書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

◇短編集

『嘘と正典』小川哲|小川さんの文章はクールすぎる

『嘘と正典』小川哲 早川書房[ハヤカワ文庫JA] 2022.7.18読了 直木賞候補にもなっていたから単行本刊行時にとても気になっていた本。ようやく文庫になって迷わず購入した。小川哲さんといえば、『ゲームの王国』を読んだ時の衝撃を今でも忘れられないし、…

『現代生活独習ノート』津村記久子|単独で学習する現代人

『現代生活独習ノート』津村記久子 講談社 2022.6.16読了 去年の11月に刊行された津村記久子さんの短編集を読んだ。過去に文芸誌に掲載された8つの作品が収められている。タイトルに「生活独習」とあるように、なんらかの物事を独りで学習するようなストーリ…

『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ|短編を読むのはその作家が好きだから

『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ 土屋政雄/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.5.23読了 カズオ・イシグロさんの短編集を読んだ。彼の短編を読むのは初めてである。短編を集めたものではなく書き下ろしの短編が5作収められ…

『この道』古井由吉|人間の死を悟るように

『この道』古井由吉 講談社[講談社文庫] 2022.5.1読了 久しぶりに古井由吉さんの本を読んだ。古井さんの文体に触れるときは雨の日が似合う。現在このような静謐な空気をまとう文章を書く人はいないのではないか。 基本的には古井さん本人だと思われる老人…

『回転木馬のデッド・ヒート』村上春樹|ロマンチックでキザなスケッチの数々

『回転木馬のデッド・ヒート』村上春樹 講談社[講談社文庫] 2022.4.27読了 無性に村上春樹さんの文章に触れたくなった。読むたびに、他の作品で読んだことがあるような既視感(既読感)に遭遇したり、お得意のコケティシュな女の子がまたまた出てきたなと…

『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』サマセット・モーム|極上の短編集ここにあり

『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』サマセット・モーム 金原瑞人/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.4.21読了 イギリスの文豪モームさんの小説はどれもおもしろく、なかでも名作『月と六ペンス』『人間の絆』は私にとって大切な作品である。実はまだ短編を読ん…

『掃除婦のための手引き書ールシア・ベルリン作品集』ルシア・ベルリン|実体験に基づいた生の声

『掃除婦のための手引き書ールシア・ベルリン作品集』ルシア・ベルリン 岸本佐知子/訳 講談社[講談社文庫] 2022.4.3読了 表紙の女性が著者のルシア・ベルリンさんと知って驚いた。気高くとても美しい女性である。小説のようなエッセイのような、全てがル…

『太陽の季節』石原慎太郎|回想の使い方が絶妙

『太陽の季節』石原慎太郎 新潮文庫 2022.2.14読了 今月の初め、石原慎太郎さんご逝去のニュースが日本中を駆け巡った。昭和・平成を代表する偉人がまた1人、この世を去った。私のなかで石原慎太郎さんは政治家、ことに東京都知事の印象しかない。作家である…

『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ|現代を生きる女性たちの依存

『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ 新潮社 2022.1.31読了 金原ひとみさんのお父様は、尊敬する翻訳家金原瑞人さんだ。私としては圧倒的に瑞人さんにお世話になっている。金原ひとみさんの小説は、芥川賞受賞作の『蛇にピアス』を読み、数年前に『マ…

『火曜クラブ』アガサ・クリスティー|人間なんてみんな似たりよったり

『火曜クラブ』アガサ・クリスティー 中村妙子/訳 ハヤカワ文庫 2022.1.29読了 今年1冊めのクリスティー作品は短編集を選んだ。ミス・マープルものの短編であるが、去年読んだリチャード・オスマン著『木曜殺人クラブ』の設定にそっくりなこと。というか、…

『昭和の名短篇』荒川洋治編|良質な日本語で書かれた純文学

『昭和の名短篇』荒川洋治編 中公文庫 2021.12.11読了 昭和の文豪14人の短篇が収められた中公文庫オリジナルの短編集が先日刊行された。名だたる作家ぞろいなのだろうが、半分くらいしか知らなかった。 印象に残った作品は下記の3つだ。 『萩のもんかきや』…

『狼王ロボ シートン動物記』シートン|動物たちも感情豊かに生き抜くのだ

『狼王ロボ シートン動物記』シートン 藤原英司/訳 集英社文庫 2021.10.10読了 子供の頃に夢中になって読んだ『シートン動物記』と『ファーブル昆虫記』。全巻揃えたのか図書館で借りて読んだのかは覚えていないけれど、動物や昆虫など生き物について学ぶの…

『アサイラム・ピース』アンナ・カヴァン|書くことで救われたように、読むことで救われるだろう

『アサイラム・ピース』アンナ・カヴァン 山田和子/訳 ちくま文庫 2021.9.30読了 一度読んだらその文体の虜になると言われているアンナ・カヴァンさん。代表作『氷』よりもまず先に、本名からアンナ・カヴァン名義に変えて最初の作品である本作を読んだ。 …

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子|苦難を乗り切ったからこそ

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子 講談社文庫 2021.7.31読了 おんとし97歳の佐藤愛子さんは、とても美しく気品に溢れている。もちろん外見が若々しいのもそうだが、内面から湧き上がるこの美しさは、彼女自らが強く気高く生き抜いてきた賜物だと言える。 過…

『葬儀の日』松浦理英子|独創的な感性と世界観

『葬儀の日』松浦理英子 河出文庫 2021.7.26読了 かなり前に新聞だかの書評を読んで気になり、手帳の「読みたい本リスト」に書いていた。先週手に入れて、ようやく今自分のなかで読み時になった。松浦理英子さんの本は初めて。講談社主催の「群像新人文学賞…

『文鳥・夢十夜』夏目漱石|古き良き日本語の読み仮名が良い

『文鳥・夢十夜』夏目漱石 新潮文庫 2021.7.22読了 久しぶりに夏目漱石さんの作品を読んだ。長編は結構読んでいるのだけど、短編はもしかしたら初めてかもしれない。夏だから、ちょっとホラー要素かなということで以前から気になっていた『夢十夜』もようや…

『世界はゴ冗談』筒井康隆|インパクトがありすぎる短編集

『世界はゴ冗談』筒井康隆 新潮文庫 2021.6.26読了 表題作を含めた10作品が収められた短編集である。筒井康隆さんの作品を読むのは久しぶりだ。そして彼の短編というのも初めてだ。いや〜、奇想天外なストーリーづくしでたまげる。一話めから、タイトルから…

『郝景芳短篇集』郝景芳|現代中国人作家が気になってきた

『郝景芳(ハオ・ジンファン)短篇集』郝景芳 及川茜/訳 白水社 2021.5.12読了 中国系アメリカ人作家のケン・リュウさんが郝景芳さんの『北京 折りたたみの都市』を絶賛して英訳し、作品はヒューゴー賞を受賞した。ケン・リュウさんがこの作品を含め中国SF…

『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介|ルポタージュ風の小説集

『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介 講談社文庫 2021.5.8読了 宮内悠介さんのことはずっと気になっていた。鬼才大才と呼ばれている。本を読んでいて、この著者は天才だなと思ったのは、最近だと小川哲さんだ。『ゲームの王国』を読んだ時は、どうしたらこ…

『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子|女性の複雑な心理と闇

『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子 新潮文庫 2021.5.2読了 大好きな川上未映子さんの文庫本新刊である。川上さんの本は毎年1冊は読んでいると思っていたのに、去年は読んでいなかったみたいだ。『夏物語』では毎日出版文化賞を受賞され、海外でも多…

『モルグ街の殺人・黄金虫 ポー短編集Ⅱ ミステリ編』エドガー・アラン・ポー|探偵はデュパンから生まれた

『モルグ街の殺人・黄金虫 ポー短編集Ⅱ ミステリ編』エドガー・アラン・ポー 巽孝之/訳 新潮文庫 2021.3.2読了 ポー氏の作品はかなり昔に何作かは絶対に読んだはずなのに、覚えていなかった。読んだということ、デュパンが出てきたことは頭にあったのに、こ…

『雪沼とその周辺』堀江敏幸|品のある美しい文体を味わう

『雪沼とその周辺』堀江敏幸 ★ 新潮文庫 2021.2.6読了 現代日本における偉大な作家の1人である堀江敏幸さん。芥川賞を始め数多の文学賞を受賞し、早稲田大学の教授も務めている。現在では文学賞の選考委員もされている堀江さんは名前をよく目にするのだが、…

『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』菊池寛|マスクなしで歩ける日は来るのだろうか

『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』菊池寛 文春文庫 2021.1.31読了 およそ100年前にスペイン風邪が流行した時、菊池寛さん自身の経験を元にして短編『マスク』が生まれた。身体が弱いことを医師に指摘された菊池さんは、徹底的に予防をする。なるべく家…

『こちらあみ子』今村夏子|相手の気持ちを考えることの大切さ

『こちらあみ子』今村夏子 ちくま文庫 2021.1.27読了 私が通っていた小学校では「特別支援学級」なるものがあった。普通のクラスに所属はしているが、授業だけはみんなと違う別の教室で受ける。知的障害または身体障害があり、支援を受けないと生活ができな…

『ナイン・ストーリーズ』サリンジャー/読みたくなる類いの爽快な作品たち

『ナイン・ストーリーズ』J.D.サリンジャー 柴田元幸/訳 ヴィレッジブックス 2021.1.14読了 サリンジャーさんの作品は、どこか爽快なイメージがある。例えその小説が悲劇だとしても。読んだ作品の数はそう多くないのに、ふと思い出した時に読みたくなる類…

『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫/表題作は圧巻!

『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫 中公文庫 2020.12.19読了 大正・昭和の文豪佐藤春夫さんが、1920年の台湾旅行をきっかけにして執筆された短編が9つ収められている。100年前の台湾の情景。私は10年以上前に一度台湾を訪れたことがあるが、その時…

『手長姫 英霊の声 1938-1966』三島由紀夫/どんな捉え方をしても彼は魅力的

『手長姫 英霊の声 1938-1966』三島由紀夫 新潮文庫 2020.11.30読了 三島由紀夫さんの命日は11月25日、東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺をした。今年は没後50年ということもあり、三島さんに関する映画が上映され、テレビなどでも特集を目にすることが…

『家霊』岡本かの子/粋のいい短編たち、280円文庫

『家霊(かれい)』岡本かの子 ハルキ文庫 2020.10.26読了 岡本かの子さんの作品を読むのは初めてだ。芸術家岡本太郎さんの母親である岡本かの子さんは、壮絶な人生を歩んだ。瀬戸内寂聴さんの『かの子繚乱』を読んだことが彼女を知ったきっかけだ。熱を帯び…

『風立ちぬ・美しい村・麦藁帽子』堀辰雄/風が立ったら前を向こう

『風立ちぬ・美しい村・麦藁帽子』堀辰雄 角川文庫 2020.9.14読了 実はまだこの作品は未読であった。誰もが知る有名な作品だからこそ、かえって読む機会が遠のくというのは実はよくあるのではないだろうか?先日福永武彦さんの『草の花』を読んでから堀辰雄…

『十二人の手紙』井上ひさし/極上の漫才や落語を思わせる

『十二人の手紙』井上ひさし 中公文庫 2020.9.6読了 井上ひさしさんの本を読むたびに、なんて上手いんだろうといつも唸らさせる。ストーリーもさることながら、日本語一つ一つの言葉や文の技巧が際立ち、お手本となるような文章なのだ。まるで国語の教科書に…