書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(や行の作家)

『ミトンとふびん』吉本ばなな|さぁ、旅に出ようか

『ミトンとふびん』吉本ばなな 幻冬舎[幻冬舎文庫] 2024.03.03読了 この本、単行本のサイズが特殊だったのと表紙の色が鮮やかだったから、書店でかなり目立っていた。ちょうど永井みみさんの『ミシンと金魚』が並べられていて、タイトルが少し似ているから…

『関東大震災』吉村昭|天災には怒りや恨みをぶつける相手がいない

『関東大震災』吉村昭 文藝春秋[文春文庫] 2023.12.17読了 今年は関東大震災から100年が経ったということで、装い新たに(というか文庫カバーの上にぐるりと更なるカバーがかけられている)書店に並べられていた。天災は人間の力で防ぎようがない。それで…

『ばにらさま』山本文緒|日常にひそむ虚無感とままならなさ

『ばにらさま』山本文緒 文藝春秋[文春文庫] 2023.12.15読了 表題作を含めた7作の短編がまとめられた本。なんて小気味良くて、心を掴まれる文章なんだろう。日常にひそむちょっとした不安定さを掬い取り、虚無感と生きることのままならなさを絶妙に描く。…

『湖の女たち』吉田修一|異質だと思っていたものがそうではなくなる

『湖の女たち』吉田修一 新潮社[新潮文庫] 2023.9.5読了 吉田修一さんの小説を読むのは久しぶりだったけれど、やはり文章もストーリーも淀みなく上手いなぁという印象だ。作品としては『悪人』や『怒り』には到底及ばないがさすがの筆致で読ませるものがあ…

『高熱隧道』吉村昭|自然の脅威、人間との確執

『高熱隧道』吉村昭 新潮社[新潮文庫] 2023.8.27読了 数年前に黒部・立山アルペンルートを含めて富山を旅行した。黒部ダムの勢いよく放出される水に圧倒された。なかでも、立山の景色の素晴らしさが本当に忘れがたく、なんなら日本で観光した景色で一番と…

『自転しながら公転する』山本文緒|そんなに幸せになろうとしなくてもいい

『自転しながら公転する』山本文緒 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.11.5読了 中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞を受賞され、評判も良かったから単行本で手に入れようと何度も思っていた。結局タイミングがあわずここまで来てしまったが、なんと2年で文庫化された。…

『黒牢城』米澤穂信|大河ミステリー、ここにあり

『黒牢城』米澤穂信 KADOKAWA 2022.4.25読了 第166回直木賞受賞、他にも4大ミステリランキングを制覇した大作である。米澤穂信さんの作品は数冊読んだことがあるが、そもそも現代モノ専門の作家だと思っていたから、歴史モノを書いたということに驚いていた…

『破船』吉村昭|本屋大賞「発掘部門」隠れた名作

『破船』吉村昭 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.4.13読了 本屋大賞に「発掘部門」なんていつからあったのだろう?国内小説部門と翻訳海外小説部門しか知らなかった。大賞となった国内小説『同志少女よ、敵を撃て』と海外小説『三十の反撃』はたまたま読み終えて…

『いつか深い穴に落ちるまで』山野辺太郎|読書芸人で紹介されていた本を読んでみた

『いつか深い穴に落ちるまで』山野辺太郎 河出書房新社 2021.12.14読了 先日、テレビ番組「アメトーーク」で読書芸人が放映されているのを観た。読書芸人はなんと4年ぶりだというから驚いた。それよりも、その回にゲストで登場していたのがカズレーザーさん…

『ゴリラの森、言葉の海』山極寿一 小川洋子|因果という考えを持たないゴリラ

『ゴリラの森、言葉の海』山極寿一 小川洋子 新潮文庫 2021.11.16読了 霊長類学者の山極寿一(やまぎわじゅいち)さんと、小説家小川洋子さんの対談集である。なんと、ゴリラにまつわるもの。猿好きとしてはもちろんたまらない。山極先生は、ゴリラ研究の第…

『狐狼の血』柚月裕子|ガミさんの男意気と生き方

『狐狼の血』柚月裕子 角川文庫 2021.8.15読了 女性なのに、よくこんなヤクザ&警察もの書けるよなぁと尊敬する。警察ものはわかるけど、暴力団の話って言葉も特殊で難しいと思う。取材するわけにもいかないし。広島弁も巧みで、特にガミさん(呉原東署暴力団…

『花のれん』山崎豊子|商いに賭けた女の一生

『花のれん』山崎豊子 新潮文庫 2021.5.23読了 吉本興業創設者の女主人(吉本せい)をモデルにして書かれた小説で、山崎豊子さんが直木賞を受賞した作品である。山崎さんの長編はほとんど読んでいるがこの本はまだ未読だった。 大阪の天満と言えば、今は飲み…

『生ける屍の死』山口雅也|エンバーミング|ホラーコメディ

『生ける屍の死』上下 山口雅也 光文社文庫 2021.4.26読了 この作品は、1989年に刊行された山口雅也さんのデビュー作である。同年のこのミス(宝島社 このミステリーがすごい!)第8位、2018年に30年間の作品の中から選ぶこのミスで、キングオブキングス第1…

フルハウス「柳美里選書」が届きました

大好きな作家の一人である柳美里さんは、2015年に鎌倉から福島県南相馬市へ移り住んでいる。本を執筆しながら2018年には「フルハウス」という書店を営まれている。フルハウスでは、注文したその人のために本を選ぶ「柳美里選書」というサービスをされている…

『言葉を離れる』横尾忠則/絵と言葉は本当に正反対か

『言葉を離れる』横尾忠則 講談社文庫 2020.12.29読了 やはり表現者だなぁと心底思う。文章は長ったらしく句読点も少なくて読みにくいのに、人の心を掴む魂を紡いでくる。美術家、横尾忠則さんのエッセイだ。それもある意味「本」「言葉」に対する否定の書と…

『盤上の向日葵』柚月裕子/小説の楽しさに気付いていない人に読んでほしい

『盤上の向日葵』上下 柚月裕子 中公文庫 2020.12.15読了 タイトルからわかるように、将棋を題材にした作品。昨今の将棋ブームで、最近は将棋をテーマにした作品がよく売れるように思う。藤井聡太二冠の存在も大きい。 最初は、当たり障りもない文章でただ読…

『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』吉本ばなな/大人になって気付く大事なこととファンタジーの怖さ

『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』吉本ばなな 幻冬舎文庫 2020.12.8読了 哲学ホラーってなんだろう。哲学とホラーって似ても似つかないような気がするのだけれど、突き詰めて深入りすると実はどちらも混じり合っているかもしれなくて、久しぶりに吉本ばなな…

『JR上野駅公園口』柳美里/光に見つけられますように

『JR上野駅公園口』柳美里 河出文庫 2020.11.26読了 上野駅には年に2回ほど訪れる。目的は美術展だ。上野には美術館や博物館が数多くあり、特に全国(美術展については世界)をまわるほどの大きな美術展は上野で開催されることが多い。目的が美術館である…

『蝶々殺人事件』横溝正史/探偵小説は作者と読者の知識競技

『蝶々殺人事件』横溝正史 角川文庫 2020.5.17読了 ここ最近、こてこての探偵物を欲していた。本当はシャーロック・ホームズシリーズの長編が読みたくて、評判の良い光文社文庫のを探しているがどうやら絶版なのか見つからない。では日本のにするかと思って…

『淳子のてっぺん』唯川恵/山屋にとって登山は生きること

『淳子のてっぺん』唯川恵 幻冬舎文庫 2020.2.2読了 女性で初めてエベレストに登頂した登山家、田部井淳子さんの生涯を元にした小説だ。私は登山といえる登山はしたことがない。小中学生の時に林間学校で山に登ったり、散策がてら高尾山や熊野古道を登った位…

『永在する死と生』柳美里 / 伴侶とともに生きていく

『柳美里 自選作品集 第一巻 永在する死と生』柳美里 ★ KKベストセラーズ 2019.11.20読了 柳美里さんの作品は好きなのだが、実はまだ『命』4部作を読んでいなかった。新潮文庫から刊行されている4冊は、今や書店にはなく、仕方なく中古でもいいからと考え…

『ゴリラに学ぶ男らしさ 男は進化したのか?』山極寿一 / 人間の方が変わっているのかもしれない

『ゴリラに学ぶ男らしさ 男は進化したのか?』山極寿一 ちくま文庫 2019.11.5読了 ゴリラ研究の世界的権威、山極寿一先生の著作である。タイトルに「男らしさ」とあるが、ジェンダーレスが叫ばれている現代には、相応しくないのでは?なかなか挑戦するな〜、…

『ゴールドラッシュ』柳美里 / ある少年の狂気と哀しみ、そして光明

『ゴールドラッシュ』柳美里 ★ 新潮文庫 2019.10.21読了 この小説を読むのは2回めで、最初に読んだのは20年近く前になると思う。衝撃を受けたのは覚えていて、それ以来、柳美里さんの作品を気に留めるようになった。衝撃を受けたのに、内容はほとんど忘れて…

『ノースライト』横山秀夫 / 家を造ることは家族の人生を形作ること

『ノースライト』横山秀夫 新潮社 2019.10.15読了 今年の2月に刊行されてから気になっていた作品。横山秀夫さんは『64(ロクヨン)』が抜群におもしろい。読み始めから感じたことがある。今回の『ノースライト』はいつもの横山さんの雰囲気ではなかったし、…

『慈雨』 柚月裕子 / 罪に向き合いめぐみの雨で全てを洗い流す

『慈雨』 柚月裕子 集英社文庫 2019.6.19 読了 慈雨(じう)・・・万物をうるおし育てる雨。また、ひでりつづきのときに降るめぐみの雨。 柚月裕子さんの作品は、よく目にしていたが実際に読むのは初めてであった。刑事もの、ハードボイルドな作風というイメー…

『血族』 山口瞳 / 作者の性別にも本のレーベルにも良い意味で裏切られた

『血族』 山口瞳 P+D BOOKS 2019.4.13読了 次に読む本を選ぶ時に、何となく、男性作家のものが読みたいとか女性作家がいい、ミステリーにしよう、軽いタッチがいい、時代物にどっぷり漬かりたい、エッセイが読みたい、など誰しも考えると思う。これを手に…

『国宝』 上下 吉田修一 / 死ぬまで舞台に立ちたいのは皆同じ

『国宝』 上 青春篇 下 花道編 吉田修一 朝日新聞出版 2019.3.10読了 私は歌舞伎を鑑賞したことがまだない。去年友人が「女子歌舞伎」なるものを習い始めて、その発表会を観に行ったことがあるだけだ。素人が演技していることもあるが、慣れない衣装、大きな…