書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『フィフティ・ピープル』チョン・セラン|私たちと同じ普通の人の普通の暮らし|ひそかな司書になる

f:id:honzaru:20230508013107j:image

『フィフティ・ピープル』チョン・セラン 斎藤真理子/訳 ★

亜紀書房 2023.5.10読了

 

イトル通り、50人の人々が登場する作品である。目次を見てあれ?正確には51人なところがまた一興。一人一人にスポットが当てられ、一つ一つの章はほんの数ページだが、読んでいくうちに「あの人がここに出てきた!」と少しづつ絡み合っていく。他人のことをひとつの側面からみてはいけないんだと改めて気づかされる。私はどっぷり長編が好みなので、入れ替わり立ち替わり登場人物が変わるのはどうなんだろう?と思っていたが、これがまぁとても良かった。

 

るほど、これは抱きしめたくなるような愛おしさ、誰かにしがみつきたくなるような寂しさ、後押して応援したくなるような気持ちがある。そして、読み終えると上を向いて生きていかなくちゃという前向きな気持ちになれる。私たちと同じ、普通の人が普通に生活をしているだけなのだが、それぞれドラマがあり、その集まりが社会となる。

 

身が同性愛者であり、精神科病棟に勤めるキム・ソンジンが自分は異常ではないと感じるところに心を強くさせられる。耳の中に蜂が入り耳の中をたくさん刺されたムン・ウナムの話では、彼の妻ソンミとの可愛らしい高齢夫婦の関係にしみじみとなった。複雑な家庭環境にいるチョン・ダウンは、昔友達にもらった絵の裏にあった電話番号助けを求める。なんとあたたかく優しい気持ちになれるストーリーの数々なのか。

 

つて司書だったが今は臨床試験責任者であるというキム・ハンナの話。「本さえあれば楽しいもん」と伝える彼女の気持ちは本当によくわかる。ハンナが友達や知り合いに本を推薦すると「生きてても退屈だと思ってたけど、思い違いだった」「これは一晩経つのがあっという間でしたよ」と言われる。自分の喜びを人にも伝えられるのは素敵なことだ。ハンナは、この先どんな職業につこうとも、ひそかに司書であり続けるという。私も、そんな心気持ちでいたいな。

 

若男女色々な人々が登場するが、医療関係の立場にいる人が多かった。解説によると著者のチョン・セランさんは「ある大学病院を、空港のようなハブ的な存在にして町の人々の目で外から病院を見る」という構図にしているそうだ。人の生死を間近で感じられる場所だからこそ物語が生まれやすい。

 

章のタイトルが人物の名前になっているから、タイトルだけでは、その人がどんな人でどんな人生なのかはわからない。韓国人の名前は同じようなものが多くてわかりづらいため、訳者の斎藤真理子さんは簡単なイラストを添える提案をしたそうだ。だから章の始まりには名前の上に顔のイラストがある(表紙にも並んでいる顔のアイコン)。そのイラストを見て、読む前にどんな人なのかなぁと少し想像するのもなんか楽しい。章を読み終えて振り返って「ああ、この顔っぽい!」と思うのもなんか楽しい。

 

日サラマーゴ著『象の旅』の訳者である木下眞穂さんのトークイベントに参加して(場所はなんと『本屋象の旅』という横浜にある書店!)、木下さんおすすめの本の一つとして紹介された作品である。こんなに良い作品を今の今まで存在すら知らなかったとは!読みやすいのに心をきゅっと掴まれる、そんな作品、そんな人々。

 

に薦められて読むのはそんなに好きな方ではないけれど、自身の好みに合う作品を好む方からなら、結構信用して読む。木下さんのおすすめ本の中で数冊、自身も気に入っている本があったのだ(『オリーヴ・キタリッチの生活』など)。

honzaru.hatenablog.com

局、人に本を薦められるのが苦手なわけではなくて、人に「この本をすぐに読んで」みたいに強要されるのが苦手なだけだ。つまり本を読むタイミングだけは自分で決めたいということ。そうだよなぁ。私も人に薦めるときは「タイミングがあえば是非読んでみて」と添えることにしよう。このブログでも身の回りの人にも、ハンナのようにひそかな司書になる。

honzaru.hatenablog.com