書に耽る猿たち

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『狭き門』ジッド|宗教的信念を貫くアリサ

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『狭き門』アンドレ・ジッド 中条省平・中条志穂/訳

光文社古典新訳文庫 2021.10.14読了

 

聖書・マタイによる福音書七章抜粋

狭き門より入れ、滅びにいたる門は大きく、その路は広く、これより入る者おほし。生命にいたる門は狭く、その路は細く、これを見出す者すくなし。

この小説の『狭き門』というタイトルは、聖書の中のこの一節からきている。大きく門戸が開いた路には入りやすいが滅びの運命がある。救いがある狭い路に入るのは困難であるという意である。

 

んな恋愛小説はまぁ読んだことがない。ジェロームは従姉妹である2歳年上のアリサと相思相愛になる。周りからみても、そしてお互い愛し合っているのにもかかわらず、アリサの独特の美徳のせいで前進しないのだ。歯がゆい。じりじりする。

通、他に好きな人が出来てしまったり第三者が現れたり何かあるのがお決まりだ。それなのにこの作品で語られるアリサは、キリスト教における神への信仰心のために自らを犠牲にするのだ。まるでどんどん茨の道に進んでいくかのように。

構じれったい。でもすんなりハッピーエンドも物足りない。それでも、波瀾万丈な恋模様でもない「純愛」をこうして読ませるジッドの筆致は、さすがにノーベル文学賞を受賞しているだけある。風景描写も美しく、中盤からの手紙の構成も見事である。

はまず物語の冒頭に驚いた。「僕以外の人ならこれで一冊、本を書けたに違いない」こんな文章から始まるのである。「え、今からそのあなたが書いた本を読むのだから書けてるでしょ!」と突っ込みたくなった。

分が望めば簡単にジェロームとの愛が手に入るというのに、こんなにも宗教的信念がある女性がいるのか。信仰心をあまり持たない日本人にはわかりづらいのかもしれない。むしろアリサの妹であるジュリエットが現実的だ。奔放で決断力がある現代風の女性。それでもジュリエットが幸せといえたかどうかは…。

愛がもたらす悲恋小説という解釈が多いが、本当に悲恋だったかは読む人により異なるだろう。ジッドはどう考えていたのか。訳者の中条さんの解説を読むと、ジッドの実体験に基づいて書かれた作品であるようだ。ジェロームとアリサがたどる運命とは異なるけれど。