書に耽る猿たち

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『香港陥落』松浦寿輝|戦争は友情を壊してしまうのか|文体を味わう

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『香港陥落』松浦寿輝

講談社 2023.2.23読了

 

去に香港旅行に行った時、その煌びやかな夜景に圧倒された。今でも九龍半島の高架道から香港島の夜景を鑑賞する「シンフォニー・オブ・ライツ」の映像がまざまざと蘇る。しかし一番思い出すのは、外気温と建物の中の温度の違いだ。夏の暑い時期だったが、急激な温度の差に身体がついていけず風邪をひくかと思った。

 

の作品で描かれている香港は、1941年以降、ちょうど日本が真珠湾攻撃を初めて太平洋戦争が始まった頃。香港は日本の統治下におかれた。今の香港と比べると、景観だけでなく住む人や訪れる人たちの意識も全く異なるだろう。

 

本人の谷尾、イギリス人のリーランド、中国人の黄(ホワン)の3人がお酒を飲みながら語らう。年齢も国籍も異なる男たちの語りはどこか哀愁を帯びていて、全てをさらけ出さない関係性がいい。戦争は友情を壊してしまうのだろうか。私は外国人の友達がいない。だから、国対国の出来事でなにかが起きてもそれによって友情にひびが入るとか友好的になるとか考えたことはないが、もし友人がいたら、もっと世界情勢に敏感になるのだろう。

 

の小説はめずらしい構造になっている。表面は3人でお酒を交わすシーンが谷尾の視点で書かれているのだが、もう片方のsideBでは、リーランドの視点で、表面では明らかにされない思惑などがひっそりと書かれている。香港が経験した「暗黒の3年8ヶ月」を経て、国籍の異なる人物の関わり方が興味深く読める。

 

ニンシュラホテルで料理を楽しむ姿や、中華料理店で有名シェフの見事な料理を堪能する姿を読んでいると、こちらも舌なめずりしてしまう。しかし、松浦寿輝さんの本の読み手としては、文章を料理に見立てる。豊潤な文体をじっくり咀嚼して味わうのだ。

 

浦さんの小説は、ストーリー性があまりなく読み解くのが一見困難な印象があった。でもそれは私が過去に読んだ一冊だけの印象であって、この本を読んでイメージが変わった。確かに目まぐるしく展開するわけではないが、静かな「動」を感じられる大人の小説だ。  

 

越した表現力と豊富な語彙力で文章を読む喜びが堪能できた。聞いたことのない言葉もいくつかあった。やはり『名誉と恍惚』読みたいなぁ。2017年刊なのに、まだ文庫になっていなくて、国内作品なのに5千円超え、さてどうしよう。