書に耽る猿たち

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『転落』アルベール・カミュ|自分の中にある二面生

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『転落』アルベール・カミュ 前山 悠/訳

光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.3.29読了

 

ランダ・アムステルダムにあるバー「メキシコ・シティ」に足を踏み入れると、クラマンスが「どうぞどうぞ」と待っていましたとばかりに語りかけてくる。バーで知り合った同郷の誰かを相手にして、5日間、ひたすら語りかけるのだ。

 

ラマンスは自らのことを「告解者にして裁判官」だという。これはいったいどういうことだろう?そもそも、何のためにこうやって長々と話し続けているのだろう?

 

ラマンスの自己肯定感と自惚れに、いささかうんざりしてしまう。あまりにも自信過剰さが高じていて「もういいよ」と逃げ腰になりかける。それなのに、いつのまにか不思議な魅力に取り憑かれてしまいあれよあれよという間に聞き入ってしまい気づいたら読み終えていた。

 

つては弁護士として働き、輝かしい名声と自らの弱者への善行に酔いしれていたクラマンス。それが、ある時を境にし衰弱し暗転していく。これが「転落」である。この転落からどのようにして這い上がるのか、気持ちにどのようか変化が生まれたのか、「告解者にして裁判官」の意味を考えながら読み進めた。

 

ラマンスのこの経験は、実は自分にも起こり得る、いや、なんらかの形で皆が経験していることなのだと気付かされる。実は自分も「転落」しているのだと考えて恐ろしくなる。淡々としたクールな眼差しで読者の心をえぐるカミュの迫り来る文章は、まるで自分の中にある二面性を突きつけられるようで、動揺と慄きが生まれる。

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