書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『アニバーサリー』窪美澄|料理と子育て、女性の社会進出

f:id:honzaru:20221014071407j:image

『アニバーサリー』窪美澄

新潮社[新潮文庫] 2022.10.15読了

 

む前に想像していたのは、現代女性の悩みや生き方が描かれた小説だったのに、75歳でマタニティスイミングを教える昌子の生い立ちが、つまり昭和の初め頃の描写が冒頭からかなり(全体の3分の1ほど)続くので、ちょっと予想外で面食らってしまった。といってもいい意味で裏切られた感じだ。

屋を営む家庭に育った昌子ではあるが、東京大空襲の影響を受けて家が焼け落ちた。空襲下の疎開先で、友達の千代子と一緒にひもじさを紛らわすために薬を舐めた思い出は忘れならない出来事。その後はとんとん拍子で好きな人と結婚し子供をもうけた。時代の流れが早すぎて、もっと丹念に書いて欲しかったなと少し感じてしまった。

タニティスイミング教室で昌子の教え子・真菜が、もう1人の主人公である。今度は時代が平成へと移る。有名な美人料理研究家を母親に持つ真菜は、幼い頃から愛情を受けず、丁寧に彩られた美味しい料理とはいえど、冷蔵庫のタッパーに入った料理を1人で食べるという生活を送っていた。こんな育ち方をしていたら、まっとうに生きられるわけがない。はじめて友達になった絵莉花とともに援交をし、唯一好きなカメラを手に入れる。

 

日本大震災がきっかけとなり、昌子と真菜の2人が絡み合っていく。昌子の家で暮らすほど、こんな風に深く交わるなんて、ちょっと現実的ではないと思って読み進めていたが、段々と2人の生き様や考え方がシンクロしていく。料理と子育て、女性の社会進出をテーマにした、読後には前向きになれる作品だった。

生大切な存在となる友達がいることはかけがえのない宝物だ。昌子には千代子が、真菜には絵莉花がいる。窪美澄さんの小説には、働く女性、強くあろうとする女性が描かれることが多い。女性ならではの想いが溢れ出ていて共感しやすいから、実際に読者も女性が圧倒的に多いと思う。しかし、この作品は男性にこそ読んで欲しいと感じた。

美澄さんが『夜に星を放つ』で直木賞を受賞したとき、私はなんだかホッとした。長く読み続けている作家さんが文学賞を受賞され、広く知られるきっかけとなり多くの人に読まれるのは本当に嬉しい。『夜に星を〜』は短編集なので文庫化まで待つことにする。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com