書に耽る猿たち

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『緋色の記憶』トマス・H・クック|緊迫感のある回想

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『緋色の記憶』トマス・H・クック 鴻巣友季子/訳 ★

早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2023.5.7読了

 

んだ、これは…。ざわざわした感覚でこの世界観に入り込み、最後の最後までこのスリルな文体に引き込まれた。著者トマス・H・クックの作品に対しては、本国アメリカの書評家たちが「雪崩を精緻なスローモーションで再現するような」という比喩表現をするようだが、まさにそれ!文学でしか、小説でしか表現できないこの感覚を体現できた至福の読書時間だった。

 

が進みそうで進まない、遅々とした記憶の手繰り寄せ、この作品の醍醐味はまさにそれだ。後悔の念のような、あの時ああしていれば変わったのかもしれない、というような過ぎ去った過去に思いを巡らせる。すでに終わった事件について、何十年も経っているからこそ、その時間の経過が景色を変え、自身をも変える。

 

齢の弁護士ヘイリーが、かつて自身も通い父親が校長を務めていた学校で起きた「チャタム校事件」を回想する構成で話が進む。美貌の美術教師エリザベス・チャニングがチャタム村にやってきたことから全ては始まった。エリザベスが妻子ある英語教師レランド・リードと恋仲になってしまう。何が起きたのかその真相を知りたいという思いももちろんあるが、それよりも、このぞくぞくした緊迫感のある回想がスリリングでそれが楽しかった。

 

の文庫本は、早川書房から新装版として刊行された。クックの作品は初めてだったがとてもおもしろかった。ゴールデンウィーク後半、2泊3日で旅行に行った際にお供にしたのがこの作品である。このおもしろさなら、もっともっと読書時間を設けたいと思っていたが、さすがに旅行中なので100頁程しか読み進められず(移動中や寝る前も疲れてすぐ寝てしまう始末)。しかし帰ってきた翌日に集中して読んでしまった。「記憶5部作」として、本作の他にも記憶に関するサスペンス作品があるようで、すぐにも読みたくてうずうずしている。