書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

外国(カ行の作家)

『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』クライスト|翻訳家も読者も熟練でないとなかなか難しい

『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』ハインリヒ・フォン・クライスト 岩波書店[岩波文庫] 2024.04.06読了 ドイツ人作家の小説を読むのはなんと久しぶりだろう。名前は知っていたがクライストの作品は初めてだ。作家たちが好む、つまりプロの文…

『化学の授業をはじめます。』ボニー・ガルマス|自分が自分になるために

『化学の授業をはじめます。』ボニー・ガルマス 鈴木美朋/訳 ★ 文藝春秋 2024.02.21読了 文章になっていて句点もついているし「なんだかタイトルがださいな〜」と思っていたけれど、全世界で600万部も売れているというこの小説。よくX(旧Twitter)で読む本…

『哀れなるものたち』アラスター・グレイ|生きることは哀れさを競うようなもの

『哀れなるものたち』アラスター・グレイ 高橋和久/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2024.02.17読了 映画でエマ・ストーン演じるベラと、圧倒される衣装やセットが話題になっている『哀れなるものたち』の原作を読んだ。旅の道連れとして選んだ本だったのだ…

『パディントン発4時50分』アガサ・クリスティー|隣を走る列車の殺害現場を見てしまったら

『パディントン発4時50分』アガサ・クリスティー 松下祥子/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2024.01.19読了 並行して走る電車をぼうっと見てしまうことは誰しもがあるはずだ。私が住む関東では、JR東海道線と京浜東北線はほぼ同じ車窓、隣の線路を走るから…

『失われたものたちの本』ジョン・コナリー|子どもの心に戻り夢中になれるファンタジー

『失われたものたちの本』ジョン・コナリー 田内志文/訳 ★★ 東京創元社[創元推理文庫] 2023.9.10読了 プラスチックゴミ削減のために、スーパーやコンビニのビニール袋が有料になってから結構経つが、最近は削減のためというよりも、節約しようという思い…

『ティファニーで朝食を』トルーマン・カポーティ|お洒落で都会的、ポップなアメリカ文学

『ティファニーで朝食を』トルーマン・カポーティ 村上春樹/訳 新潮社[新潮文庫] 2023.7.23読了 ポップで爽快感のあるアメリカ文学を読みたくなった。村上春樹さんが訳したものを欲していたという理由もある。新潮文庫の100冊とか、今回のようなプレミア…

『ローラ・フェイとの最後の会話』トマス・H・クック|父親と息子の確執、記憶のたぐり寄せ

『ローラ・フェイとの最後の会話』トマス・H・クック 村松潔/訳 早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2023.7.19読了 語り手のルークは、自身とその家族を悲しみの底に突き落とす原因となったローラ・フェイと再会しお酒を飲み交わすことになった。事件が起…

『モイラ』ジュリアン・グリーン|運命の女モイラ、そして青年たち

『モイラ』ジュリアン・グリーン 石井洋二郎/訳 岩波書店[岩波文庫] 2023.5.30読了 信仰心の篤い赤毛のジョセフは、ミセス・デアの家に下宿することになり、ここから大学に通う。このジョセフという主人公がまた独特の人物だ。極度の潔癖というか、真面目…

『狼の幸せ』パオロ・コニェッティ|透き通ったビー玉みたいで、冬山なのにあたたかい小説

『狼の幸せ』パオロ・コニェッティ 飯田亮介/訳 早川書房 2023.5.26読了 フォンターナ・フレッダというイタリアンアルプスにある集落を舞台にした作品。山岳小説なのに最初は不思議とそんな感じがしなくて、小さな田舎町の出来事といった印象だった。しかし…

『緋色の記憶』トマス・H・クック|緊迫感のある回想

『緋色の記憶』トマス・H・クック 鴻巣友季子/訳 ★ 早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2023.5.7読了 なんだ、これは…。ざわざわした感覚でこの世界観に入り込み、最後の最後までこのスリルな文体に引き込まれた。著者トマス・H・クックの作品に対しては、…

『破果』ク・ビョンモ|強烈なインパクトを残す韓国発信文化

『破果』ク・ビョンモ 小山内園子/訳 岩波書店 2023.4.29読了 なかなか圧倒される文体である。一文もやや長めで、ひとつひとつの描写がとんでもなく細かく、豊富な比喩表現が多用されている。他人を見る観察眼が鋭い。著者のク・ビョンモさんは、文章に関し…

『転落』アルベール・カミュ|自分の中にある二面生

『転落』アルベール・カミュ 前山 悠/訳 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.3.29読了 オランダ・アムステルダムにあるバー「メキシコ・シティ」に足を踏み入れると、クラマンスが「どうぞどうぞ」と待っていましたとばかりに語りかけてくる。バーで知り合…

『頬に哀しみを刻め』S・A・コスビー|失念深い復讐の果てに

『頬に哀しみを刻め』S・A・コスビー 加賀山拓朗/訳 ハーパーコリンズ・ジャパン[ハーパーBOOKS]2023.2.21読了 ひたすら暴力的で、血のにおいがつきまとう。読んでいて目を覆うような場面も多かったが、ミステリーとしての仕掛けや疾走感あふれるストーリ…

『望楼館追想』エドワード・ケアリー|ケアリーが描く愛おしい人たちとその物語

『望楼館追想』エドワード・ケアリー 古屋美登里/訳 ★ 東京創元社[創元文芸文庫] 2023.2.18読了 どうやら東京創元社の文庫レーベルに新しく「創元文芸文庫」というものが刊行されたようで、翻訳部門の第一弾がこの作品だ。エドワード・ケアリーといえばア…

『眠れる美女たち』スティーヴン・キング オーウェン・キング|キング親子によるパニック小説

『眠れる美女たち』上下 スティーヴン・キング オーウェン・キング 白石朗/訳 文藝春秋[文春文庫] 2023.1.31読了 久しぶりのキング作品!本の最初にある登場人物紹介は、どんな人が出てくるのかな(名前というより関係性やら職業やらの事前知識として)と…

『ジュラシック・パーク』マイクル・クライトン|なぜこんなにも恐竜に魅了されるのか|withコロナ小説 

『ジュラシック・パーク』上下 マイクル・クライトン 酒井昭伸/訳 早川書房[ハヤカワ文庫] 2023.1.17読了 同名の映画を知らない人はいないだろう。私は確か中学生の時に映画館で観て、未知なる恐竜のうごめく姿とその映像技術の高さに圧倒されて、めちゃ…

『真珠湾の冬』ジェイムズ・ケストレル|読みやすい歴史ロマン大作

『真珠湾の冬』ジェイムズ・ケストレル 山中朝晶/訳 早川書房[ハヤカワポケットミステリー] 2023.1.9読了 ポケミスは手にして読んでいるだけでもやっぱりワクワクする。でも文庫に比べて高価だから、よほど好きな作家以外はチェックしていない。この作品…

『罪の壁』ウィンストン・グレアム|謎の人物を追い続ける|今年も素晴らしい読書ができますように

『罪の壁』ウィンストン・グレアム 三角和代/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.12.30読了 新潮文庫で「海外の名作発掘シリーズ」なるものがあって、昨年12月に刊行されたのがこの作品。前に読んだポール・オースターがポール・ベンジャミン名義で刊行した『スク…

『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン|ポー、大変なことになった

『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン 東野さやか/訳 早川書房[早川文庫] 2022.12.29読了 ワシントン・ポーシリーズの第2作である。先月『ストーンサークルの殺人』を読み、とてもおもしろかったからあまり時間をかけずに続編を。イモレーション・マ…

『統合失調症の一族 遺伝か、環境か』ロバート・コルカー|家族とは何か

『統合失調症の一族 遺伝か、環境か』ロバート・コルカー 柴田裕之/訳 ★★ 早川書房 2022.11.27読了 こんな家族が実在したなんて信じられない。統合失調症以前に、今どき12人も子供を産む夫婦がいることにまず驚く。その子供のうち半数が統合失調症になって…

『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース|ある共同体に生まれた文化を紐解く

『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース 佐野正信/訳 早川書房[ハヤカワ・ノンフィクション文庫] 2022.11.19読了 コミュニケーション手段のメインが「言葉を発する会話」によるものだという概念を覆す作品だった。アメリカ東海岸・マサチュ…

『歩道橋の魔術師』呉明益|現実の世界にはない「本物」がきっとある

『歩道橋の魔術師』呉明益 天野健太郎/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.11.11読了 読んでいる自分がマジックに魅了されてしまったようだ。やられた!とかではなく、むしろ心地よい騙され感。そんな不思議な魔法に包まれている、ずっと読んでいたくなるよ…

『牧師館の殺人』アガサ・クリスティー|わちゃわちゃ感が半端ない

『牧師館の殺人』アガサ・クリスティー 羽田詩津子 早川書房[クリスティー文庫] 2022.11.7読了 ミス・マープルシリーズの最初の長編がこの『牧師館の殺人』である。順不同に読んでいるから今さら順番はどうでもいいのだけれど、なんとなく最初の事件は早め…

『ビトナ ソウルの空の下で』ル・クレジオ|雄大な空を飛ぶ自由な鳥のように

『ビトナ ソウルの空の下で』ル・クレジオ 中地義和/訳 作品社 2022.11.3読了 ノーベル賞作家、ル・クレジオさんの小説を初めて読んだ。彼はフランス人であるが、この作品の舞台は韓国・ソウル。ソウルと聞いただけで、先日の梨泰院の事故を思い出し辛くな…

『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン|ストーリーもさることながら、魅力はやはり登場人物たち

『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン 東野さやか/訳 ★ 早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2022.11.2読了 この『ストーンサークルの殺人』から始まる〈ワシントン・ポー〉シリーズは既に邦訳が3巻まで刊行されており、どれも好評だ。ようやく第1巻…

『静寂の荒野』ダイアン・クック|自然と同化していく人間の本性

『静寂の荒野(ウィルダネス)』ダイアン・クック 上野元美/訳 早川書房 2022.10.6読了 雄大な自然の中で人間が生活するとはどういうことか、そのなかで親子の関係はどうなっていくのかを描いた重厚な物語である。近未来SF小説とのことで、この分野が苦手な…

『人生と運命』ワシーリー・グロスマン|自分の人生を切り開くのは自分の歩みによる

『人生と運命』123 ワシーリー・グロスマン 齋藤紘一/訳 みすず書房 2022.9.22読了 現代ロシア文学の傑作として名高い大作『人生と運命』を読み終えた。全三部作でとても長かったが、タイトルから想像できるように重厚で濃密な読書時間を堪能できた。小…

『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティー|全てが集約される

『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティー 三川基好/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2022.9.15読了 タイトルにある「ゼロ時間」とは、刻一刻と迫る何かのタイムリミットなのか?いや、ここではクライマックスの最後の瞬間のことである。全てが集約されるゼロ時…

『遠い声 遠い部屋』トルーマン・カポーティ|豊潤な言葉遣いと比喩表現が美しい

『遠い声 遠い部屋』トルーマン・カポーティ 河野一郎/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.8.11読了 アメリカ文学が無性に読みたくなり、手にしたのがこの本。カポーティさんの自伝的小説のようである。表紙の写真からは雄大な土地と空が立体的に感じられ、雰囲気…

『ゴルフ場殺人事件』アガサ・クリスティー|ポアロとジロー、ポアロとヘイスティングス

『ゴルフ場殺人事件』アガサ・クリスティー 田村義進/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2022.7.17読了 エルキュール・ポアロシリーズ1作目『スタイルズ荘の怪事件』に続く2作目である。ポアロの友人ヘイスティングスが語る構成は、初回と同じである。それに…