を振り返り、そして今後の生き方の意味を考えることができると思う。

 

々村保古という小説家の男性がこの作品の主人公。ほとんど白石さん本人といっても過言ではない。名前はもちろん変えてあるが、周りに登場する人物もほとんど実在の人物と出来事を連ねている。何よりこんなにも自分のことをさらけ出す白石さんに敬服する。

版業界や編集者についておもしろく読めた。パニック障害を乗り越えた過程や、妻(20年ほど一緒にいるが実際には前妻と離婚していないため婚姻関係にはない)の「ことり」との関係性や不信の糸が語られる。もちろん4匹の猫たちのことも。ところで最初「四匹」と変換されたけど「四」と「匹」が似過ぎて繋げるとちょっと気持ち悪い…。

 

中で野々村は「時間」とは「距離」に過ぎないと考えている。[「現在」は小さな場所のことであり「場所」のみが存在しているのならば、過去と未来は現在からの「距離」で理解される]という文章を読んで、心にすとんと落ちた。つまり、光と同じでなのである。夜空を見て星が光って見えるのは、何億年も前の光をいま見ているということと同じ考え方だろう。

女観の違いについて、女性は出産ができるという特異性があるのに対して、男性には好戦性があるという。つまり、男性は本気で(戦争などで)戦うことができるという特徴があるということだ。また、女性はスーパーやデパートに入った途端、男性とは正反対の反応をすることなども興味深く読めた。男女の思想や行動がわかりやすく展開されている。

 

石さんの感性は私が感じることに近しくて、それをきちんとした言葉でうまく代弁してくれているから心にすとんと落ちる。だから、読んでいて心地が良い。

 

石さんの小説はほとんど読んでいるが、地方都市や街、その土地ならではの料理が詳細に書かれていて独自の匂いが感じられたのは、自らが引越しを繰り返し実際に体験していたからだったのか。2人は引越し魔らしい。ことりが感動して2日で2回読んだという、出逢いのきっかけとなった白石さんのデビュー作『一瞬の光』を再読したくなった。

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