書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『ここはとても速い川』井戸川射子|文体から立ち昇るもの悲しさ

f:id:honzaru:20221225112254j:image

『ここはとても速い川』井戸川射子 ★

講談社講談社文庫] 2022.12.25読了

 

戸川射子さんは、小説家というよりも詩人として紹介されることが多い。その彼女が、この作品で選考委員満場一致で第43回野間文芸新人賞を受賞したということで、単行本刊行時から気になっていた。それにしても文庫になるのが早すぎでは?単行本は去年の5月に刊行されたから、2年と経たずに文庫化されたことになる。先日井戸川さんの新しい作品『この世の喜びよ』が芥川賞候補に選ばれたことも関係しているのだろう。

童養護施設に暮らす小学校5年生の集(しゅう)が日常をただ語り尽くす。透き通った繊細な感性が眩しく、しかし時折り鋼のように突き刺さる真意が忘れかけていた少年少女時代を思い起こす。養護施設に暮らす彼らにとっては、「家族」という存在は隠されている。テレビドラマでもその類のものは見られない(察知して職員が消すなりしてしまう)。家族といってもいろんな形があって、家族全てが団欒なわけじゃないのに。

阪弁であけすけに喋る文章は、川上未映子さんを彷彿とさせる。改行がない文体は一見読みにくいように思わせるが、なぜかリズム良く心地よく読み進められる。これが才能なのか。

族がいない集は、年下のひじりといつも一緒。もう家族みたいなもの。しかし、心の病を患っていたひじりの父親の具合が良くなり、ひじりは父と暮らすために施設からいなくなってしまう。ひじりがいなくなってから、集は1人で川に向かう。

後ろからひじりが付いてきてるわけちゃうから、足もとの安全もよう確かめんと進む(80頁)

つも2人で一緒だったのに、集はどんな気持ちだろう。弱音を吐いたり哀しみを表してはいない。それなのに、文体からひしひしと伝わる集の哀愁と複雑な感情に胸が熱くなり、最後のセンテンスは二度読みしてしまった。タイトルを初めて見たときは一体どんな作品なんだろうと不思議に思っていたが、読み終えるとこんなにもぴったりなタイトルはないなと思えた。

う一作収められている中編が『膨張』である。住所を持たずに色々なところを転々とする「アドレスホッパー」たちの生き様が書かれた作品で、これもおもしろく読めた。なんか、井戸川さん、芥川賞取ってまうんちゃうかな。とりあえず『この世の喜びよ』読みたいわ。