書に耽る猿たち

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『松雪先生は空を飛んだ』白石一文|みんな平等っぽくうまい具合にできている

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『松雪先生は空を飛んだ』上下 白石一文

KADOKAWA  2023.2.13読了

 

石一文さんの最新刊、ソフトカバーで上下巻。白石さんにしてはかなりのエンタメ寄りで、路線変更したのかなと思うほど軽やかで、今までの長編の中でダントツに読みやすい。

 

子太郎が新入社員として入社したスーパーで、久世さんというパートの女性がいた。仕事で失態を犯した太郎は久世さんに助けられ、お礼にお酒をご馳走する。そのうちに飲み仲間となるのだが、若い男の子がこんな中年女性と家飲みをするほど仲良くなるかなぁとちょっとした違和感を抱きつつ、ゆっくりと読み進める。

 

子太郎を始めとした何人かの登場人物による群像劇で、連作短編集のような構成になっている。と思いきや、、重なり合うどころか彼らは濃密なもので磁石のようにくっついていた。はじめはバラバラと散りばめられていたパズルが、章を追うごとに結束されていき全てのピースが埋まる。読み終えると壮大なファンタジー世界が広がる。こんなふうに交わらせることができるなんて、さすがのストーリーテリングに唸る。

 

三章になるとようやくタイトルにある「松雪先生」が登場する。地域密着の小さな塾のたった1人の先生。私は中学でも高校でも塾といえばそれなりの大手に通っていて(がんじがらめに通ったわけではなく苦手な教科を学んだ感じ)、友達が地元のこういう小さな塾でアットホームな空気で勉強しているのを少し羨んだものだ。松雪先生が出てきたあたりから色んなことが繋がり始め、先が気になり止まらなくなる。

 

イトルからも、また、自転車に乗った青年や猫ちゃんのイラストからもわかるように、この小説には空を飛ぶ人間が出てくる。こんな破天荒なファンタジーストーリーなのに、何故かリアリティがあって、もしかしたら私たちが知らないどこかで本当にあるんじゃないか?と思わせられる。

 

を飛ぶことができる人に助けられた人たちに悪意がなさ過ぎて、ちょっと夢見がちだ。だけど澄んだ心を持った人しか出てこないところがいいのかも。空を自由に飛び回るってどんな世界なんだろう。人間は歩くこと、走ること、泳ぐことはできるけれど、自らの身体だけ飛ぶことだけは叶わない。私はドラえもんの道具で何が欲しいかと聞かれたら真っ先に「タケコプター」と答える。空を飛ぶことは何にもまして魅力的である。そういう意味では鳥たちには永遠に敵わない。

 

も、空飛ぶ力を持った人には欠けているものがある。白石さんはきっと、どんな人間でも全てを備えている人はおらず、みなそれぞれが長所と短所があり平等っぽくうまい具合にできている。その中で自分にしかない何か光るものを必ず持っていること伝えたかったんだと思う。それを見付けて生かすことが大事なのだと。

 

飛ぶだけにふわふわと軽やかだ。上巻はスピードアップしてわくわく感がこうじたが、下巻になってちょっとトーンダウンした感は否めない。昭和、平成をまたにかけた日本の近代を振り返りつつ、平野さんの筆致だから安定・安心に読むことができる。

 

KADOKAWAの新刊はあまりチェックしてはいないのだけれど、この小説は白石一文さんが自らTwitterで「発売日まであと○日!」と呟いていて知った。白石さんや窪美澄さんほどの大作家でも、SNSで自ら発信しているんだよなぁ。好きな作家の本はできるだけ新刊で買うことにしている。まぁ、個人的には鋭い感性が光る過去の作品のほうが好きだから再読もしようかな。

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