書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

外国(ハ行の作家)

『ゴッドファーザー』マリオ・プーヅォ|敵にしたら一発アウト、味方にしたら超強力

『ゴッドファーザー』上下 マリオ・プーヅォ 一ノ瀬直ニ/訳 ★ 早川書房[ハヤカワ文庫NV] 2024.03.30読了 男の人が好きな映画として挙げることが多いのが『ゴッドファーザー』だと常々感じている。だいたいにおいてマフィアとかヤクザものが好きだから、そ…

『オッペンハイマー』カイ・バード マーティン・J・シャーウィン|愛国心が強すぎた彼は何と闘ったのか

『オッペンハイマー』[上]異才[中]原爆[下]贖罪 カイ・バード,マーティン・J・シャーウィン 山崎詩郎/監訳 河邉俊彦/訳 ★★ 早川書房[ハヤカワ文庫NF] 2024.03.02読了 昨年広島旅行をした。広島を訪れるのは初めてで、観光名所を中心に見どころを…

『人形』ボレスワフ・プルス|翻弄されるヴォクルスキ、ワルシャワの社会構造

『人形〈ポーランド文学古典叢書第7巻〉』ボレスワフ・プルフ 関口時正/訳 未知谷 2024.01.08読了 このどっしりとした佇まいよ…。ジャケットの高貴な衣装に身を包んだ女性が座る画も、凛とした厳かな風貌で物語の重厚さを予感させる。写真だけでは伝わらな…

『野生の棕櫚』ウィリアム・フォークナー|交わらないのにお互いを高め合う二つの作品

『野生の棕櫚(やせいのしゅろ)』ウィリアム・フォークナー 加島祥造/訳 中央公論新社[中公文庫] 2023.12.12読了 フォークナーの小説を読むときは心を静謐に保ち、雑音を排除する必要がある。そうしないと頭に入ってこないのだ。タイトルにある漢字の「…

『惑う星』リチャード・パワーズ|人間以外の生き物が何を感じているか

『惑う星』リチャード・パワーズ 木原善彦/訳 新潮社 2023.10.26読了 一瞬、星が惑うとはどういうことだろうと考えてしまう。タイトルは「惑星」のことだが、「惑う星」とあるといささか戸惑う。地球を含めた恒星(一番近いのは太陽)のまわりにある天体に…

『緋文字』ナサニエル・ホーソーン|胸に刻まれた緋文字の正体

『緋文字』ナサニエル・ホーソーン 小川高義/訳 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.9.28読了 母国では学校の課題図書として読まれるほど、アメリカ文学史のなかでは定番であり名作と言われている。刻まれた文字、過ちを償う、キリスト教などの言葉が並び、…

『恐るべき太陽』ミシェル・ビュッシ|騙された!を味わいたかった

『恐るべき太陽』ミシェル・ビュッシ 平岡敦/訳 集英社[集英社文庫] 2023.9.1読了 クリスティーへの挑戦作なんて帯に書かれていたら、クリスティー好き、英国ミステリ好きとしては放っておけなくなる(これはフランス人作家の作品だけれど)。表紙のイラ…

『ゴリオ爺さん』オノレ・ド・バルザック|すべてが真実なのである

『ゴリオ爺さん』オノレ・ド・バルザック 中村佳子/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.8.24読了 実は過去にこの作品を読んだとき、断念した経験がある。海外文学にまだ心酔していなく、訳された文章にまだ慣れていなかったこともあるかもしれない。確…

『野性の探偵たち』ロベルト・ボラーニョ|一つの作品で自分の思考が逆転するというなんとも稀有な読書体験

『野性の探偵たち』上下 ロベルト・ボラーニョ 楢原孝政・松本健二/訳 白水社[エクス・リブリス] 2023.8.19読了 はらわたリアリズムってなんのことだろう?内臓現実主義?どうやらこの小説のポイントになるのがはらわたリアリスト=前衛詩人のことである…

『HHhHープラハ、1942年』ローラン・ビネ|ビネ自身が主人公で、実況中継するかのよう

『HHhHープラハ、1942年』ローラン・ビネ 高橋啓/訳 東京創元社[創元文芸文庫] 2023.6.17読了 本屋大賞翻訳小説部門を受賞したというのが納得できるおもしろさだった。パラパラと頁をめくると、細かい文字がびっしりと埋められ(東京創元社の文庫だし…

『ペストの夜』オルハン・パムク|疫病と人類の戦い|空想画を描ける人は物語る力がある

『ペストの夜』上下 オルハン・パムク 宮下遼/訳 早川書房 2023.6.5読了 月曜日の深夜に『激レアさんを連れてきた。』というTV番組があって、その中で「架空の駅を1万個以降考えた人」が紹介されていた。その人は駅周辺の地図やらをプロかと見まごうほどの…

『モーリス』E・M・フォースター|美しく儚い純真無垢な愛

『モーリス』E・M・フォースター 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.4.26読了 先月読んだ『インドへの道』が思いのほか好みだったので、フォースターの代表作のひとつである『モーリス』を読んだ。当時の英国では同性愛は禁じられていたため、執筆した当時…

『エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬』S・J・ベネット|王室事情を丹念に読み込む

『エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬』S・J・ベネット 芦沢恵/訳 ★ KADOKAWA[角川文庫] 2023.4.23読了 イギリス好きとしては、英国王室ものは外せない。しかもミステリーなんて。去年このシリーズの第一弾を読んでとてもおもしろかった…

『インドへの道』E・M・フォースター|異国のことを思うのと、その国の人と親しくなるのは違う

『インドへの道』E・M・フォースター 小野寺健/訳 河出書房新社[河出文庫] 2023.3.14読了 ストーリー性がある『ハワーズ・エンド』や『モーリス』から読むべきだとわかっていたのに、難解とされている『インドへの道』からE・M・フォースターさんの作品に…

『郵便局』チャールズ・ブコウスキー|仕事のあり方を考える

『郵便局』チャールズ・ブコウスキー 都甲幸治/訳 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.3.8読了 酒に煙草に女に賭け事に…、自堕落で最低な暮らしをしている男だなと思いながらも、どこか憎めない、ある種自由奔放なこの人間らしさにいつの間にか魅了されてし…

『サンクチュアリ』ウィリアム・フォークナー|濃い霧の中を模索する、それを読み解く楽しさ

『サンクチュアリ』ウィリアム・フォークナー 加島祥造/訳 新潮社[新潮文庫] 2023.2.15読了 先月コロナウイルスに感染してしまったとき、何故か無性に中上健次やフォークナーの小説が読みたくなった。身体も心も弱っていたから、粘つくような力強い物語を…

『指差す標識の事例』イーアン・ペアーズ|私たちが生きていく上で物事・人物の見え方は異なるもの

『指差す標識の事例』上下 イーアン・ペアーズ 池央耿・東江一紀・宮脇孝雄・日暮雅通/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2023.2.11読了 これ、実はずっと気になっていた小説。タイトルが秀逸で内容もおもしろそうなのだが、何より目を見張るのが訳者が4人もい…

『アンネの日記 』アンネ・フランク|死んでもなお人々の心のなかに生き続ける

『アンネの日記 増補新訂版』アンネ・フランク 深町眞理子/訳 文藝春秋[文春文庫] 2022.12.13読了 先日読んだ『あとは切手を、一枚貼るだけ』という小川洋子さんと堀江敏幸さんの共著作品(2人の書簡小説)で、小川洋子さんのパートで何度も登場したのが…

『ラブイユーズ』バルザック|散りばめられた人生の教訓と重層的な人間模様

『ラブイユーズ』オノレ・ド・バルザック 國分俊宏/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2022.12.3読了 バルザック著『ゴリオ爺さん』を15年ほど前に読んだ時、実は最後まで読み通せなかった。おもしろさを感じられなかったからなのか、当時はまだ翻訳ものを…

『エリザベス女王の事件簿 ウィンザー城の殺人』S・J・ベネット|愛すべき国民の母が名探偵

『エリザベス女王の事件簿 S・J・ベネット 芹澤恵/訳 ★ KADOKAWA[角川文庫] 2022.9.25読了 世界で1番キュートで、おしゃれで、慎ましくかつ知的な女性はエリザベス女王で間違いないと思う。つやつやの肌、キラキラした目、全身から光り輝く姿。英国王室…

『無垢の博物館』オルハン・パムク|頬擦りしたくなるほど美しい作品を読んでしまった

『無垢の博物館』上下 オルハン・パムク 宮下遼/訳 ★★★ 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.8.18読了 先日書店に行ったらハヤカワepi文庫で刊行されていて迷わず購入した。とても美しく、身体が痺れてしまうほど素晴らしい作品だった。どうしてこんな小説が…

『嘘の木』フランシス・ハーディング|純真無垢な心でファンタジーを読む

『嘘の木』フランシス・ハーディング 児玉敦子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2022.6.22読了 フランシス・ハーディングさんの小説は前から気になっていた。児童文学のようだからちょっと手を出しにくかったのだが、この本が文庫になっていたのでようやく読…

『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス|忍耐と狂気の人間ヴィクの心理をさぐる

『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス 柿沼瑛子/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.5.18読了 河出文庫からハイスミスさんの小説の改訳版が出た。久しぶりにあのゾクゾク感を味わいたくなった。彼女の小説は2作しか読んでいないが、どちらもおもしろく引き…

『ひとりの双子』ブリット・ベネット|生まれた自分で懸命に生きること|素晴らしい作品

『ひとりの双子』ブリット・ベネット 友廣純/訳 ★★★ 早川書房 2022.4.17読了 読み始めてすぐに、これは自分の好きなタイプの作品だと感じた。まずストーリーが抜群におもしろい。そして何より登場人物たちの息づかいが真に迫り感情に訴えかけてくる。どのキ…

『掃除婦のための手引き書ールシア・ベルリン作品集』ルシア・ベルリン|実体験に基づいた生の声

『掃除婦のための手引き書ールシア・ベルリン作品集』ルシア・ベルリン 岸本佐知子/訳 講談社[講談社文庫] 2022.4.3読了 表紙の女性が著者のルシア・ベルリンさんと知って驚いた。気高くとても美しい女性である。小説のようなエッセイのような、全てがル…

『感情教育』フローベール|意外と感情表現は少なく淡々と進むのです

『感情教育』上下 ギュスターヴ・フローベール 太田浩一/訳 光文社古典新訳文庫 2021.12.18読了 昔、フローベールの『ボヴァリー夫人』を読んだときに、実はそんなにおもしろいと感じなかったので彼の作品はあまり積極的に読もうという気がおきなかった。そ…

『消失の惑星』ジュリア・フィリップス|傷みを抱えた女性たち

『消失の惑星(ほし)』ジュリア・フィリップス 井上里/訳 早川書房 2021.12.13読了 ロシアの南端にあるカムチャツカ半島。モスクワから約7,000kmも離れたこの地域は、自然が多く残り、人口も僅か、そして人が住んでいる地域は限られている。この島のことは…

『ミシンの見る夢』ビアンカ・ピッツォルノ|手に職をつけること

『ミシンの見る夢』ビアンカ・ピッツォルノ 中山エツコ/訳 河出書房新社 2021.10.4読了 手に職をつけること。いくら時代が変わって、工場生産やAIでほとんどのものがまかなえるとしても、最後は人の手による細かな技術と知恵が必要である。これだけは未来永…

『夜はやさし』フィツジェラルド|大人のための小説

『夜はやさし』上下 フィツジェラルド 谷口陸男/訳 角川文庫 2021.8.9読了 フィツジェラルドさんの代表作は、言わずもがなで『グレート・ギャツビー』である。昔読んだ時にはあまりピンとこなかったのだが、最近再読したらとてもおもしろく読めた。次に有名…

『汚れなき子』ロミー・ハウスマン|違和感を少しずつ埋めていくミステリー

『汚(けが)れなき子』ロミー・ハウスマン 長田紫乃/訳 小学館文庫 2021.7.24読了 ある女性が事故のため救急車で病院に搬送された。一緒に運ばれたのは13歳のハナという少女。ハナの証言から、2人はある男性に監禁されていたことがわかる。物語は、ハナ、…