書に耽る猿たち

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『嫉妬/事件』アニー・エルノー|書くことで感情を解き放つ

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『嫉妬/事件』アニー・エルノー 堀茂樹・菊地よしみ/訳

早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.11.20読了

 

ニー・エルノーさんがノーベル文学賞を受賞された時には、すでにこの作品の文庫化が決まっていたようで、早川書房さんは先見の明があるなと感心していた。この本には『嫉妬』と『事件』の2作の中編が収められている。文学的な意味合いでは『嫉妬』のほうが優れているように思うが、強烈な存在感を放つのは『事件』のほうだ。

 

『嫉妬』

嫉妬は、人間が持つ感情の中で一番といってもいいほど醜くて嫌な感情だと思う。つい最近まで付き合っていた男性に新しい彼女ができ、一緒に住むことになったという。別れたはずなのに、嫉妬心にかられて相手の女性のことを知りたくなり生きる目的はそれだけになる。完全に別れてはいない、割り切れていないから、この嫉妬は生まれてしまうのだろう。

しかし、この作品における「嫉妬」は、私たちが考える嫉妬とは少し異なるように思う。嫉妬に駆られたら、普通はかっとなり相手の女性も男性のこともめちゃくちゃにしたくなる。何故自分でなくあの人なのかと苛まれる。それなのに、この作品で「私」は誰にも迷惑をかけずに、自分の中でちゃんと落とし前をつけるのだ。これはもはや私たちが知る恋愛における嫉妬とは別次元のものだ。エルノーさんはまたしても、書くことで嫉妬という感情を別のものにしたのだろう。

 

『事件』

作品の舞台である1963年当時のフランスでは、中絶は違法であった。学生である「私」は、望まない子を妊娠してしまい中絶を決意する。タイトルの『事件』とは、妊娠中絶のことだ。悩み苦しみ抜いた過酷な体験が赤裸々に綴られている。

これと同じことを著者のエルノーさんが体験したのだとしたら壮絶極まりない。学生寮のトイレでの流産の場面は目を背けたくなるほどで、想像したくなくても身体のある部分が痛み具合が悪くなってしまう。結局この痛みと重みは女性が背負わなくてはならないもの。

日本では合法化されているが、未だに中絶に対しては批判的な国や地域が多いという。とても難しい問題である。ひとつの命に変わりはないかもしれないが、望まない妊娠(レイプや何らかの事件で)が現実問題として存在する。

 

の『事件』は、来月から映画化される。ノーベル文学賞と映画化がタイミングよく相まって、お決まりの全面帯カバーがかけられていた。一応記念にこれも載せておこう。この作品を映像で再現出来ているとしたら観るのは苦しいけれど、考えなくてはならない問題だ。

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