書に耽る猿たち

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『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』川内有緒|誰かと一緒に過ごして得られるもの

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『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』川内有緒

集英社インターナショナル 2022.12.5読了

 

の作品は去年の9月に刊行され、私が買った本の奥付を見ると既に9刷の版を重ねている。2022年Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞した、ほっかほかに流行っている本である。

の見えない人が美術館に行くってどういうことなのか?見えないのに楽しいのか?感じることができるのか?と不思議だった。けれど、これを読んで目から鱗が落ちる思いになった。今まで自分がいかに浅はかに絵を観に行っていたのか、美術館巡りが趣味のひとつだなんて、ちょっと知的な響きに酔いしれていただけなのだと。

鳥さんは生まれた時から弱視で、中学生のときに全盲になったという。大学生の時にあることがきっかけで美術鑑賞に目覚めるようになった。彼は誰かと一緒に美術館に行き、その人が絵について語ることを想像しながら、耳を使い、手をつかい、空気を感じとる。そして相手が発する言葉を咀嚼する。それが白鳥さんならではの鑑賞方法だ。20年来の友人マイティから誘われ、著者の川内有緒さんは白鳥さんと一緒に、たくさんのアートを見にいくことになった。

然のことながら、本だって読む人により感じ方、受け止め方は違う。それでも、美術鑑賞ほどには異なることはない。だって文章にはそもそも詳細な描写があるのだから(もちろん行間を読むという意味では違うが)。しかし絵は見たまんま。絵には画家からの解説があるわけではない。その背景も何もかも、見て何を感じるかはその人により大きく異なる。

前テレビ番組で、初対面の人と旅行に行くという企画があり、あるタレントさんの相手が全盲の人だったのを思い出した。その時も、これを読んだのと近い感想を抱いたのを覚えている。私たちは、目の見えない人に対して過剰な気遣いをし過ぎるのだと。ひとつの個性として捉えればいいだけのことなんだと。

抵の人と同じように私もマッサージを受けるのが好きで、結構な頻度で施術を受けている。15年ほど前に、ある有名デパートに入ってる店舗に全盲の施術師がいた。確かに按摩師には全盲の人が多い。見えないからこそ揉むという行為に神経を集中することができ、普通は気付かない部分に気付くことができるからこの職業を選んでいる人が多いと思っていた。

かし「とりあえず資格をとっておけば良い」という感覚で資格を取り、そのまま職業にする人が多いだけらしい。職業の選択肢が少ないからやむを得ないのだ。でも、白鳥さんは一歩前を行く。健常者ですら勇気を持って前に進まない人が多いのに、白鳥さんは果敢に挑戦し続ける。

知らない世界に行くときってちょっと怖い。でも、その怖さとワクワクはセットなんだ。そう考えると、不確かさがないところにワクワクはないのかな。確かな世界にずっといたら、居心地はよくても人生としては面白くないのかもねぇ(136頁)

ンフィクションというカテゴリーになっているが、どちらかというとエッセイのようだった。なんといっても会話をしているような文体でさくさくと読みやすい。これなら、本が苦手な人でも、絵に興味のない人でも、たとえ目が見えない人でも、読むことができる。川内さんが白鳥さんと一緒に過ごしたことで得られたものを感じられる。あぁ、私も誰かと一緒に美術館に行って語り合い、その時間を共有したい!