書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(さ行の作家)

『無暁の鈴』西條奈加|転落した人生のその先にあるものは

『無暁の鈴(むぎょうのりん)』西條奈加 光文社[光文社文庫] 2024.01.10読了 主人公の数奇な運命、転落していく物語は確かに読者を魅了し熱狂させる。人の不幸を嘲笑いたいわけでも、自分のほうがマシだと安心したいわけでもないと思う。この先、彼がどう…

『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト|旅行記・冒険譚と名のつくもので間違いなく一番おもしろい

『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト 柴田元幸/訳 ★★ 朝日新聞出版 2023.12.27読了 小さい頃に『ガリバー旅行記』を読んだ記憶はある。とはいえ、大男が地面に横たわり、その周りを多くの小人たちがぞろぞろ歩いてるような挿絵を覚えているだけと言っ…

『存在のすべてを』塩田武士|引き摺り込まれる抜群のおもしろさ

『存在のすべてを』塩田武士 ★ 朝日新聞出版 2023.12.21読了 この殺風景な表紙が不思議だ。何が表されているのだろう。帯にある久米宏さんの「至高の愛」という言葉も気になる。 神奈川県で起きた二児同時誘拐事件、この導入から早速引き込まれる。身代金受…

『心淋し川』西條奈加|淋しさは人間独特の感情で、良いじゃないか

『心淋し川(うらさびしがわ)』西條奈加 ★ 集英社[集英社文庫] 2023.11.2読了 第164回直木賞受賞作品である。文庫になってからなのでだいぶ遅くなってしまったが、心温まり気持ちが晴れやかになる充実した読書時間となった。連作短編は読みやすい反面しば…

『神秘』白石一文|自分を労わること、原因を突き止めること|記憶とは感覚による部分が大きい

『神秘』上下 白石一文 毎日新聞出版[毎日文庫] 2023.10.24読了 読んだことがあるという予感があったが、それでもいいやと思い手に取った。再読も辞さないと思える白石一文さんの作品だから。特に私は昔の作品が好きである。とはいえ、この小説は2014年に…

『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』瀬戸内寂聴|強烈な個性を発揮する人物らの生き様に惚れ惚れする

『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』瀬戸内寂聴 ★ 岩波書店[岩波現代文庫] 2023.10.21読了 村山由佳さんの『風よあらしよ』を読んで、伊藤野枝さんの熱い人間性とその生き方に圧倒された。この作品は、故瀬戸内寂聴さんが94歳の時に、ご自身が「今も読ん…

『柴田元幸翻訳叢書 ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース』|怪奇小説よりの粒揃いの名作短編

『柴田元幸翻訳叢書 ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース』柴田元幸/編訳 スイッチ・パブリッシング 2023.10.14読了 愛でたくなるような美しい本だ。柴田元幸さんが厳選し自ら訳した英文学の短編傑作が12作収められている。この叢書シリーズには、…

『家族じまい』桜木紫乃|自ら終えることの清々しさ、潔さ

『家族じまい』桜木紫乃 ★ 集英社[集英社文庫] 2023.7.11読了 家族じまいーー 何気ない言葉だけれど「家族を終わらせる」ということだろうか。「じまい」には「仕舞い」「終い」のどちらの字も充てることができるが、両方とも「終わり」を表している。家族…

『時々、慈父になる。』島田雅彦|ミロクくんと一緒にお父さんも成長する

『時々、慈父になる。』島田雅彦 集英社 2023.7.5読了 3年ほど前に島田雅彦さんの自伝的小説『君が異端だった頃』を読んだ。自身のことを「君」として、いささか(というかかなり)自己愛・自信に満ちた語りが島田さんらしかった。今回の自伝的小説は一人息…

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光|タイトルが意味するものは・・・!

『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 新潮社[新潮文庫nex] 2023.6.13読了 この段落だけは、この本を読む前に書いている。私は「透きとおった」という言葉に何かヒントがあるんじゃないかと思った。「透明な」でもなく、変換して出てくる「透き通った…

『蝉かえる』櫻田智也|昆虫好きなほのぼの名探偵

『蝉かえる』櫻田智也 東京創元社[創元推理文庫] 2023.5.24読了 最寄りではないが自宅から徒歩圏内にあるJRの駅近くに、食用の昆虫を販売している自動販売機がある。色々な虫の種類の缶があって、ひと缶千円から二千円ほどする。そもそも一体誰がこんなも…

『ゴリラ裁判の日』須藤古都離|人間と動物の違い、人権とは何か

『ゴリラ裁判の日』須藤古都離 講談社 2023.4.5読了 去年のメフィスト賞受賞作。講談社が主催するメフィスト賞はちょっと変わった風合いというか、わりあい突飛な作品が選ばれるイメージがある。エンタメ寄りで通が好みそうな感じ。私が手に取ったのはこの賞…

『待ち遠しい』柴崎友香|未来に心を弾ませる

『待ち遠しい』柴崎友香 毎日新聞出版[毎日文庫] 2023.2.5読了 最近日本の小説で読むのは圧倒的に女性作家の作品が多い気がする。それに、多くの文学賞でも選考されるのは女性作家のものが増えているし、日本でも海外でも、作家という枠組みだけではなく色…

『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子|豪華すぎる共演を堪能

『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子 ★ 交通新聞社 2023.2.16読了 豪華すぎるこの共演!仮に知っている作家が滝口悠生さんだけだったとしても買うだろうけど、乗代雄介さん、温又柔さんもいるなんて。この本の出版元はなんと交通…

『松雪先生は空を飛んだ』白石一文|みんな平等っぽくうまい具合にできている

『松雪先生は空を飛んだ』上下 白石一文 KADOKAWA 2023.2.13読了 白石一文さんの最新刊、ソフトカバーで上下巻。白石さんにしてはかなりのエンタメ寄りで、路線変更したのかなと思うほど軽やかで、今までの長編の中でダントツに読みやすい。 銚子太郎が新入…

『春』島崎藤村|青春時代、恋愛と友情と

『春』島崎藤村 新潮社[新潮文庫] 2023.1.18読了 島崎藤村著『破戒』を読んだのはいつだったかなと振り返ると、2年近く前だった。次は大作『夜明け前』を読もうと思っていたのに、さらっと一冊で読めるかと今回は『春』を選んだ。なんせ、まだコロナ明け(…

『天路の旅人』沢木耕太郎|未知の土地を歩くことが全てに勝る

『天路の旅人』沢木耕太郎 新潮社 2022.12.22読了 第二次世界大戦末期、敵国である中国の奥深くまで潜入した諜報員西川一三(にしかわかずみ)さんのことを書いたノンフィクション作品である。西川さんは諜報員であることを隠すため、巡礼と称して蒙古人ラマ…

『写字室の旅/闇の中の男』ポール・オースター|記憶の中を彷徨いながら未来を予測する

『写字室の旅/闇の中の男』ポール・オースター 柴田元幸/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.10.22読了 オースターさんがポール・ベンジャミン名義で刊行したハードボイルド作品『スクイズ・プレー』と同時に新潮文庫で刊行されたのがこの本である。2作の中編が収…

『悪い夏』染井為人|不快さ満載の登場人物たち、一歩間違えれば我が身

『悪い夏』染井為人 KADOKAWA[角川文庫] 2022.10.9読了 生活保護費の不正受給問題をテーマにした社会派小説である。生活保護が行き渡るべき人にちゃんと届かず、不正な手段で保護費を受け取る人が多い。日本の実態もこうなのかと思うと、情けないし悲しく…

『君がいないと小説は書けない』白石一文|自己分析を突き止めた到達点がある

『君がいないと小説は書けない』白石一文 新潮社[新潮文庫] 2022.9.13読了 敬愛する作家の一人、白石一文さんの自伝的小説を読んだ。単行本刊行時から気になっていたが、確かあの時はほぼ同時に刊行された島田雅彦さんの作品(これも自伝的小説)を手に取…

『道』白石一文|あの時、ああしていれば

『道』白石一文 小学館 2022.7.23読了 白石一文さんの小説は、年々柔らかくなってきているような気がする。昔の作品は切れ味鋭く、読むたびに感情を揺さぶられた記憶があるのだが、今はゆったりとした心持ちで読める。それはそれで悪くないと思うのは自分も…

『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀|独特の世界観で魅了する

『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀 KADOKAWA 2022.7.12読了 初めて訪れたヨーロッパの国がベルギーだったこともあり、首都ブリュッセルの古き美しき建物の荘厳さがありありと目に浮かぶ。今でもあの感動は忘れない。この小説の舞台は、現ベルギーがある位置の…

『正体』染井為人|人は何をもって真実と図るのだろう

『正体』染井為人 ★ 光文社[光文社文庫] 2022.7.10読了 は〜、おもしろかった。最初は、よくある脱獄犯の逃亡小説なんだろうなとあまり期待していなかったのだけど、途中から目が離せなくなりぐいぐい持っていかれた。単純にストーリーを楽しみたい、おも…

『女徳』瀬戸内寂聴|生まれながら男を虜にする性

『女徳』瀬戸内寂聴 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.5.28読了 先日、窪美澄さん著『朱より赤く』を読み高岡智照尼の存在が気になったのでこの本を読んだ。智照尼のことをもっと知りたくなったのだ。これも小説ではあるが、ほぼ真実に近いとされている。新潮文庫…

『ブラックボックス』砂川文次|レールにしがみつきながら

『ブラックボックス』砂川文次 講談社 2022.5.16読了 砂川文次さんといえば、前から『小隊』という作品が気になっていたが、まずはこの第166回芥川賞受賞作から読むことにした。芥川賞授賞式での怒りのコメントが印象に残る。まぁ、田中慎弥さんの会見ほどの…

『絶望キャラメル』島田雅彦|町おこしのために立ち上がれ

『絶望キャラメル』島田雅彦 河出書房新社[河出文庫] 2022.4.18読了 軽快な文体の青春コメディといったところだろうか。高校野球の場面が多かったから青春スポーツ小説の印象も強い。島田さんらしく政治要素もふんだんに盛り込まれている。登場するキャラ…

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』鈴木忠平|他の人には見えないものを見ている

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』鈴木忠平 ★ 文藝春秋 2022.1.27読了 もうすぐプロ野球シーズンが始まる。私も某球団のファンで、年に何度も球場に足を運ぶ。チームの勝利、活躍した選手や思い入れのある選手のプレーや行動に一喜一憂する。…

『夏の終り』瀬戸内寂聴|習慣、そして憐憫

『夏の終り』瀬戸内寂聴 新潮文庫 2021.12.5読了 寂聴さんの恋愛実体験を元にして書かれた私小説で、女流文学賞を受賞した『夏の終り』。この短編を含めたいくつかの作品が収められている連作短編集である。私が生まれたときには寂聴さんは既に仏門に入り尼…

『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃|程よい距離感がちょうどいい

『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃 角川書店 2021.8.29読了 タイトルが表している通り、「俺」を含めた4人が登場する小説である。桜木紫乃さんの作品は、ストーリーがしっかりしていて、いつどんな時でも(忙しくても時間がなくても多少疲れ…

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子|苦難を乗り切ったからこそ

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子 講談社文庫 2021.7.31読了 おんとし97歳の佐藤愛子さんは、とても美しく気品に溢れている。もちろん外見が若々しいのもそうだが、内面から湧き上がるこの美しさは、彼女自らが強く気高く生き抜いてきた賜物だと言える。 過…