書に耽る猿たち

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『冬の日誌/内面からの報告書』ポール・オースター|若かりし日から思慮深かった彼は、最初から言語の世界にいた

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『冬の日誌/内面からの報告書』ポール・オースター 柴田元幸/訳 ★

新潮社[新潮文庫] 2024.01.15読了

 

ともと単行本は1冊づつ刊行されていたが、文庫化に伴い1冊に収められた。ノンフィクションだけど私小説やエッセイとも取れる。自身の身体のことを書いた『冬の日誌』、精神のことを書いた『内面からの報告書』、この2つの作品は対をなしている。とても読み心地が良くていつまでも浸っていたかった。あぁ、幸せ。観念的で難しめの作品もあるけれど、オースターの作品は総じて好きだ。いつか全集とか出たら買ってしまいそうなほど。

 

『冬の日誌』

ある冬の日々に、ポール・オースター自身が自分の人生を振り返る。幼い頃から時系列に辿るわけでも、老年から遡っていくわけでもない。5歳であったり、40歳であったり、はたまた10歳、65歳など順不同に回想される。思えば、過去を振り返る瞬間なんてその時によって異なり順不同なのが普通だ。だからこういうのが生身の回顧録なのかもしれない。

 

その時々の瞬間瞬間が切り取られた出来事と思いが浮かび上がる。5歳の自分が1人でお風呂に入っているとき、直立した自分のペニスを見て消防士のヘルメットみたいだと思ったときの場面にはくすりと笑える。フランスで俳優と一緒に朗読会をやったとき、その俳優が「57のとき、私は自分が老いている気がしていた。74になったいま、あのころよりずっと若い気がするよ」と言っていた。オースターは、彼が伝えようとした真意は「人は57のとき、74のとき以上に死を恐れるということ」と悟る。これって結構重要なことを話してるよなぁ。

 

オースターは引越しが多く色々な土地、家屋に居を移していたのだと初めて知った。思わず私自身の引っ越し回数を数えてしまった。当然のことながら生活は住まいに根付いていて、オースターの場合はどの作品がどこで生まれたかなどは重要な要素となっている。例えば父親の死を体験したときにマンハッタンで書かれた『孤独の発明』など。結局最終的にブルックリンの4階建ての家を買う。それでも、多くの土地に住み多くの国や地域を旅し、移動手段も含めて住む場所だと言うオースターの考え方が好きだ。

 

君(オースター自身)の人生を回想しながら、読み手自身の過去に思い浸る。自分のことのように懐かしく、そして自己への理解と新たな目標に思いを馳せる。なんと愛おしく可憐で、柔らかな読み心地なのだろう。

 

『内面からの報告書』

こちらは『冬の日誌』からほぼ1年後に書かれた作品である。タイトル通り自己の内面を分析したもの。12歳までの記憶を元にしたタイトルと同じ名前の章を含め、特徴的な4章で構成されている。

 

「記憶が全面的に偽りではないことを証してくれる唯一の証拠は、自分がいまも時おり、昔のことに舞い戻るという事実だ」とある。なるほど、私も未だに子供の頃の思考が頭に残ることがある。滝口悠生さんいうところの記憶の考えと反対にみえて実は密接に結びついているような気がする。

 

遠いアメリカで生まれた年齢も異なるオースターなのに、自分の子供の頃とオーバーラップする部分があるのはどうしてだろう?子供の頃に考えることは、時代・万国共通なのだろうか。ピーターラビットの挿絵はもちろんのこと、意外にも残酷な物語にはある種恐怖を覚えたし、自分と重なる部分が多くて驚いた。おそらく皆がそうなんだろう。

 

オースターは、自分が本に熱中するようになったのは「人はみな見かけとは異なっていて誰かを知ることは不可能に近い。しかし小説の中に住む人物の秘密はつねに、最終的には知ることができるから」と考える。わお!その通りかも。本の中ではたいていのことが明らかになるもんなぁ。

 

オースターが10歳の時に観た『縮みゆく人間』という映画に関して、ネタバレとなるほど詳細にあらすじが語られているのだが、これがオースターの文章を読んでいるだけでもうおもしろいのだ。映画を観ていないのに、やっぱり文章で表現するこの才能はさすがとしか言いようがない。

 

 

頭に、全集が出たら買ってしまいそうと書いたけれど、よくよく考えたら、本はその時に出た単行本なり文庫本のほうが良い。全集は蒐集のためであり、常に本を手に取り読むには、その一つの作品のために刊行された本が心地よいし表紙を含めて気持ちが入る。

 

の『冬の日誌/内面からの報告書』から読むのも悪くないが、もしオースター作品を1冊も読んでいない方なら、先にいくつか他の小説を読んでからのほうが楽しめると思う。村上春樹さんの作品が好きなら間違いなくハマるはず。柴田元幸さんの解説によると、オースターの集大成ともいえる大作『4321』が2017年にアメリカで刊行それたそう。邦訳が今から楽しみである。

 

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