書に耽る猿たち

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『ペストの夜』オルハン・パムク|疫病と人類の戦い|空想画を描ける人は物語る力がある

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『ペストの夜』上下 オルハン・パムク 宮下遼/訳

早川書房 2023.6.5読了

 

曜日の深夜に『激レアさんを連れてきた。』というTV番組があって、その中で「架空の駅を1万個以降考えた人」が紹介されていた。その人は駅周辺の地図やらをプロかと見まごうほどの精緻な絵を書いていて、こんな人がいるんだと大変驚いた。ちなみに同番組で『藻屑蟹』や『ボダ子』を書いた赤松利市さんが登場した回があったようで、見過ごしてしまったのが悔やまれる。また、土曜日に放映されるサンドイッチマン芦田愛菜ちゃんの『天才博士ちゃん』というテレビ番組でも「空想地図を1,000枚描いた」という道路博士ちゃんが出ていた。

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、何を言いたいかというと、、この『ペストの夜』のページを捲ると、架空の島・ミンゲル島の地図が出てくる。もちろん架空だからすべて書き手(つまり著者)が考えたものなのだが、こういうのって本当に想像力の賜物だよなと感心したのだ。ファンタジー小説でも地図が出てきたりするが、想像で地図や絵を詳細に描ける人って絶対に小説家の才能があると思う。子供の頃に絵が上手い、または誰も考えつかないような絵を描いたりできる人は、美術の道だけでなく文学もあるぞよ!

 

ーナ・ミンゲルリなる歴史家が2017年にこの物語を執筆したという体になっている。「ミンゲル島をして世界史の中心舞台とならしめた物語」と述べており、また「小説と史書の二つが一書に結実する書物」という断り書きがある。なにやら曰く付きな序章から引き込まれていく。

 

は1901年、地中海に浮かぶオスマン帝国の東地中海に浮かぶ架空の島・ミンゲル島で、疫病ペストが流行り出した。中国、インドを経て拡大しついに地中海までやってきたのだ。皇帝アブデュルハミト二世は、オスマン帝国の最大の港湾都市イズミルでペストを終息させたボンコウスキー衛生総督と助手のイリアス医師をミンゲルに派遣する。

 

スラム教徒とギリシア正教徒が対立するこの島で、ボンコウスキーはほどなく遺体となって発見された。誰が殺人を犯したのか、ペストをどのように終息させたのか。歴史家ミーナは、オスマン家の皇女パーキーゼ姫が姉のハティージェ姫に送った書簡から紐解きこの物語を作った。パーキーゼ姫とその夫ヌーリー医師が作中の主人公だと言えよう。

 

構蘊蓄がたんまり、まどろっこしい展開でゆっくりと進んでいく。小説というよりも歴史書と腹を括って読まないとしんどいかも。でも、この作品が私たちにとって身近に感じられるのは、新型コロナウイルスを身を持って体験したからだろう。不要不急の外出を控えるようにとか、政治家は市民の本意に気付けないとか、確固たるリーダーが存在しない様子は、まるでつい最近のことを見ているよう。

 

疫責任者キャーミルとゼイネプの大恋愛で、二人は「常人よりも幸せな者は、人一倍の恐れを抱くものなのだ」と思い知った。確かに、これ以上ないほどの幸福を感じたら、その後は今より良い状態はないのではないか、何が起きても不幸に思えるのではないかと不安になるような気がする。

 

学室の中での銃撃事件がある意味で重要なポイントとなる。何よりも、全てがスローモーションのようで精緻な筆致がこの場面を印象深くさせる。集会のために集まった招待客がキャミール上級大尉が握りしめた旗に魅了される様子がのちに多くの油彩画になり、美辞を駆使して描写されたらしい。これもミーナ談だけど。

 

巻はなかなか頁が進みにくかったが、下巻になると展開に動きが出てきた。それにしてもパーキーゼ姫の気高く立派なこと!やはり女性の方が強いのだとまたしても思い知らされる。シャーロック・ホームズの名がたびたび登場するが、正直なところ推理小説という感じはない。ラストの章はパムクさんが好きそうなまとめ方だった。手紙を受け取る側のハティージェ姫が最後まで登場しないのは残念だったかな。

 

愛する作家の1人であるオルハン・パムクさんの新刊が出ると知った時にすぐさま購入していたが、案の定半年間ほっぽらかしていた。壮大なる歴史絵巻で数日間楽しめたのだけど、集中力をかなり要する。パムクさんが個人的にやりたかったことを詰め込んだような感じかも。歴史好き、オスマン帝国好き、パムク作品好きでないと読み進めるのが困難だろう。いかに根気よく読み続けて最後に達成感を味わうかも試される。   

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