書に耽る猿たち

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『眠れる美女たち』スティーヴン・キング オーウェン・キング|キング親子によるパニック小説

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眠れる美女たち』上下 スティーヴン・キング オーウェン・キング 白石朗/訳

文藝春秋[文春文庫] 2023.1.31読了

 

しぶりのキング作品!本の最初にある登場人物紹介は、どんな人が出てくるのかな(名前というより関係性やら職業やらの事前知識として)と一応目を通してから本文に入るが、何故かキング作品に関しては登場人物を見るだけで楽しみな予感が胸に迫り来る。精神科医麻薬中毒者、愛猫家、もう見るだけでわくわくする。

つものキング作品さながら、まぁまぁのボリュームである。分厚い文庫が上巻だけで1,590円+税って高過ぎないか…?それでも一度読みたいと思ってしまうと気になって仕方ない。そして読み始めた日には、通勤電車の中でさえ楽しくなれる。しかし読み終えるのに一週間もかかってしまった。

 

ゥーリングという街でオーロラ病と呼ばれる病が流行り出す。『眠れる森の美女』のオーロラ姫にちなんで「オーロラ病」である。つまり、眠りから目覚めることがなくなってしまう病。しかも眠った女性は蜘蛛の巣のような糸でできた繭に包まれる。

の街にある女子刑務所の受刑者がどんどん眠りに落ち、さらに世界に蔓延していく。一体何が起こっているのかー。ただ1人、唯一眠っても普通に目覚め、しかも不思議な力を持つ女性がいた。彼女は一体何者なのかー。そして女性たち、残された男性たちはどうなるのかー。とまぁ、こんなストーリーである。

感染症は女性しかかからないと知った時、女性たちはなんとかして眠らないようにする。眠気と闘うのってなんて苦しいんだろう。私なんてできればなが〜く睡眠を取りたい人なのに。まぁ、眠りたくても眠れないのもまた辛いけど。

本ではこの春にようやく新型コロナウィルスが第五類になるようで、いよいよ収束に近づくか否か。この小説もいわゆるパンデミックモノで、感染した人々が独自の未来を切り開こうとしていくという意味では、サラマーゴ著『白い闇』を連想する。 

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ングの作品は本題に入る前の前談が長すぎると言われるが、私はこれこそがキング小説の醍醐味であると思う。多くの人物の詳細な群像劇が、目まぐるしく展開される。登場人物紹介の頁を何度まさぐったことか…。刑務所付の精神科医クリントと、妻である警察署長のライラの過去と行方が特に気になった。

れにしても(この作品だけではないが)キングが書く人間の死にゆくシーンが鮮明過ぎる。グロテスクで残忍で、見るのも聞くのも目と耳を覆いたくなるこの描写はどこから来ているのだろう。キングの前職は高校教師とあるし、死体検察官や警察だったわけでもないのに、よくもこんな表現を。

 

近読んだ小説で出産の場面をよく読む(アニー・エルノー『事件』やマデリン・ミラー著『キルケ』など)が、壮絶で誰もが死に物狂い。本人だけでなく、赤ちゃんも、取り出す人も、漂う空気すらも。死にゆく時が穏やかなものであろうとも、はては死にたくないともがき苦しむ場面だとしても、死に瀕したときにはエネルギーを使う。一方で、生きるとき、産まれるときにも同じく火事場の馬鹿力を発する。生死とは突き詰めると同じ熱量の行為かもしれない。

ング氏の力量は言わずもがなであるが、白石朗さんの訳であることも大きいと思う。彼の訳した文章はピタリと息が合っている。刑務所の嘘八百のくだりなんて、おもしろすぎる。そして、アメリカ人の中で、乱暴で口の悪い人を訳させたら白石さんに敵う人はいないのでは。

 

の作品は、オーウェン・キング(キング氏の次男)との共著になっている。共著ってどうやって書くのかな?仮に少しだけ筆を加えただけでも共著になるのだろうし、その分担はよくわからないけど、いつものキング作品とそんなに変わらなかった。ただ、この展開の割にはちょっと長過ぎた感…。実は上巻を読んでいるときには「なんておもしろいんだ!」と興奮していたのに、下巻になるとクールダウンしてだれてきてしまった。バトルロワイヤル感が半端なかった。ホラーではなくパニック小説。キング作品を初めて読む人にはちょっとお薦めしにくいかも。キング作品を読み尽くしてる人なら安定の楽しさが味わえる。

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