書に耽る猿たち

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『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』小野一光|想像を絶する凄惨な虐待

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『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』小野一光 ★

文藝春秋 2023.4.2読了

 

の事件は記憶に残っている人が多いだろう。17歳の少女を監禁・傷害したとして中年男女が逮捕されたことから端を発して暴かれた連続殺人事件だ。しかし、あまりにも残忍だったため、当時は報道規制が強いられ詳細は明らかにされていなかった。だから、こんな事件があったなというのは覚えていても、この入り組んだ構造・松永死刑囚の人間とは思えない鬼畜ぶりを知る人は多くないだろう。20年以上に渡りこの事件を追い続けた著者小野一光さんの渾身のドキュメンタリーだ。

 

永太と緒方純子は、2件の監禁致傷罪、1件の詐欺・強盗罪、7件の殺人罪として起訴される。72回もの審理が行われ、判決公判において両名に死刑が言い渡された。その後両弁護団は控訴するが、最終的に松永からの長年のマインドコントロールの影響が認められ、緒方の死刑は覆されて無期懲役となった。

 

美(松永と緒方以外の人物は全て仮名である)が松永からラジオペンチを渡され、「5分以内に爪を剥げ。ここの親指」と命じられてやむなく爪を剥がした場面が最初の方に出てくる。気分が悪くなり読むのをやめようかなと思ったほどだ。そもそも、この逃走した清美と殺害された清美の父親と松永らの関係がよくわからなかった。読み進めるうちに複雑な関係性が明らかになってくる。冒頭にある人物相関図がかなり役立った。彼女らだけではない。この一連の殺人事件には、いや、これ以前から始まった松永が関わる全てには、何層にも絡み合ったどす黒いものが渦巻いている。起訴された罪状以外にも、もっともっともっと、多くの人が被害にあっている。

 

電による暴力ってどんなものなのか。真冬に静電気がピリッと発生するだけでも痛いのに、身体の中に電気が走り失神してしまうほどの威力。もはや通電されていないときにもそれを恐れて拒絶反応を催すというから、想像に難くない。この通電も凄まじいが、他にも様々な虐待が行われていて、書くのも話すのも正直、キツイ。

 

れにしても、松永の人を服従させるペテン師ぶりはどうやって生まれたのだろう。1人や2人だけでない、会う人の多くがどうしてこうまで松永に魅せられるのか。松永の人格がどのように形成されたのか、それが気になり第三章「松永太と緒方純子」については興味深く読み進めた。緒方については、家族を巻き込んだわけだから詳細に書かれている一方で、松永について出自や生い立ち、家族のことはほぼ書かれていない。一番知りたかった部分なのでそこは少し残念だ。

 

四章において、松永は烏骨鶏の卵で金儲けをする方法を例にとり、人生の処世術(松永いわく「人の誘導術」)を述べている。

物事を考える基本原理は『(1)起こり得るすべての問題を今すぐつかみなさい。(2)その問題に関する資料をすべて集めなさい。(3)それをあなた自身の頭と情熱で分析しなさい。(4)その結果の方向を見て、あなたは行動を起こしなさい。(5)すべてあなた自身で迷わず。』(1)ないし(3)は私自身に対する言葉、(4)(5)は私以外の人間に対する言葉である。私は、高校生のころこの言葉を考え、それ以降物事を考えるときはすべてそれに当てはめて生きてきた。(369頁)

恐ろしすぎる…。この処世術だけを読むと、ビジネスの場などにおいては理にかなっている方法にも思えるが、これを松永の人生において、あれだけの犯罪を犯したことに照らし合わせると、怖すぎるのだ。判決での文言のとおりまさに「鬼畜」であり人間らしさは微塵もない。最後まで、松永のほくそ笑みが怖い。いや、まだ死刑は執行されていないから最期はまだであるが、その最期にはどんな表情を見せるのだろう。

 

インドコントロールにあい、あれだけの虐待をされながらも松永に従うしかない性、そして、彼に従うのが辛くとも、それでもなお「生きる」ということに固執する人間の本能のようなものが剥き出しになる。松永は他人を虐待することで、苦しむ姿を見て喜ぶサディスティックさを待ち合わせるとともに、人間の本能を観察でもしていたのだろうか。

 

れは、作り話ではなく日本で実際に起きたことである。同じ人間として松永太という人がいた。検索すれば松永と緒方の顔写真はいくらでも出てくる。この本を読んでいる期間、ふとした瞬間(例えば電車の中、ぼーっとお風呂に入っている時)に、この事件のこと、彼らの顔が嫌でも目に浮かんでしまった。

 

まなければよかったんじゃないかとか、こんなに詳しく知りたくなかった、と思うような気もする。衝撃が強すぎて、いまだにこれが現実で起きたこととは信じられない。しかし一方で、表には出ないだけで松永のようなサイコパス、モンスターが水面下にまだまだいるのかもしれないとも思い身震いする。