書に耽る猿たち

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『影に対して 母をめぐる物語』遠藤周作|母への愛は大きくなる

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『影に対して 母をめぐる物語』遠藤周作

新潮社[新潮文庫] 2023.3.18読了

 

藤周作さん没後、しかも2020年という最近になってから『影に対して』の原稿が発見された。作者自身の略歴をたどればわかるように、実際の体験を元にして母親の郁をイメージにした作品である。

 

呂(すぐろ)という40歳ほどの男性が、幼少期と時間軸をずらせながら母親のことを思い巡らす。勝呂という名前に聞き覚えがあると思っていたら、遠藤周作さんの『海と毒薬』という作品に登場していた。

 

にもいくつかの作品にたびたび登場し、遠藤さんの分身であるようだ。それにしてもこんな名作が埋もれていたとは驚きである。ひょっとすると本人は自分の心の中だけにしまっておきたかったのかもしれないし、気持ちにケリをつけてから世に出そうと思っていたのかもしれない。

 

術の追求のために家庭をかえりみなかった母親。勝呂少年はただただ母親の愛に飢えていた。それでも母のことは好きだったし歳を経てなお偏愛の気持ちを高める。両親が離婚をして片方が出ていったとき、普通なら子供は自分が棄てられたと思う気持ちが強いだろう。勝呂は自分が父親を選んだがために母親を棄てたという罪悪感にずっと苛まれていた。

 

スハルトの道は安全だから誰だって歩きます。危険がないから誰だって歩きます。でもうしろを振りかえってみれば、その安全な道には自分の足あとなんか一つだって残っていやしない。海の砂浜は歩きにくい。歩きにくいけれどもうしろをふりかえれば、自分の足あとが一つ一つ残っている。そんな人生を母さんはえらびました。あなたも決してアスハルトの道など歩くようなつまらぬ人生を送らないでください。(77頁)

れに対して父親は、平穏な暮らしが一番の幸せだという。母親が生きたいと思う人生と父親が歩みたい人生の方向が違ったとしたらどうなるか。子供を思う気持ちは変わりはないけれど、自分の人生を考えたときに離れる選択肢を選ぶのも仕方ないと思う。でも、そういうものは、子供からすると大人になってからでないと理解できない。

 

藤周作さんの作品の中から、母をモチーフにした作品を編集者が選りすぐった作品集なので、それぞれの短編には繋がりがないものだと思っていたら、全ての作品で勝呂、または周ちゃん(つまり周作だろう)が主人公だった。連作短編集にも思えるが、細かな点で矛盾点もあるから、やはりそれぞれは単独の作品なのだろう。

 

に『影に対して』に連なる『影法師』は、自身と母親がキリスト教の指導を受けた司祭に向けた書簡の形式で綴られており、迫真に迫るものがあった。この本に収められた作品はすべて母親を意識して書かれているが、同時に、父親でも兄でもなく支えを動物に求めた遠藤さんの飼い犬への深い愛情が感じられた。

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