書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

外国(サ行の作家)

『影をなくした男』アーデルベルト・フォン・シャミッソー|誰にでもあるものが欠ける恐ろしさ

『影をなくした男』アーデルベルト・フォン・シャミッソー 池内紀/訳 岩波書店[岩波文庫] 2024.04.01読了 村上春樹さんの『街とその不確かな壁』では、影を奪われた男が登場する。影を持つ、持たない、なくす、そんなようなストーリーは日本だけでなく世…

『ハツカネズミと人間』ジョン・スタインベック|夢は壮大、現実は残酷

『ハツカネズミと人間』ジョン・スタインベック 大浦暁生/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.03.24読了 スタインベックの名作の一つであるが、まだ読んでいなかった。勝手に子ども向けのストーリーかと思っていたのだが、ラストは息を呑むほど苦しくなり心がえぐ…

『タスマニア』パオロ・ジョルダーノ|戦争と原爆、今この本を読む意義と運命

『タスマニア』パオロ・ジョルダーノ 飯田亮介/訳 ★ 早川書房 2024.03.07読了 最近どうも広島や長崎、つまり戦争や原爆にまつわる書物をよく目にするし、自分でもおのずと選んでしまっている気がする。それだけ心の奥底で意識しているということだろうか。…

『オッペンハイマー』カイ・バード マーティン・J・シャーウィン|愛国心が強すぎた彼は何と闘ったのか

『オッペンハイマー』[上]異才[中]原爆[下]贖罪 カイ・バード,マーティン・J・シャーウィン 山崎詩郎/監訳 河邉俊彦/訳 ★★ 早川書房[ハヤカワ文庫NF] 2024.03.02読了 昨年広島旅行をした。広島を訪れるのは初めてで、観光名所を中心に見どころを…

『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト|旅行記・冒険譚と名のつくもので間違いなく一番おもしろい

『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト 柴田元幸/訳 ★★ 朝日新聞出版 2023.12.27読了 小さい頃に『ガリバー旅行記』を読んだ記憶はある。とはいえ、大男が地面に横たわり、その周りを多くの小人たちがぞろぞろ歩いてるような挿絵を覚えているだけと言っ…

『夢みる宝石』シオドア・スタージョン|切なく儚い幻想的な世界

『夢みる宝石』シオドア・スタージョン 川野太郎/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.11.25読了 この作品はスタージョンの最初の長編小説で1950年に刊行された。もともと早川書房から邦訳されていたが、この度新訳としてちくま文庫から刊行されたものである。…

『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』ガブリエル・ゼヴィン|愛おしい友愛の物語

『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』ガブリエル・ゼヴィン 池田真紀子/訳 ★ 早川書房 2023.11.19読了 私は今まで生きてきて、ゲームに関わった時間はほんの僅かしかない。小学生の頃に姉妹で一緒にゲームボーイを持っていたのと、友達…

『ドラキュラ』ブラム・ストーカー|精神医学の見地から解き明かす

『ドラキュラ』ブラム・ストーカー 唐戸信嘉/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.11.12読了 ドラキュラって、ちゃんと原作を読んだことないよなぁ…。夜になると人間の血を吸う吸血鬼になること、黒いマントをたなびかせ牙を剥く姿、そしてディズニー映…

『運河の家 人殺し』ジョルジュ・シムノン|シムノン独特の文体でゾワリと怖気立つ

『運河の家 人殺し』ジョルジュ・シムノン 森井良/訳 幻戯書房[ルリユール叢書] 2023.10.31読了 著者ジョルジュ・シムノンは、フランスの大作家である(国籍はベルギー)。ハヤカワ文庫で「メグレ警視」シリーズが新訳で復刊されているのを見て、恥ずかし…

『マルナータ 不幸を呼ぶ子』ベアトリーチェ・サルヴィオーニ|読んでいる間守られている感がある

『マルナータ 不幸を呼ぶ子』ベアトリーチェ・サルヴィオーニ 関口英子/訳 河出書房新社 2023.10.8読了 小中学生の頃、学年に2〜3人は悪ガキ男子がいた。どうしてか決まって彼らは見た目も良いことが多くて人気があった。そして女子も同じ。周りの友達より…

『グレート・サークル』マギー・シプステッド|壮大な愛の物語

『グレート・サークル』マギー・シプステッド 北田絵里子/訳 ★ 早川書房 2023.9.16読了 飯嶋和一さんの作品に、江戸時代に初めて飛行機を飛ばした人を描いた『始祖鳥記』という小説がある。大空を自由のまま鳥のように飛びまわりたいという願い。この『グレ…

『見ること』ジョゼ・サラマーゴ|白票の意味するところは|賢明な言葉による豊穣さに心躍る

『見ること』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳 ★ 河出書房新社 2023.8.5読了 敬愛する作家の一人、ジョゼ・サラマーゴさんの小説が河出書房から新刊で刊行された。2004年に刊行された本書は、著者晩年81歳の時の作品で『白の闇』と対をなす物語となっている。 …

『灯台』P・D・ジェイムズ|孤島のミステリー、ダルグリッシュのロマンスもあり

『灯台』P・D・ジェイムズ 青木久惠/訳 早川書房[ハヤカワ・ポケット・ミステリ] 2023.7.30読了 今年に入って初めて、久しぶりのジェイムズ作品。この作品は、2005年に彼女がなんと85歳の時に刊行された小説だ。筆の衰えを全く感じさせない、濃密なミステ…

『ロマン』ウラジーミル・ソローキン|美的快楽である文学から生まれた

『ロマン』ウラジーミル・ソローキン 望月哲夫/訳 国書刊行会 2023.5.1読了 この本の佇まいからもう不穏な空気が漂っている。豊崎由美さんによる帯のコメントしかり。国書刊行会創業50周年の記念に新装版として堂々刊行された本だ。数年前から気になりすぎ…

『アンクル・トムの小屋』ハリエット・ビーチャー・ストウ|人間に必要なのは信じる心

『アンクル・トムの小屋』上下 ハリエット・ビーチャー・ストウ 土屋京子/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.3.23読了 タイトルは有名だけど読んだことがある人は少ない小説、これがまさにそんな作品だと思う。勝手にアンクル・トムは少年だと決めつ…

『だれも死なない日』ジョゼ・サラマーゴ|死がなくなることの恐ろしさと混乱

『だれも死なない日』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳 河出書房新社 2022.9.10読了 死はどうして恐ろしいのか。『火の鳥』(手塚治虫著)で永遠の命を欲しいと願っていた人たちは、何故死を恐れ、何のために永遠に生き続けたい(死にたくない)と思っていたの…

『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン|「ハイ!みんな!」ピップの爽快な挨拶とひたむきな信念

『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン 服部京子/訳 ★ 東京創元社[創元推理文庫] 2022.9.1読了 お待ちかねの『自由研究には向かない殺人』の続編である。今年の初めに『自由研究〜』を読んでめちゃくちゃおもしろくて、次回作を楽しみにしていた…

『神学校の死』P・D・ジェイムズ|英国神学校と聞くだけで胸高鳴る

『神学校の死』P・D・ジェイムズ 青木久惠/訳 早川書房[ハヤカワポケットミステリー] 2022.8.2読了 聖アンセルムズ神学校の住み込み看護婦の手記ではじまる導入部、これがとても引き込まれる。神学校と聞いただけでウンベルト・エーコ著『薔薇の名前』が…

『私の名前はルーシー・バートン』エリザベス・ストラウト|言葉にしなくてもわかりあえること、ただ感じるだけで充分なこと

『私の名前はルーシー・バートン』エリザベス・ストラウト 小川高義/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.7.24読了 2年半くらい前に、1週間弱の入院をしたことがある。手術も入院も初めてのことだったから、不安と心配との連続だったけれど、終わってみれ…

『チェスナットマン』セーアン・スヴァイストロプ|息もつかせぬ展開、これはドラマのほうが良さそう

『チェスナットマン』セーアン・スヴァイストロプ 髙橋恭美子/訳 ハーパーコリンズ・ジャパン[ハーパーbooks] 2022.6.11読了 見慣れないタイトルの『チェスナットマン』という単語は「栗人形」のこと。そもそも栗人形というのが日本では馴染みがないけど…

『シャギー・ベイン』ダグラス・スチュアート|辛く苦しいのに美しい物語

『シャギー・ベイン』ダグラス・スチュアート 黒原敏行/訳 早川書房 2022.6.2読了 タイトルのシャギー・ベインとは主人公の男の子の名前である。スコットランドのグラスゴーを舞台とした、シャギーが5歳から16歳になるまでを母親アグネスとの関係を中心に描…

『高慢と偏見、そして殺人』P・ D・ジェイムズ|原作の世界観を損なわずに書くこと

『高慢と偏見、そして殺人』P・ D・ジェイムズ 羽田 羽田詩津子/訳 早川書房[ハヤカワポケットミステリー] 2022.4.2読了 偉大な小説の続きを別の作家が書くことは、大いなるプレッシャーがあるだろう。マーガレット・ミッチェル著『風と共に去りぬ』の続…

『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ|人間は一体何を見ているのか

『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.3.19読了 突然目が見えなくなってしまったら。今まで見えていた世界が白い闇に変わってしまったらどうなるのだろう。本を読むことを何よりも楽しみに生きている私にとってこれほどキ…

『死の味』P・D・ジェイムズ|ダルグリッシュの過去に一体何が?

『死の味』上下 P・D・ジェイムズ 青木久惠/訳 早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2022.3.15読了 コーデリアシリーズがおもしろかったので、ダルグリッシュ警視ものに手を出してみた。犯人や動機、トリックを探るミステリなのに、私にはどう考えても濃密…

『三十の反撃』ソン・ウォンピョン|自分の未来と世界をよくするために

『三十の反撃』ソン・ウォンピョン 矢島暁子/訳 祥伝社 2022.3.7読了 どこにでもいるような普通の若者、非正規雇用で働く30歳のキム・ジヘがこの小説の主人公である。なんならキム・ジヘというありふれた名前も韓国では一番多いそうだ。カルチャーセンター…

『ヌヌ 完璧なベビーシッター』レイラ・スリマニ|信頼しあえる他人との関係は少しずつ築いていくしかない

『ヌヌ 完璧なベビーシッター』レイラ・スリマニ 松本百合子/訳 集英社[集英社文庫] 2022.3.5読了 ヌヌとは人の名前ではなくてベビーシッターのこと。フランスで乳母の意味をもつ「ヌーリス」が子供言葉のヌヌとなった。日本ではベビーシッターはあまり馴…

『象の旅』ジョゼ・サラマーゴ|人生は喝采と忘却

『象の旅』ジョゼ・サラマーゴ 木下眞穂/訳 ★ 書肆侃侃房 2022.2.25読了 ノーベル賞作家であるポルトガル人ジョゼ・サラマーゴさんのことはずっと気になっていて、まずは『白の闇』から読むべきかと思っていたのだが、この装丁に惹かれて思わず購入してしま…

『自由研究には向かない殺人』ホリー・ジャクソン|事件を解決するのは真に思い入れが強い人

『自由研究には向かない殺人』ホリー・ジャクソン 服部京子/訳 ★ 創元推理文庫 2022.1.24読了 昨年末から気になっていた本。表紙も雰囲気があってそそられる。ハヤカワミステリランキングを始めとし、このミスや文春の海外ミステリランキングの上位に食い込…

『皮膚の下の頭蓋骨』P.D.ジェイムズ|濃密な描写にうっとり

『皮膚の下の頭蓋骨』P.D.ジェイムズ 小泉喜美子/訳 ハヤカワ文庫 2022.1.12読了 このタイトル、なんだか不気味…。もう、タイトルだけで骸骨化した死体が登場する予感が満載。著者を知らずにはなかなか手に取りづらい。読み始めてすぐに、シェイクスピアな…

『天に焦がれて』パオロ・ジョルダーノ|ひたすらに美しい小説

『天に焦がれて』パオロ・ジョルダーノ 飯田亮介/訳 ★★ 早川書房 2022.1.8読了 至福の読書時間とはこのような本を読んだ時のことを言う。取り立てて何の変哲もない日に彩りをもたらす。特に夜更け過ぎ、水滴の音が響くほどの静寂の中で読み耽っていたのが最…