書に耽る猿たち

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『地図と拳』小川哲|激動の時代を生きた男たち、知的興奮度が爆発

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『地図と拳』小川哲 ★

集英社 2022.10.19読了

 

章を読んで、一気に引き込まれる。こんな始まり方、カッコ良すぎでしょ。自分に語彙力がないから小川さんの作品を読むたびに同じことを書いてしまうが、天才とは小川さんのような人のことを言う。巧みなストーリーテリングもさることながら、知的興奮度が高まり、程よい緊張感を保ちながら読み進めることができる極上の読書体験だった。

20世紀前半の満洲地域(現代の中国北部)の架空の都市を舞台にした群像劇である。激動の時代を生きる男たちの生き様に強く心を打たれた。現実に起きた戦争や政治的出来事に絡めながら、モノを作り上げる意味、そして「建築」をテーマとした壮大な物語になっている。

二章でロシア人は「神」を正義とし「拳」を悪だと定義している。タイトルの『地図と拳』の「拳」とはこのことなのだろうか。普通に考えると暴力ではあるが、はたして。読む前から気になっていたタイトルの意味。

方、「地図」についてはどう物語に繋がるのか。第五章で須野は、ある男から、地図上の黄海にある「青龍島」という島が実在するか調査してほしいと依頼を受ける。実は存在しない島だったのだが、何故架空の島が地図に描かれていたのかを知りたいと思った須野は、その後地図に取り憑かれていく。地図の歴史を考察する際の「画家の妻の島」や「モルガナのお化け」の逸話も興味深い。実はこの第5章から物語世界にずるずるとはまっていった。

の須野の息子、明男(あけお)が半端なく魅力的だ。子供の頃は「時計」「万能計測器」というあだ名で呼ばれていた彼は、身体で正確な計測ができる。子供の頃からどんなおもちゃよりも時間や温度などに固執していた明男のひとつのことを突き詰める性質から「さかなクン」を連想してしまう。しかしまた明男は、人体という構造物の欠陥も感じていた。 

男と、もう1人細川という男が心惹かれる登場人物である。細川は序章から登場する。通訳を務め満洲に行き、やがてシンクタンクを発足し日本の未来を創る。内に秘めた想いと発する鋭い言葉の対比が心地いい。他の登場人物についても、芯がしっかり通っていて悪役ですら魅力的である。人物造形が見事。そして、冷ややかでウィットに富んだ小川さんの文章に目眩がする。文章は冷たいのに、そこから得られる真実は、熱い。

末の参考文献を数えると、なんと151冊もあった。これだけでも読むのに相当な時間を要するだろうし、史実を絡めて壮大な小説に仕上げる小川さんに感無量だ。頭の中の構造はどうなっているのだろう。『ゲームの王国』を読んで圧倒されたが、この『地図と拳』はそれと同じくらい、いや上回るおもしろさだった。

行されてすぐに購入していたのに、本の厚さに辟易していてしばらく積読状態だった。なんと単行本で600頁超、上下巻にわけてほしい重量級。これが鈍器本というやつか。表紙ジャケットがなかなかカッコイイなと思っていたら、またしても川名潤さんの装幀だった。よく見ると石沢麻依さんの『月の三相』の装幀に似ている。さて、小川さんの新刊『君のクイズ』も早く読もう。

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