書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(な行の作家)

『皆のあらばしり』乗代雄介|歴史マニアの騙し合い?

『皆(みな)のあらばしり』乗代雄介 新潮社[新潮文庫] 2025.10.26読了 天高く馬肥ゆる秋 先日テレビであるニュース番組を見ていたら、このことわざが発せられていた。予感はしていたが、気持ちの良い秋という季節はほぼ感じられないまま冬に突入したよう…

『紙の梟 ハーシュソサエティ』貫井徳郎|死刑廃止か存続かは結論が出ないが、誰もが考えることが大事

『紙の梟 ハーシュソサエティ』貫井徳郎 文藝春秋[文春文庫] 2025.10.20読了 これは、人ひとりを殺したら死刑になる世界の物語である こんな文章が序文にある。日本には死んでお詫びをする文化があり死刑が日本の文化として認知されているという、なんとも…

『自分以外全員他人』西村亨|自分と他人の境界ってなに

『自分以外全員他人』西村亨 筑摩書房[ちくま文庫] 2025.09.24読了 衝撃的なタイトルと表紙の文字がドカンと訴えかけている。この作品は2023年に第39回太宰治賞を受賞したとのことだが、単行本刊行時にはこの存在に全く気付かなかった。自分以外は全員他人…

『アメリカひじき・火垂るの墓』野坂昭如|毎年8月だけでも全ての人間が思いを馳せなくてはならない

『アメリカひじき・火垂るの墓』野坂昭如 新潮社[新潮文庫] 2025.08.20読了 終戦記念日に、金曜ロードショーで地上波では7年ぶりに『火垂るの墓』が放映されていた。スタジオジブリの名作である。映画が有名過ぎて、原作が話題になることはほとんどないが…

『結婚の奴』能町みね子|同調できたのは、心の奥底でこんな気持ちを持っているからなのかも

『結婚の奴』能町みね子 文藝春秋[文春文庫] 2025.06.24読了 結婚の「奴」ってなんだろう?奴とつけるということは、結婚のせいでなんか嫌な目にあったのだろうか。いやいや、そういうわけではなかった。そもそも能町さんは「結婚」という共有され過ぎた言…

『行人』夏目漱石|人間の内面に存在する煩悩

『行人(こうじん)』夏目漱石 新潮社[新潮文庫] 2025.05.24読了 現代小説もいいけれど、ときおり明治、大正、昭和初期の文豪の小説を読みたくなる。去年、奥泉光著『虚史のリズム』を読んで、次の漱石作品は『行人』にしようと決めていた。 honzaru.haten…

『プリンシパル』長浦京|復讐するために極道の女になる

『プリンシパル』長浦京 新潮社[新潮文庫] 2025.03.10読了 玉音放送がラジオで流れた日に、実家の父親が危篤との報を受けて実家に戻る綾女(あやめ)。ヤクザ稼業を嫌い家を出て教師を勤めていたが、やむを得ず父亡きあとを継ぐことになる。女性でありなが…

『彼岸過迄』夏目漱石|改題「蛇の長杖」、ジャンルは精神分析小説

『彼岸過迄』夏目漱石 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.09.08読了 先日読んだ島田雅彦さんのエッセイで、夏目漱石著『彼岸過迄』の尾行の場面について「探偵小説」の一つだと話していた。漱石ってそんな小説も書くのかなと俄然興味を持っていた。 この小説は朝日…

『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美|ネット用語の炎上ではない、舞台は大正時代

『檜垣澤(ひがきざわ)家の炎上』永嶋恵美 新潮社[新潮文庫] 2024.08.22読了 直近の芥川賞受賞作を買うために書店に行ったら、文庫新刊の棚で見つけた。失礼ながら永嶋恵美さんという方のことは知らなかったが、帯にある『細雪』『華麗なる一族』に惹かれ…

『ひとつの祖国』貫井徳郎|世界に後れを取っている日本のことを考えよう

『ひとつの祖国』貫井徳郎 朝日新聞出版 2024.05.29読了 ベルリンの壁のような東西を分断する「壁」こそないが、第2次世界大戦後に日本が東日本国と西日本国に分断され、その後統一されたという、ありえたかもしれない架空の日本が舞台となっている。西日本…

『雨滴は続く』西村賢太|貫多は行くよどこまでも

『雨滴は続く』西村賢太 文藝春秋[文春文庫] 2024.01.25読了 西村賢太さんの遺作であり、最大の長編作が文庫になった。このろくでなしの堕落した北町貫多がまたもや主人公、そしてもちろん私小説。西村さんの作品は短編であれ中編であれほぼ私小説だから、…

『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子|完成された物語性

『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子 新潮社 2023.7.31読了 胸のドン突きにあるもの。胸の奥深くの突き当たりにあって自分の意志じゃどうにもならないもの。これに反する気持ちを抱こうとしても、何かが喉に引っかかったような、もどかしい気持ちになりすっきり…

『それは誠』乗代雄介|青春まっさかり、バカバカしい笑いがたまらんのよね

『それは誠』乗代雄介 文藝春秋 2023.7.22読了 私は関東地方に住んでいるので、中学生のときは京都、高校生の時は北海道が修学旅行先だった。札幌も楽しかったけど圧倒的に記憶に残っているのは中学生の時の京都旅行だ。今でも連絡を取り合う仲の良い友達と…

『三の隣は五号室』長嶋有|人はただ生きているだけでも感動や共感を呼び起こす

『三の隣は五号室』長嶋有 中央公論新社[中公文庫] 2023.7.6読了 第一藤岡荘という古いアパートに住んだ多くの人々がいる。連作短篇集とはちょっと違って、部屋にあるもの(というか生活に欠かせないけれど脇役である何か)がバトンをつないでいくような感…

『くもをさがす』西加奈子|大切なのは自分の身体と心を愛おしく思うこと

『くもをさがす』西加奈子 河出書房新社 2023.6.26読了 『夜が明ける』が刊行された少しあと(私自身も読み終えたあと)に、NHKの「ニュースウォッチナイン」で西さんがインタビューを受けているのを観た。顔がちっちゃくてキュートで、なによりも芯が強いと…

『はだしのゲン』中沢啓治|戦争のむごさを知るべき|どんな境遇にもめげない力強さと揺るぎない信念

『はだしのゲン』1〜10 中沢啓治 汐文社 2023.5.28読了 漫画を買うことも読むことも10年ぶり位だと思う。子供の頃はそれなりに読んでいたが、いつしか小説の方に偏向していまい今に至る(なんせあの『鬼滅の刃』すら1冊も読んでないのだ)。この『はだし…

『村田エフェンディ滞土録』梨木香歩|トルコ人の気質、トルコ文化に触れる

『村田エフェンディ滞土録』梨木香歩 新潮社[新潮文庫] 2023.5.15読了 読み始めて何より驚いたのが、昨日まで読んでいた津村記久子さんの『水車小屋のネネ』でヨウム(オウムの一種)が半主役だったのに、この作品でもまたオウムが主要な登場人物(人物と…

『蝙蝠か燕か』西村賢太|没後弟子を極める

『蝙蝠か燕か』西村賢太 文藝春秋 2023.4.24読了 文芸誌に掲載された短編が3編収められた、西村賢太さん没後に刊行された作品集である。藤澤清造という作家のために生きる北町貫多の思想と行動が書かれた、西村さんお得意の私小説だ。 西村さんの作品は芥川…

「西村賢太さん一周忌追悼」田中慎弥さんトークショーに行ってきた

街区の再開発のため、東京駅八重洲口にある「八重洲ブックセンター」が今月末で営業を終了する。都内では神保町の三省堂書店、渋谷の丸善&ジュンク堂をはじめ、大型書店がまたしてもなくなることに、悲しみを隠しきれない。 西村賢太さんが亡くなられて一周…

『本物の読書家』乗代雄介|文学観と小説蘊蓄|単行本を読む前に文庫化されてしまった

『本物の読書家』乗代雄介 講談社 2022.11.12読了 読書家に本物も偽物もあるのだろうか。まぁ、読書家を気取っているニセモノはいるかもしれない。そもそも「読書家」は「家」がつくのに個人の趣味が高じただけになっているけれど、他の「家」がつく「建築家…

『白い薔薇の淵まで』中山可穂|究極の愛を突き詰める

『白い薔薇の淵まで』中山可穂 河出書房[河出文庫] 2022.11.7読了 以前から気になっていた中山可穂さんの作品。李琴峰さんの小説の中にも登場しており、おそらく台湾をはじめとして海外でも広く読まれているのだろう。同性愛者の恋愛を描いた作品群でよく…

『チーム・オベリベリ』乃南アサ|偉大な人物は大成するのが遅い

『チーム・オベリベリ』上下 乃南アサ 講談社[講談社文庫] 2022.7.28読了 タイトルにある「オベリベリ」とは、北海道・帯広のことである。元々アイヌの土地だったため、アイヌ語でオベリベリ、漢字に「帯広」が当てられているのだ。帯にリアル・フィクショ…

『八甲田山死の彷徨』新田次郎|成功と失敗、組織のリーダーとは|天はわれ達を見放した

『八甲田山死の彷徨(ほうこう)』新田次郎 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2022.7.6読了 これは明治35年に青森で実際に起きた八甲田山の遭難事故を元にして作られた小説である。記録文学に近い。そもそも何の目的でこのような行軍があったのかというと、ロシアとの…

『運命の絵 もう逃れられない』中野京子|強く印象に残る絵

『運命の絵 もう逃れられない』中野京子 文藝春秋[文春文庫] 2022.4.13読了 3年近く前に、東京・上野で開催された「コートルード美術館展」を訪れた。まだコロナが始まる前で美術館はどこも混雑しており、本当は近くで開催されていた別の美術展を観に行く…

『ミシンと金魚』永井みみ|圧巻の語りに打ちのめされる

『ミシンと金魚』永井みみ 集英社 2022.3.16読了 花はきれいで、今日は、死ぬ日だ。(129頁) 本に包まれた帯にも書かれているこの文章が突き刺さる。容易な言葉でたった3センテンスの短い文章なのに、妙に気になる。そして不思議と美しい。人間、死ぬ当日と…

『十七八より』乗代雄介|選考委員を唸らせるとはこのこと

『十七八より』乗代雄介 講談社文庫 2022.1.25読了 乗代さんがそろそろ芥川賞を取るんじゃないかなぁと見守っていたけれど、『皆のあらばしり』は残念ながら受賞ならず。今回の芥川賞候補になった作品は1作も読んでないからなんとも言えないけれど。また折を…

『邯鄲の島遙かなり』貫井徳郎|イチマツ痣は永遠なり、日本に希望を

『邯鄲(かんたん)の島遙かなり』上中下 貫井徳郎 ★ 新潮社 2021.12.27読了 今年の9月から3ヶ月連続で刊行された貫井徳郎さん最大の長編小説で、執筆人生の記念碑的作品である。単行本で全3巻ととても長いのだが、読み始めると物語にガツンとのめり込み、と…

『やさしい猫』中島京子|日本の入国管理制度をすぐにでも考え直すべき

『やさしい猫』中島京子 ★ 中央公論新社 2021.11.6読了 今年の5月まで読売新聞の夕刊に連載されていた作品が単行本化された。ジャケットだけみると、猫が出てくるほのぼのとしたお話なんだろうと予想してしまうが、これがどっこい、とても重いテーマなのだ。…

『夜が明ける』西加奈子|「助けてください」と言える、言わせる社会に

『夜が明ける』西加奈子 ★★ 新潮社 2021.10.28読了 圧倒的なパワーがある。西さんの文章は誰でも読みやすくてすらすら頁が進むのに、魂がこもっていて重たい。この小説の主人公とその友人がたどる道は正直つらい。読んでいて結構苦しかったのだけれど、最後…

『旅する練習』乗代雄介|好きなものと一緒に生きる

『旅する練習』乗代雄介 講談社 2021.10.1読了 中学受験を終えた亜美と、小説家の叔父さん(作品の中で語り手のわたし)は、コロナ禍の中ではあるが旅に出る。それも、千葉から利根川沿いを歩き、埼玉の鹿島アントラーズの本拠地スタジアムに向かうというも…