書に耽る猿たち

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『キルケ』マデリン・ミラー|神も人間も痛みは同じ

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『キルケ』マデリン・ミラー 野沢佳織/訳

作品社 2023.1.19読了

 

リシャ神話は、ところどころのエピソードは聞いたことがあるけれど、ちゃんと読んだことはない。岩波文庫から『イリアス』や『オデュッセイア』が刊行されておりいつかは読みたいとは思うのになかなかきっかけも掴めず。この作品のタイトル『キルケ』とは、ギリシャ神話に登場する魔女として知られる。

昨年読んだリョサ著『悪い娘の悪戯』の表紙の絵画(ジョン・ウォーターハウス作『ユリシーズカップを提供するキルケー』)の女性がこのキルケだから、やはり悪女のイメージなんだろうなと思っていたら、この小説に登場するキルケはちょっと違う。容姿も決して良いとは言えず、出来損ないの長女として育った彼女は、兄妹からも両親からも疎まれていた。

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好きになった相手は別のだれかを好きだった、という経験をした愚か者のだれもが考えることを、わたしも考えた。彼女さえ消えてくれれば、何もかもが変わるはずだと。(67頁)

はこう思ってしまうんだな…。男に仕返しをするのではなく、相手の女性を懲らしめようと。そうしてキルケは、恋敵のスキュラに、毒の入った薬草を飲ませ取り返しのつかない過ちを犯してしまう。父親の太陽神ヘリオスの怒らせ、孤島へ追放されてしまうのだ。しかし、キルケは自分の魔力に気付く。そして、自分らしく生きていく。

 

こかで聞いたことのあるような神話や神々の名前が登場する。ミノタウロスイカロス、オデュッセウスアキレウス。「勇気ひとつを友にして」という歌、あれはイカロスの歌だっけ。この作品にイカロスはほんのちょっとしか出てこないけれど、出てくる人物一人一人が主役になるほど存在感が強い。

 

話の世界。神々と人間が一緒に生きていた頃のお話である。冒頭からずっと、現実の世界を忘れて、夢の中を彷徨うように夢中になれた。キルケのわがままさ、子供っぽさに呆れながらも、強く成長していく姿に共感し応援したくなる。人間に何度か恋焦がれるキルケだけど、人間には「死」がある。神には死も病気すらもない。だけど、苦しみや悲しみ、痛みは変わらないんだ。

 

六版ソフトカバーで約470頁、結構こまい文字でびっしり書かれている。余程のギリシャ神話好きでないとなかなか読もうとしない類のものだし、途中私もちょっとダレそうになった。それでも、このつかみどころのない神話を、読ませる物語に仕上げる著者のマデリン・ミラーさんってすごい、もはや変態の域だなと思った。神秘的で、やさしい魔法がつまったおとぎ話。

 

の本は去年訪れた「神保町ブックフェスティバル」での戦利品だ。作品社のブースで手に入れたもので定価3,600円がなんと1,000円でゲットできた。今年のフェスも楽しみだ。