中央公論新社[中公文庫] 2022.10.26読了
手紙だけでやり取りをする男女の往復書簡小説である。小川洋子さんと堀江敏幸さんがそれぞれのパートを務めている。なんと、事前にストーリーを組み立てることもなく、本当に手紙のやり取りをするかのようにして物語を作り出したらしい。目指す方向性も決めないで、雑誌連載なのに成功するのだろうか?と素人目線では疑ってしまう。
しかし、さすが現代を代表する小説家の両名だけあって、上品で繊細な書簡集に仕上がっている。元々2人の作品はとても好みだったので、スムーズに小説世界に入ることができた。儚げに散りばめられた美しい文章。いつものちくま文庫の字体とは異なるタイプライターで打ったような少しカクカクした、そしてインクのつき具合がまばらな感じが良い。ただ、ストーリー性はあまりないから、2人の作品を読み慣れていない人には退屈に感じるかもしれない。
作品のなかの2人がどうしてこのように手紙のやり取りをするようになったのか、冒頭に「まぶたを閉じて生きることにした」というその意味は何なのか。何かの秘密が隠されているようだが、決して焦ったり続きを早く知りたいという気分にはならないのは、2人の静謐で落ち着いた文体のせいであろう。
想いを込めて時間をかけて便箋に自分の字で書く手紙。白紙の便箋も添えて出すようにと教えられてその通りにしていたから、切手代の重さに収まるのか少し不安になっていた子供の頃。手紙を送ることって本当に素敵だ。会って隣で語り合わなくても、時空を越えてひとつに繋がる2人の関係。インターネットの普及で手紙が消えつつあるのが残念だ。
いくつかの文学作品が登場するが、何度も出てくるアンネ・フランクの日記。私自身も『アンネの日記』には深く感銘を受けたが、また再読したくなった。子供の頃に読んだ時にはいまいちわからなくて確か途中で投げ出して、ちゃんと読んだのは20代後半だったと思う。今読んだらまた感じ方も異なるだろう。