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『少将滋幹の母 他三篇』谷崎潤一郎|母への想い、妻への妄執

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『少将滋幹(しげもと)の母 他三篇』谷崎潤一郎

中央公論新社[中公文庫] 2023.3.11読了

 

崎潤一郎さんの代表作のひとつである『少将滋幹の母』と他3つの短編が収められた豪華な文庫本である。小倉遊亀さんという画家による原画からとりなおした挿絵がたくさん収録されており、情緒や趣をより一層味わえた。

 

少将滋幹の母

まるで古典を読んでいるかのようだ。和歌や注釈が多く最初のうちは読みにくく感じていたのだけれど、さすがは谷崎さんにかかると、不思議と流れるような生き生きとした文体となる。文字が踊り出しているかのようだ。平安時代の作風ゆえに、その踊りは艶かしくゆるりとたおやかである。

歴史的文献である『今昔物語』『十訓抄』などを元にして作った谷崎さんの荘厳な歴史絵巻だ。美貌の女性北の方をめぐり、モテ男の平中(へいちゅう)、権力者藤原時平(しへい)、80歳に近い耄碌の国経(くにつね)、そして北の方と国経の子の少将滋幹という4人の男性が登場する。

前半は、平安の頃の恋愛事情から始まり、時平が国経から人妻(北の方)を奪うという大事件が描かれる。ここで幼子だった滋幹は母親と引き離されてしまう。平中や時平の心中は想像できるが、老いらくの国経が「自分のような老翁がこのような若く美しい女性を独占することを罪深く思い、適当な相手がいれば譲ってもよい」と思う気持ちがなかなか理解し難い。

後半になってようやく滋幹の物語となる。成長した滋幹は、幼い頃に生き別れになった母親(北の方)を思う気持ちが高じていく。その想いが再会シーンを生み出す。母を想う気持ちというのは時代が変われども変化しないものなのだと感じた。滋幹に重きを置いた作品だが、私は国経の妻への妄執のほうが印象深かった。

 

題作の他の3つの短編も母親への愛をテーマにしている。『母を恋ふる記』は谷崎さん自身の体験を連ねたようであり『少将滋幹の母』のラストにも重なる部分があった。やはり、谷崎さんの文章には色気がある。それをまたしてもまざまざと感じさせられた。

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