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『望楼館追想』エドワード・ケアリー|ケアリーが描く愛おしい人たちとその物語

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『望楼館追想エドワード・ケアリー 古屋美登里/訳 ★

東京創元社[創元文芸文庫] 2023.2.18読了

 

うやら東京創元社の文庫レーベルに新しく「創元文芸文庫」というものが刊行されたようで、翻訳部門の第一弾がこの作品だ。エドワード・ケアリーといえばアイアマンガー三部作が有名である。私は一作目だけ読んだが、その世界観に圧倒された。不気味だけど味があり妙に惹かれるイラストも描けちゃうんだから本当に多才であり鬼才。

や〜、めちゃめちゃおもしろかった!こんなにも没頭できる小説が久しぶりだった。何よりも愛おしいと思える作品だ。読み終わるのが悲しくなった。これがケアリーのデビュー作なんて、既に完成系ではないか。

 

い集合住宅「望楼館」には、7人の人間が住んでおり、その中の1人、37歳のフランシス・オームが語り手となる。冒頭の数行を読んだだけで、この小説の魔力に取り憑かれる。この館にはどんな過去があるんだろう、この白い手袋はなんだろう、彼らは一体何者なのかー。

り手のフランシスだけではなく、この作品に登場する人々はみな異様である。彼らのことが気になって仕方なくなり夢中になってこの世界に入り込む。人間の無力でずるいところ、悪いところが深掘りされて書かれているのに、一方で繊細で人間らしい優しさが垣間見える。そう、ケアリーが書く人間は根本のところでは愛おしく思える人たちなのだ。

 

生身の人の顔にしろ写真の顔にしろ、じっと見ていると必ず同じことが起きる。つまり顔をちらっと見ただけなら、その人物がどんな人間なのかを一瞬にしてつかめた気になるのだが、じっくり見れば見るほどわからなくなっていき、人を判断するというのは本当に難しいと痛感させられるのだ。(102頁)

局ちらっと見た時に思うことは錯覚なだけで、人を判断すること、そしてわかりあうことは困難なのだと思う。唯一分かり合えるのは、血のつながった親子だろうか。それも、子がまだ小さな子供であるときの。結局人と人は本当に分かり合えることがないのかもしれない。そういう物哀しさもこの作品にはちょっぴり書かれている。

 

ランシスは物にこだわりがあり、目録をつけて物を蒐集している。なんの変哲のないものでも、自分が気になった物を集めて展示する。ああ、まるで『無垢の博物館』のようではないか。去年読んだ作品で一番心に残っている小説だ。

 

うやったらこんなの書けるんだろう。ケアリーさんの想像力は計り知れなく、物語る能力が半端ない。アイアマンガーシリーズより(1作めしか読んでいないが)も私はこの『望楼館追想』のほうがだいぶ好きだ。

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