書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(か行の作家)

『大阪』岸政彦 柴崎友香|大人の芳しい上質な随筆集

『大阪』岸政彦 柴崎友香 河出書房新社 2021.6.10読了 生まれ育った街を「地元」という。小さい頃から転勤を繰り返していた私は、どんな環境でもある程度馴染めるという術をおぼえて育った。小学生高学年から一つの地域に長く住んだから、私が「地元」と言え…

『オルタネート』加藤シゲアキ|繋がること、その手段

『オルタネート』加藤シゲアキ 新潮社 2021.5.24読了 高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」を題材にした小説である。いま世の中にあるマッチングアプリは結婚を前提としたものが多い。マッチングアプリ自体は数年前から流行っていて、私の知り合い…

『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子|女性の複雑な心理と闇

『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子 新潮文庫 2021.5.2読了 大好きな川上未映子さんの文庫本新刊である。川上さんの本は毎年1冊は読んでいると思っていたのに、去年は読んでいなかったみたいだ。『夏物語』では毎日出版文化賞を受賞され、海外でも多…

『死の島』小池真理子|人間は最期どうやって死ぬのがいいのか

『死の島』小池真理子 文春文庫 2021.3.21読了 長く文芸書の編集職をしていた澤登志夫は、定年後はカルチャースクールで小説講座を務めていた。しかし末期の腎臓がんのため講座を辞することに。元々妻子もあった登志夫だが、過去に不倫関係になった女性が原…

『コンジュジ』木崎みつ子|丁寧に育て紡がれた文章

『コンジュジ』木崎みつ子 集英社 2021.2.1読了 第44回すばる文学賞受賞作で、先日発表された芥川賞の候補作にも選ばれた本作品。候補になっている時から、私は受賞作『推し、燃ゆ』よりもこの『コンジュジ』のほうが気になっていた。 母親が家を出て、父親…

『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』菊池寛|マスクなしで歩ける日は来るのだろうか

『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』菊池寛 文春文庫 2021.1.31読了 およそ100年前にスペイン風邪が流行した時、菊池寛さん自身の経験を元にして短編『マスク』が生まれた。身体が弱いことを医師に指摘された菊池さんは、徹底的に予防をする。なるべく家…

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』河野啓/ひとりの人間としての栗城劇場

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』河野啓 集英社 2021.1.20読了 約3年前に、ある日本人登山家がエベレストで亡くなった。そのニュースはよく憶えている。なぜなら、その登山家は指を9本失くしていたから。登山中に亡くなったことよりも、指を9本切…

『殉教者』加賀乙彦/信仰にはパワーが必要

『殉教者』加賀乙彦 講談社文庫 2020.12.23読了 自らの信仰のために命を失ったとされる人のことを殉教者という。キリスト教で使われることが多いが、信仰の対象は決まっていないようだ。タイトルを見るとどうしても遠藤周作さんを思い浮かべる。著者の加賀さ…

『三度目の恋』川上弘美/少しだけ好き、も大事な感情

『三度目の恋』川上弘美 中央公論新社 2020.12.21読了 書店に並ぶ佇まいがとても気になってしまい、いてもたってもいられず手に取る。恋愛ものだけど、きっと川上さんが書くと普通の恋愛小説ではなくてある種の優しさがあるだろうと。それでも一筋縄ではいか…

『信長の原理』垣根涼介/法則にとらわれ続ける

『信長の原理』上下 垣根涼介 角川文庫 2020.11.5読了 垣根さんの小説は、文学賞三冠に輝いた『ワイルド・ソウル』しか読んだことがない。それもかなり前で、おもしろかった記憶はあるものの内容はほとんど憶えていない。最近の垣根さんは歴史小説を書くこと…

『天稟』幸田真音/変動する相場と変わらない絵

『天稟(てんぴん)』幸田真音 角川書店 2020.9.5読了 10年くらい前だろうか、山種美術館に行ったことがある。移転後の恵比寿にある今の美術館で、収められている日本画よりもむしろ、都会に突如現れた建物に驚いた記憶がある。経済小説は苦手とするところな…

『ファントム・ピークス』北林一光/10年以上前の作品を書店に並べる

『ファントム・ピークス』北林一光 角川文庫 2020.7.9読了 北林一光(いっこう)さんは、その才能を惜しまれつつ45歳という若さで癌のため亡くなられた。映画プロデューサーを経て執筆活動に入った方で、本作は松本清張賞の最終選考まで残り、非常に評価され…

『やめるときも、すこやかなるときも』窪美澄/過去も未来も受け入れる

『やめるときも、すこやかなるときも』窪美澄 集英社文庫 2020.7.4読了 書店ではよく目にするが、窪美澄さんの小説を読むのは実は初めてだ。なんとなく学生さんや若い人がターゲットかなと。そして本作はジャニーズの誰か(キスマイの藤ヶ谷くんだったかな?…

『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』門田隆将/あの時何が起きていたかを知る。そして真実を残す。

『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』門田隆将 角川文庫 2020.6.16読了 新型コロナウィルス感染予防対策で映画館も閉館され、当初の公開時期延期を余儀なくされた映画『フクシマフィフティ』。3月頃は映画の番宣で、佐藤浩市さんと渡辺謙さんのお姿を…

『銀河鉄道の父』門井慶喜/あの宮沢賢治を育て見守った父の姿

『銀河鉄道の父』門井慶喜 講談社文庫 2020.4.25読了 宮沢賢治さんといえば、誰もが知っている童話や詩を書く国民的作家であり、岩手の理想郷イーハトーブが思い浮かぶ。私も一度岩手に旅行で訪れた時に、イーハトーブをモチーフにした広大な公園に行ったこ…

『クラウドガール』金原ひとみ/つかみどころのない関係

『クラウドガール』金原ひとみ 朝日文庫 2020.4.24読了 性格も容姿も異なる姉妹がそれぞれ心の内を語っていく。姉の理有はしっかりして面倒見の良い現実主義、妹の杏は自由奔放で夢見がちで美しい少女。2人は姉妹といえど育った環境も違うから両親への想いも…

『老乱』久坂部羊/介護させてくれてありがとう

『老乱』久坂部羊 朝日文庫 2020.4.13読了 認知症をテーマにした、作家であり医師でもある久坂部羊さんの小説である。妻の頼子を数年前に亡くし1人で暮らす78歳の幸造と、息子の知之とその妻雅美による2つの視点が交互になり物語が進む。 認知症による介護問…

『球道恋々』木内昇/野球に飢えていたから小説で

『球道恋々』木内昇 新潮文庫 2020.4.10読了 木内さんの作品はもう読まないと思っていたのに、わからないものだ。直木賞受賞作『漂砂のうたう』は私にはあまり合わなくて、きっともう彼の作品は読むことはないだろうとタカをくくっていた。そもそも彼ではな…

『夜の谷を行く』桐野夏生/過去の心の重し

『夜の谷を行く』桐野夏生 文春文庫 2020.4.7読了 過去に連合赤軍の「山岳ベース」から逃れ、5年間の刑役を務めた啓子は身を隠すようにひっそりと暮らす63歳の女性。ある日熊谷という元同士の男性から電話が来る。忘れかけていた、いや忘れたかった過去の出…

『書評稼業四十年』北上次郎/本のあとがき・解説は絶対に最後に読んで

『書評稼業四十年』北上次郎 本の雑誌社 2020.3.19読了 小説をよく読む人なら、北上次郎さんの名前を目にしたことはあるだろう。特に文庫本の解説をされていることが多い。そんな北上さんの40年に及ぶ書評業について書かれた読み物だ。エッセイのようで読み…

『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』川上和人/鳥への愛が見え隠れ

『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』川上和人 新潮文庫 2020.3.10読了 本当はベストセラーになった『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ』が読みたかったのだが、まだ文庫になっていないため、まずは手っ取り早い本書を手に取る。猿を始め動物好きの私は…

『熱源』川越宗一/極寒の地に生きるための熱がこもる

『熱源』川越宗一 文藝春秋 2020.2.15読了 先月発表になったばかりで、どの書店にもうず高く積み上げられている第162回直木賞受賞作。発表後、芥川賞は受賞作品なしにするかという話にもなり難航したようだが、直木賞については満場一致で『熱源』だったとの…

『フィデル誕生 ポーラースター3』海堂尊/カストロ父子とピノ・サントスの物語

『フィデル誕生 ポーラースター3』海堂尊 文春文庫 2020.2.1読了 ここ1~2週間は頭の中が南米モードである。ポーラースターシリーズ第3巻。ゲバラの話が続くのかと思ったら、突然フィデルの話になった。フィデル・カストロの父アンヘル・カストロの生い立ち…

『ゲバラ漂流 ポーラースター2』海堂尊/ラテンアメリカの近代史を学ぶかのように

『ゲバラ漂流 ポーラースター2』海堂尊 文春文庫 2020.1.30読了 前回読んだポーラースターシリーズの第2巻である。医師免許を取得したゲバラが、再び旅に出る。今度は1人で。しかし途中から太っちょロホ弁護士と再会し、なんの因果か一緒に行動をすることに…

『ゲバラ覚醒 ポーラースター1』海堂尊/自由奔放なゲバラとピョートルの冒険

『ゲバラ覚醒 ポーラースター1』海堂尊 文春文庫 2020.1.25読了 キューバ革命の英雄、チェ・ゲバラ氏といえば、どんな人物かそして何をしたのかを具体的に知らなくても、星のマークとその精悍な顔つきから壁画やマークになっており誰もが目にしたことがある…

『書楼弔堂 炎昼』京極夏彦/古典文学の指南書

『書楼弔堂 炎昼』京極夏彦 集英社文庫 2019.12.28読了 シリーズ1弾を読んだ時も思ったのだが、この小説は、文学や芸能において、昔の優れた人物や本を紹介する指南書のように思う。 本作品も連作短編のような形式を取り、章ごとに人物の紹介がなされる。と…

『みみずくは黄昏に飛びたつ』川上未映子・村上春樹/小説は信用取引で成り立つ

『みみずくは黄昏に飛びたつ 川上未映子 訊く/村上春樹 語る』 川上未映子・村上春樹 新潮文庫 2019.12.10読了 村上春樹さんの小説のなかで、私の一番のお気に入りは、『騎士団長殺し』である。刊行されたのとほぼ同じくして、この対談集も単行本で書店に並…

『大きな鳥にさらわれないよう』川上弘美 / 目に見えない大事なものを表現する

『大きな鳥にさらわれないよう』川上弘美 講談社文庫 2019.11.4読了 川上さんの小説を読むのは久しぶりである。本当は、新刊の『某(ぼう)』が気になっているのだけれど、とりあえず文庫になったばかりの本作品を読むことにした。 不思議な読後感である。連…

『なんでわざわざ中年体育』角田光代 / 自分にも出来るんだ!という達成感

『なんでわざわざ中年体育』角田光代 文春文庫 2019.10.16読了 体育っていうのがいい。運動でもスポーツでもなく、体育。まるで体操着かジャージを着て、小中学生のように活動してるみたいじゃないですか、角田さん。 30代後半を過ぎてから、運動(この本で…

『平凡』角田光代 / なんでもない日々の暮らしが一番

『平凡』 角田光代 新潮文庫 2019.9.7読了 世の中の読書好きな女性がたいていそうであるように、私も角田光代さんが大好きである。もちろん女性に限らないが、角田光代さん、江國香織さん、小川洋子さん、柚木麻子さん、山本文緒さんらは女性読者が圧倒的に…