書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(さ行の作家)

『春』島崎藤村|青春時代、恋愛と友情と

『春』島崎藤村 新潮社[新潮文庫] 2023.1.18読了 島崎藤村著『破戒』を読んだのはいつだったかなと振り返ると、2年近く前だった。次は大作『夜明け前』を読もうと思っていたのに、さらっと一冊で読めるかと今回は『春』を選んだ。なんせ、まだコロナ明け(…

『天路の旅人』沢木耕太郎|未知の土地を歩くことが全てに勝る

『天路の旅人』沢木耕太郎 新潮社 2022.12.22読了 第二次世界大戦末期、敵国である中国の奥深くまで潜入した諜報員西川一三(にしかわかずみ)さんのことを書いたノンフィクション作品である。西川さんは諜報員であることを隠すため、巡礼と称して蒙古人ラマ…

『写字室の旅/闇の中の男』ポール・オースター|記憶の中を彷徨いながら未来を予測する

『写字室の旅/闇の中の男』ポール・オースター 柴田元幸/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.10.22読了 オースターさんがポール・ベンジャミン名義で刊行したハードボイルド作品『スクイズ・プレー』と同時に新潮文庫で刊行されたのがこの本である。2作の中編が収…

『悪い夏』染井為人|不快さ満載の登場人物たち、一歩間違えれば我が身

『悪い夏』染井為人 KADOKAWA[角川文庫] 2022.10.9読了 生活保護費の不正受給問題をテーマにした社会派小説である。生活保護が行き渡るべき人にちゃんと届かず、不正な手段で保護費を受け取る人が多い。日本の実態もこうなのかと思うと、情けないし悲しく…

『君がいないと小説は書けない』白石一文|自己分析を突き止めた到達点がある

『君がいないと小説は書けない』白石一文 新潮社[新潮文庫] 2022.9.13読了 敬愛する作家の一人、白石一文さんの自伝的小説を読んだ。単行本刊行時から気になっていたが、確かあの時はほぼ同時に刊行された島田雅彦さんの作品(これも自伝的小説)を手に取…

『道』白石一文|あの時、ああしていれば

『道』白石一文 小学館 2022.7.23読了 白石一文さんの小説は、年々柔らかくなってきているような気がする。昔の作品は切れ味鋭く、読むたびに感情を揺さぶられた記憶があるのだが、今はゆったりとした心持ちで読める。それはそれで悪くないと思うのは自分も…

『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀|独特の世界観で魅了する

『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀 KADOKAWA 2022.7.12読了 初めて訪れたヨーロッパの国がベルギーだったこともあり、首都ブリュッセルの古き美しき建物の荘厳さがありありと目に浮かぶ。今でもあの感動は忘れない。この小説の舞台は、現ベルギーがある位置の…

『正体』染井為人|人は何をもって真実と図るのだろう

『正体』染井為人 ★ 光文社[光文社文庫] 2022.7.10読了 は〜、おもしろかった。最初は、よくある脱獄犯の逃亡小説なんだろうなとあまり期待していなかったのだけど、途中から目が離せなくなりぐいぐい持っていかれた。単純にストーリーを楽しみたい、おも…

『女徳』瀬戸内寂聴|生まれながら男を虜にする性

『女徳』瀬戸内寂聴 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.5.28読了 先日、窪美澄さん著『朱より赤く』を読み高岡智照尼の存在が気になったのでこの本を読んだ。智照尼のことをもっと知りたくなったのだ。これも小説ではあるが、ほぼ真実に近いとされている。新潮文庫…

『ブラックボックス』砂川文次|レールにしがみつきながら

『ブラックボックス』砂川文次 講談社 2022.5.16読了 砂川文次さんといえば、前から『小隊』という作品が気になっていたが、まずはこの第166回芥川賞受賞作から読むことにした。芥川賞授賞式での怒りのコメントが印象に残る。まぁ、田中慎弥さんの会見ほどの…

『絶望キャラメル』島田雅彦|町おこしのために立ち上がれ

『絶望キャラメル』島田雅彦 河出書房新社[河出文庫] 2022.4.18読了 軽快な文体の青春コメディといったところだろうか。高校野球の場面が多かったから青春スポーツ小説の印象も強い。島田さんらしく政治要素もふんだんに盛り込まれている。登場するキャラ…

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』鈴木忠平|他の人には見えないものを見ている

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』鈴木忠平 ★ 文藝春秋 2022.1.27読了 もうすぐプロ野球シーズンが始まる。私も某球団のファンで、年に何度も球場に足を運ぶ。チームの勝利、活躍した選手や思い入れのある選手のプレーや行動に一喜一憂する。…

『夏の終り』瀬戸内寂聴|習慣、そして憐憫

『夏の終り』瀬戸内寂聴 新潮文庫 2021.12.5読了 寂聴さんの恋愛実体験を元にして書かれた私小説で、女流文学賞を受賞した『夏の終り』。この短編を含めたいくつかの作品が収められている連作短編集である。私が生まれたときには寂聴さんは既に仏門に入り尼…

『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃|程よい距離感がちょうどいい

『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃 角川書店 2021.8.29読了 タイトルが表している通り、「俺」を含めた4人が登場する小説である。桜木紫乃さんの作品は、ストーリーがしっかりしていて、いつどんな時でも(忙しくても時間がなくても多少疲れ…

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子|苦難を乗り切ったからこそ

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子 講談社文庫 2021.7.31読了 おんとし97歳の佐藤愛子さんは、とても美しく気品に溢れている。もちろん外見が若々しいのもそうだが、内面から湧き上がるこの美しさは、彼女自らが強く気高く生き抜いてきた賜物だと言える。 過…

『舞踏会へ向かう三人の農夫』リチャード・パワーズ|1枚の写真から

『舞踏会へ向かう三人の農夫』上下 リチャード・パワーズ 柴田元幸/訳 河出文庫 2021.6.28読了 2年くらい前だろうか、リチャード・パワーズさんの『オーバーストーリー』という装丁の素晴らしい単行本が書店にずらっと並んでいて、手にとったものの値段もま…

『大阪』岸政彦 柴崎友香|大人の芳しい上質な随筆集

『大阪』岸政彦 柴崎友香 河出書房新社 2021.6.10読了 生まれ育った街を「地元」という。小さい頃から転勤を繰り返していた私は、どんな環境でもある程度馴染めるという術をおぼえて育った。小学生高学年から一つの地域に長く住んだから、私が「地元」と言え…

『破戒』島崎藤村|隠し続けるか苦悩する

『破戒』島崎藤村 新潮文庫 2021.4.29読了 先日読んだ『約束の地』のまえがきでバラク・オバマさんが述べていたように、私も巻末の注釈が大嫌いである。振ってある小さな数字も煩わしいし、後ろの頁をめくり該当の単語を探すもの煩わしい。何よりも本文から…

『ふたりぐらし』桜木紫乃|他人と生活を共にする

『ふたりぐらし』桜木紫乃 新潮文庫 2021.3.31読了 書店の文庫本新刊コーナーに並んでいるのを見てつい買ってしまった。桜木紫乃さんといえば、去年刊行された『家族じまい』がそういえば気になっていたのだった。最近は家族をテーマにした作品を書くことが…

『月夜のミーナ』柴田周平|無名の作家の本を読む

『月夜のミーナ』柴田周平 河出書房新社 2021.3.25読了 何かの文学賞を受賞したわけでも、候補に選ばれたわけでもない、まして初めて見る作家の作品を読んでみるのは少し勇気がいる。まぁ、失敗したら嫌だなとかその程度のことなのだが。それでも期待と不安…

『ロード・ジム』ジョセフ・コンラッド|マーロウの語りからジムを想像する

『ロード・ジム』ジョセフ・コンラッド 柴田元幸/訳 河出文庫 2021.3.20読了 ジムという1人の人間のことを、マーロウの視点で描いた壮大なる物語。マーロウといえば、チャンドラー作品に出てくる探偵フィリップ・マーロウが思い浮かぶけれど、ここではチャ…

『生きるとか死ぬとか父親とか』ジェーン・スー|母が繋ぐ父と娘の絆

『生きるとか死ぬとか父親とか』ジェーン・スー 新潮文庫 2021.3.10読了 このジェーン・スーさんという方、私が知ったのは最近なのだが、なかなかおもしろい方のようだ。自らを「未婚のプロ」と称し、生粋の日本人なのに外国人であるかのような名前をつけて…

『ナイン・ストーリーズ』サリンジャー/読みたくなる類いの爽快な作品たち

『ナイン・ストーリーズ』J.D.サリンジャー 柴田元幸/訳 ヴィレッジブックス 2021.1.14読了 サリンジャーさんの作品は、どこか爽快なイメージがある。例えその小説が悲劇だとしても。読んだ作品の数はそう多くないのに、ふと思い出した時に読みたくなる類…

『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ/そばにいる人のことを大切に

『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ 文春文庫 2021.1.3読了 私がようやく手に取ったのは文庫本だけど、ジャケットのデザインも単行本と同じで、2019年本屋大賞受賞作で書店にもうず高く積み上げられていたから、知らない人はほとんどいないだろう。瀬尾…

『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫/表題作は圧巻!

『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫 中公文庫 2020.12.19読了 大正・昭和の文豪佐藤春夫さんが、1920年の台湾旅行をきっかけにして執筆された短編が9つ収められている。100年前の台湾の情景。私は10年以上前に一度台湾を訪れたことがあるが、その時…

『カタストロフ・マニア』島田雅彦/かなり文学よりのSFか

『カタストロフ・マニア』島田雅彦 新潮文庫 2020.12.17読了 最近の島田雅彦さんは未来を描くSF・ディストピアチックな作品が多くなってきたように思う。私の中ではどちらかといえば『退廃姉妹』や『傾国子女』のような大正・昭和の女性を描いた古典的なイメ…

『夏の災厄』篠田節子/感染症の小説は今は重い/祝・全米図書賞受賞の柳美里さん

『夏の災厄』篠田節子 角川文庫 2020.11.21読了 日本脳炎は、1920年代に岡山県で死者が多数発生したことからその名が付けられた。日本脳炎ウイルスを保有する蚊に刺されて発症する感染症である。今はあまり聞かないが、それでも年に10人程度は感染者が存在す…

『千の扉』柴崎友香/無機質な数多の引き出しの中に無数の生き方がある

『千の扉』柴崎友香 中公文庫 2020.11.10読了 東京の古い団地に引っ越してきた千歳と夫の一俊。その部屋は元々一俊の祖父が住んでいた部屋で、療養中のため戻るまで夫婦で住んで欲しいと言う。千歳は祖父から、団地内のある人物を探して欲しいとこっそりと頼…

『家族のあしあと』椎名誠/ほっこり、ほっこり

『家族のあしあと』椎名誠 集英社文庫 2020.9.17読了 藤井聡太さんが最初にメディアに登場するようになったのは、2016年に史上最年少でプロ棋士になった時だ。今の二冠タイトルも仰天、快挙だが、当時は14歳でまだ素朴な少年だったからより目立っていたと思…

『かの子撩乱』瀬戸内寂聴/溢れ出る生命力

『新装版 かの子撩乱』瀬戸内寂聴 講談社文庫 2020.8.29読了 先日井上荒野さんの『あちらにいる鬼』を読んで、瀬戸内寂聴さんの小説を読みたいと思っていた。本当は代表作『夏の終わり』を先に読もうとしていたのだが、本屋でパラパラ見ていたら講談社文庫か…