書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『静寂の荒野』ダイアン・クック|自然と同化していく人間の本性

f:id:honzaru:20220930082925j:image

『静寂の荒野(ウィルダネス)』ダイアン・クック 上野元美/訳

早川書房 2022.10.6読了

 

大な自然の中で人間が生活するとはどういうことか、そのなかで親子の関係はどうなっていくのかを描いた重厚な物語である。近未来SF小説とのことで、この分野が苦手な私は少し身構えていたが、思いのほか読みやすかった。むしろ原始的でさえある。人間が年老いていくのは赤ちゃんに帰るのと同じように、人類ももしかしたら都市から自然に帰っていくのではないかと思う。

 

市の環境が悪影響を及ぼし、病気になり死が目前に迫った我が子アグネスのために、両親はある実験に参加することにする。それは、残された最後の自然を有する土地、ウィルダネス州への入植実験であった。人間と自然の相互作用を調べるものである。アグネスは健康になったが、剥き出しの自然の脅威の中、ここで何が起こり人間はどうなっていくのかがこの小説の読みどころである。

 

二章「最初」で、ウィルダネス州に入った20人がどのようにして自然と同化していったかの描写に強く引き込まれた。鳥のさえずり、オオカミの群れ、ヘラジカのさかり声、これらを見て自分はどうすればいいのかを悟る。季節の移ろいやキノコの色から警告を知る。学ぶということの基本を、ここでは自然から得る。こんなふうに自然の中に置き去りにされたかのような人間の営みがどうしてわかるのだろう。まるで著者自らが体験したかのように。わずか7頁ほどの章なのに、圧巻だった。

 

親がウィルダネスからいなくなってしまった後、アグネスは「恐れを知らぬ先導者」となる。あんなにひ弱だった彼女が、広大な自然の中でヘラジカの首領のようになったのだ。もう都市には戻りたくない、このウィルダネスから離れることなど考えられないと思うほどに。母娘の決して離れることのない心の繋がりがありながらも、そもそも生きていくという土壌はまた別物なのかもしれないと考えさせられた。

 

分が住むのには絶対に都心部、という意見だったが、年を重ねるにつれて田舎の暮らし、つまり自然との共生に憧れを抱くようになってきている。それが本来の人間の姿なのではないか。不便さは決して不幸せなわけではない。都会を離れて敢えて田舎暮らしをする人、人里離れた山にポツンと暮らす人、そんな人は自分よりも一歩も二歩も前に進んでおり、心も身体も豊かなのではないかと考える。