『ラーメンカレー』滝口悠生 ★
文藝春秋 2023.3.7読了
たいていの人と同じように、私もラーメンとカレーは大好きだ。けれどこの2つが一緒になったらどうなんだろう。ラーメンが先に来てるから、ラーメン風のカレーということか?タイトルも気になるし、広い空間に置かれた学校の椅子のようなものが描かれた表紙も気になる。
まぁ、どんなタイトルであれ、どんな表紙であれ、何であっても滝口悠生さんの作品を読むことには変わりはない。もう、最近は滝口さんの文章に触れるだけで幸せな気分になる。なんだろう、これ。好きすぎてたまらなくて困る。他の言語に訳してこの良さを伝えるのは難しいであろう、日本語にピタリとはまる、この美しくすとんと噛み合った心地よい文体。
そもそもこの本は文芸誌に掲載された短編の集まりで、連作短編集の形を取っている。テーマは「旅」だ。前半は、仁と茜の夫婦による語りの5篇である。友人の結婚式に出席するためにイギリスに行った後、茜の古くからの友人でイタリア・ペルージャに住む由里さんに会いに行くストーリーだ。夫婦のとりとめもない会話と想いが、とめどなく文章になってあふれ出す。旅先で初めて見る景色、ありがちな失敗やらが書いてあるだけなのに、滝口さん独特のリズムに乗ってこちらまで旅する感覚を味わえる。
あ、窓目くんが出てきた!これは『長い一日』の続きか、スピンオフなのか。後半は、窓目くんの手記が5篇収められている。本のタイトルにもなっている『ラーメンカレー』がとてもおもしろくて良い味を出しており、この章だけでも読む価値があると思う。仁夫婦らと一緒に行ったイギリスで出会い恋に落ちた大学生のシルヴィに、自分の職業を説明する文章をつたない英語で記そうとする窓目くん。
ラーメンは食べれば食べるほどさらに食べたくなるという中毒性があり、だから窓目くんは食べ過ぎて太りすぎた。その代わりに食べ始めたのがカレーだったというわけだ。でも予想通りカレーも同じ。職業の話からどうしてこんな話になったのかは読んでみたらわかるので是非読んでほしい。とりあえず、窓目くんの素敵な話に胸いっぱいになるのだ。
そのあと続く短編でも、滝口さんの真髄である「記憶」による語り口で窓目くんの恋模様が続く。あぁ、窓目くーん。窓目く〜ん。とてもとても切ない。そのどうしようもなく切なくてやるせなくて、真っ直ぐな心とその優しさに、不覚にも通勤電車で涙がこぼれそうになる。私は窓目くんみたいな人大好きだよぉ。
前半部分で茜が考察する下記の文章が印象に残った。「鈍感力」なんて言葉も昔流行ったよなぁ。滝口さんは、生きる上でどうしても抗えない不甲斐なさにうまく折り合いをつけるための術をやんわりと文章で伝える。
私にも不安はたくさんあった。私たちはいくら年をとっても、仕事を得ても、家族をつくっても、不安はなくならないのだといまではわかってきた。慣れるしかないのかもしれない、慣れて鈍感になるしかない。(99頁)
この本は三省堂書店神保町本店(小川町仮店舗)で購入し、期間限定のカレーライスのカバーをかけてもらった(スプーンの栞付き)。神保町屈指の名店「欧風カレーボンディ」のカレーの写真である。ちょうど本の内容にもぴったりだから、このカバーとセットで記憶に残るに違いない。あ~、カレーが食べたくなってきた。