書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『事故物件、いかがですか? 東京ロンダリング』原田ひ香|不動産にまつわる数々のドラマ

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『事故物件、いかがですか? 東京ロンダリング』原田ひ香

集英社集英社文庫] 2022.5.24読了

 

田ひ香さんの『三千円のつかいかた』はベストセラーになり書店でもうず高く積み上げられていた。金融関係の本かと思っていたが小説だと知ったのも結構最近である。この本は文庫新刊コーナーで見付けたもの。過去に刊行された『東京ロンダリング』という作品の続きのようだ。

ームロンダリングとは原田さんが作った架空の職業である。自殺や変死、事件など何らかの曰く付きの事故物件では、通常は不動産の賃貸募集の際に事故物件とは言わず「告知事項あり」という表記をし説明をする。ただ事故後の最初の入居者だけなので、誰かが1ヶ月だけ住むことでその次の入居者に説明を回避できる。1ヶ月間入居するロンダリングをする人のことを「影」と呼ぶ。あまりにもリアリティがある!

ロンダリングを背景にして大家さん、不動産会社の社員、失踪者、失踪者を探す人、入居する人などの視点で物語になる連作短編集のように構成されている。住宅というあまりにも身近な問題だからすぐそこで起きていそうな数々のエピソード。

踪と聞くと世間は騒ぎ立てるし、身近にいたら私もとても慌てて心配するだろうけれど、実はたくさんいるんだと思った。去年、確か中日ドラゴンズのコーチで失踪した方がいた。失踪者は自分が何故失踪するのかもわかっていないケースも多く、周りはそれを見守ること、つまり戻ってきた時に居場所を残しておく(今まで通りに)ことが一番大事だということがわかる。 

し前に事故物件を扱ったソフトカバーの本が売れていた記憶がある。地面師の本もあった。不動産は大きなお金が動き、「土地ころがし」と言われて悪徳のようなイメージがある。それでも人は不動産が好きでそこから生まれるドラマは猛々しい。住宅というのは、生活する上で切っても切れないものだから。読みやす過ぎてスルスルズブズブだったけれど、心を浄化する作用が至るところに散りばめられていて、現代人の心の傷を和ませる。

はドラマはほとんど観ないのに、仕事柄(不動産会社の事務職なので)か山ピー(山下智久さん)主演の『正直不動産』だけは結構おもしろく観ている。

『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ|短編を読むのはその作家が好きだから

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夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ 土屋政雄/訳

早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.5.23読了

 

ズオ・イシグロさんの短編集を読んだ。彼の短編を読むのは初めてである。短編を集めたものではなく書き下ろしの短編が5作収められている。欧米では短編集はあまり売れないらしい(日本でもそれに近いと知って驚く)。イシグロさん自身は「売れ行きのことは気にしない。こういうものが好きな人に楽しんでもらえれば」と言っている。でも短編集を手に取ることは既にその著者が好きで肌に合うのだと思う。こういうものが好き、というよりもその著者が好きだから手に取る。少なくとも私はそうだ。

 

かでも気に入ったのが最初に収録されている『老歌手』である。ジプシーギタリストであるヤネクがベネチアのあるカフェで演奏していると、偉大な歌手トニー・ガードナーに会った。トニーが長年連れ去った奥様に捧げるプレゼントにヤネクが一役買うというストーリーだ。ガードナー夫妻にしかわからない秘密と関係性が大人の哀愁を帯びる。

ニーの歌声ははヤネクにとっても母親との思い出として大切なものだった。二重に奏でられる過去の調べが物語に奥行きをもたらす。カフェで出逢う場面もゴンドラで演奏するシーンも過去のシーンも、全てが鮮やかな情景となり脳裏に映し出される。しっとりと余韻が残る静謐で美しい作品だった。

 

ブタイトルにあるように、音楽と夕暮れが一貫したテーマとなっている。そして男女の(とりわけ夫婦の)危機がうねりと温かさをもって描かれている。全ての作品で最後に主人公は何かを掴む。生きるためには諦めなくてはならないものがあると知るかのよう。イシグロさんの文章からは滲み出てくる何かがあってそれが心地良い。村上春樹さんの短編を読んでいる感覚に近かった。

 

れでイシグロさんの作品で早川書房から邦訳されたものは全て読破したことになる。新たな作品は新刊を待つしかないことが少し残念である。ただ、イシグロさんの本は再読するたびに新たな発見があるし、歳を重ねるたびに良さがわかる作品が多いと思う。何より彼の文体に触れるだけで幸せな気分に浸れるのだ。

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『天才』石原慎太郎|鋭い先見の明で日本を立て直す|そして、絶筆

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『天才』石原慎太郎

幻冬社幻冬舎文庫] 2022.5.22読了

 

物になる人物は得てしてそうであるが、子供の頃の角栄さんも飛び抜けて頭が良く、小さいうちから物事の道理をわきまえ、根回しといったものを自然と覚え骨肉としていった。

がすごいって、角栄さんは官僚家系からではなく無名の人物で叩き上げで総理大臣にまでのし上がったということ。高等小学校卒(今でいう中卒)という学歴であることも有名である。現職の時は私はまだ子供だったから、彼の功績や何やらは後になって知ったことがほとんどだ。ロッキード事件で逮捕されたこと、長女の田中眞紀子さんが政界で発言する姿が印象に残る。

当たり前のようにあるテレビというメディア、高速道路や新幹線の配備は角栄氏の発案である。彼の「先見の明」があったからこそ。巻末に、角栄氏が提案者となって成立した議案立法が載っているが、その膨大な数に驚いた。社会人になってから仕事の合間に勉強し数年越しに取った宅建資格。この宅建業法も角栄氏が制定していたとは驚いた。

ンフィクションであるが、角栄さんの一人称による語り口で書かれているため小説のようでおもしろく読めた。角栄さんの政治家人生をこの薄い一冊の本にしたと考えると物足りなくもあるが、ベストセラーになったのはこのボリュームだからだろう。私はこれを読んで、田中角栄さんは「天才」といえども普段の生活は普通の人間であるなと感じた。

人の著書『私の履歴書』、2号夫人佐藤昭子著『私の田中角栄日記』を読みたくなった。もちろん立花隆著『ロッキード裁判のその時代』も。去年真山仁さんが刊行した『ロッキード』も気になる。ある特定の人物を描いたノンフィクションや評伝を読み、書かれた人物に興味が湧くことは、それだけでもうその作品は大成功である。

 

そしてもう一つ、石原さんの絶筆を少し前に読んだので、それについても簡単に残しておく。

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『死への道程』石原慎太郎  2022.4.23読了

文藝春秋文藝春秋 令和四年四月号]

 

芸誌「文藝春秋 四月号」に石原慎太郎さんの絶筆『死への道程』が掲載された。「死」への自分なりの想いを綴った、わずか6頁ほどの文章である。初めは恐れていただろう死についても、冷静にこうして文章に残すと、恐れず自然と受け入れたのだとわかる。もはやそう思わざるを得ない境地だったのだろう。

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年10月に医師から余命宣告をされたときに書かれたもの。石原さんは「自らの死を自身の手で慈しみながら死にたい」と述べている。死への諦め、恐怖はもはやない。

いて、画家である四男の石原延啓(のぶひろ)さんの文章が載せられている。父親を看取った彼が思い出とともに父親について語る。「職業は石原慎太郎」と父が言っていたように、父の多彩な才能は4人の息子たちに満遍なく引き継がれた。

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『大鞠家殺人事件』芦辺拓|滑稽に語られる大阪船場の物語

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『大鞠家殺人事件』芦辺拓

東京創元社 2022.5.21読了

 

に多くの作品を出しているようなのに初めて名前を知った作家さんだ。この作品で日本推理作家協会賞を受賞されたと知り、思わず衝動買いしてしまった。わかりやすくベタなタイトルに意外とオーソドックスでいいのかもと思い、そして大鞠(おおまり)という名前からおどろおどしさを勝手に期待してしまう。

は明治・大正を通り過ぎ、昭和の初めの戦時下、大阪・船場という商人の街が舞台である。いっとき隆盛した「大鞠百薬館」という化粧品店を営む大鞠家で起こる殺人事件。跡取り息子が失踪したという事件が冒頭にあり、それがこの一族の事件を予感させる。

家には、丁稚や手代というような奉公人として住み込みで働く人たちがいた。伊集院静著・サントリー創業者鳥井信治郎のことを描いた『琥珀の夢』を思い出した。粋な大阪弁が小気味よく、当時の文化と風俗が丁寧に描かれており、とても興味深く読めた。

偵小説なのに何かが違うなと感じたのは、噺家(はなしか)が流暢な喋りで語っているようなのだ。起きているのは殺人なのに遠くから俯瞰しているようで、滑稽さもある。連続殺人が起こることも流血さえも怖く感じない。登場人物たちもそんなに恐怖心を抱いていないような。

解きの披露がわちゃわちゃしてしまった感があった。犯人の心理的側面がほとんど描かれていないのが私の好みではなかったが、こういう作品が好きな人はどハマりだろう。探偵小説やミステリーというよりもエンタメ小説に近い。やはり初めて読む作家の本は密かな緊張感と期待感がない混ぜになる独特の感覚がいい。自分だけのこの感覚。

創元社の単行本を買ったのは初めてかもしれない。2段組の構成でボリュームもあるが読みやすくするすると進む。少し残念なのが文字のフォント。創元推理文庫でもたまに見る(最近の新刊ではほとんど見ない)ちょっと丸っこいフォントが、この世界観とずれている気がするのだ。

『かか』宇佐見りん|この感性とこの文体が訴えかけてくる

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『かか』宇佐見りん

河出書房新社河出文庫] 2022.5.19読了

 

頭からはっとする。この感性はどうしたものだろう。この文体はどこから湧き出るのだろう。女性にしかわからないであろう、金魚と見紛うその正体は大人の女性になったと実感するものである。

み始めた時は、この言い回しは方言なのか、幼児言葉なのかと訝っていたが、どうやら「かか弁」という造語らしい。わからなくてもなんとなく察することができる境界ギリギリの言葉遣いがこの作品の一つの魅力になっている。「ですます調」と「である調」もごっちゃに使われているのに、何故かこの不統一が新鮮で心憎いほど深く突き刺さる。

人生のうーちゃんが、大嫌いで大好きな「かか」の問題について考える。かかとはもちろん母親のこと。うーちゃんは主人公で19歳。うーちゃんが「おまい(おまえ)」と弟のみっくんに語りかける構成になっている。かかはとと(父親)に捨てられ、酒に溺れ自らを傷つけ荒廃してしまう。その一番の原因が自分を産み落としたことだと考えるうーちゃん。

かが手術のため入院すると同時に、うーちゃんはある目的で和歌山に旅に出る。旅でうーちゃんは信仰を見出せるのか。圧巻の文体のなかに魂がこもっていて、身体の奥深く隅々に訴えかけてくるようだ。母と子の決して切れることのない関係は臍の緒で今でもずっとつながっているかのように一緒だ。最後は何故か涙ぐんでしまった。

行本の時から表紙のイラストが目立っていたが、作中に「自分のなかの感情をさぐって眉間のあたりに丁寧に集めて、泣くんです。涙より先に声が泣いて、その泣き声を聞いた耳が反応してもらい泣きする(37頁)」という泣き方が表現されている。かかの泣き方。イラストの女性は若いからたぶんうーちゃんだ。でも、かかとうーちゃんは一心同体なのだから、もうどっちでもいい。

164回芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』で華々しく存在を放った宇佐見りんさんだが、彼女のデビュー作はこの『かか』である。文藝賞三島由紀夫賞を同時受賞している。一般的に読みやすいのは『推し〜』であるが、私はこの『かか』のほうが好きだし作品としてもより優れていると思う。こうなると、新刊『くるまの娘』も読みたくなる。

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『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス|忍耐と狂気の人間ヴィクの心理をさぐる

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『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス 柿沼瑛子/訳

河出書房新社河出文庫] 2022.5.18読了

 

出文庫からハイスミスさんの小説の改訳版が出た。久しぶりにあのゾクゾク感を味わいたくなった。彼女の小説は2作しか読んでいないが、どちらもおもしろく引き込まれた。

ィクは妻のメリンダと娘のトリクシーと3人で暮らす。資産家のヴィクは出版の仕事をしながらカタツムリを飼うなどの趣味を持つ。メリンダは数年前から浮気を繰り返しており、ヴィクはそれを承知しながらも嫉妬心を表に出さず淡々と忍耐強く暮らしている。

ィクとメリンダは何故一緒にいるんだろう。ヴィクはこんな我慢を強いられて、メリンダからしても夫への愛がなくなり他の男性に次々と惹かれるのなら離婚したらいい。「好きだから一緒にいる」「嫌いだから別れる」というだけでは解決できない婚姻関係、別れたくても別れられない夫婦の歪な形がここにもある。

リンダの浮気相手の1人が何者かに殺害され、その犯人が自分であると吹聴しそれを楽しむヴィク。そして、ついに本当に殺人に手を染めていってしまう。どのような心理がこういった行動をもたらすのか、この夫婦はどうなってしまうのだろう。

ィクという主人公のなんと癖があり特異な人物であることか。決して好人物とはいえず共感も出来ないのに、彼の心理が変化する様や忍耐力を試す姿をみていると、もっともっと狂ってしまえ、想像できないところに読者を連れて行ってくれと願ってしまう。頭のいいところと図太い神経が、おとなしいハンニバル・レクターを連想させる。

間は何を頼みにして生きているのだろう。メリンダは、ヴィクのそれをエゴだという。ヴィクという人間は何に喜びを感じるのだろう。最後はこうなるだろうという結末で幕を閉じるが、その瞬間すらヴィクは薄ら笑いを浮かべているようだ。たぶん、日本でいう「イヤミス」になるんだろけど、この不快感って沼に入ると抜け出せないんだよなぁ。

始一貫して仄暗い陰鬱さが漂っているのに、食事の場面は何十回と繰り返される。食事だけは時間をかけて丁寧に作られ、美味しそうにじっくりと味わう描写が多い。食事のシーンには光が差し、浮き上がっているように感じた。

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『ブラックボックス』砂川文次|レールにしがみつきながら

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ブラックボックス』砂川文次

講談社 2022.5.16読了

 

川文次さんといえば、前から『小隊』という作品が気になっていたが、まずはこの第166回芥川賞受賞作から読むことにした。芥川賞授賞式での怒りのコメントが印象に残る。まぁ、田中慎弥さんの会見ほどの衝撃はなかったけれど。

ロナ禍の中、ロードバイクで配達をする若者を描いた物語とは知っていた。てっきり私はウーバーイーツのように食べ物を出前する話かと思っていたが、ここで出てくるのは企業間で重要な契約書を運ぶメッセンジャー、つまりヤマトでいうところの「飛脚便」のようなものだった。そしてこの主人公サクマは非正規雇用である。

ードバイクだから、自転車の部品や装備、服装に至るまで本格的だ。こだわりをもった人たちがこの仕事を続けているが、それでも正規雇用となるのには躊躇している人がほとんど。サクマは「ちゃんとした人間」になりたいと考えている。ちゃんとしたってどういうことだろう、それすらもわからないまま、自分のダメさ加減を憂いている。どんな仕事も続かない、すぐにキレる。きっとこういう若者って、いや若者だけじゃなくてこんいう人はたくさんいる。

半になるとサクマはガラリと変わった境遇になってしまう。話の展開と主人公の行動・考え方がどこか斬新で、芥川賞作品には珍しく先が気になり不思議と読み急いでしまっま。あんなことをしたサクマなのに、そうは思えないほど淡々と飄々とした彼を怖く思うと同時にどこにでもいそうな現代人だと気付く。

れが砂川さんの特徴であるのだろうか。レールの上を走らずに、でも決して逸れているのではなく、懸垂式(吊り下げタイプ)ロープウェイのようにしがみつきながら走り続けていく感じ。最後まで読むと希望の光が微かに見えてくる。私はなかなか好きな感じだ、砂川さんの他の作品も読んでみたい。

『食べて、祈って、恋をして』エリザベス・ギルバート|自分を見つめ直し精神のバランスを取る

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食べて、祈って、恋をして』エリザベス・ギルバート 那波かおり/訳

早川書房[ハヤカワノンフィクション文庫] 2022.5.15読了

 

ュリア・ロバーツ主演の同名映画がとても良かったと最近私の耳に入った。映画自体は2010年に放映された。その原作がこの本である。

庫本の冒頭には、刊行10年めとして著者のまえがきが収められている。エリザベスさんは「活力と意気込み、可能性が際限なく広がっていくという感覚こそ、"若さ"を定義するうえで重要な要素なのかもしれない」と語る。外見や体力が老いの象徴と捉えられることが多く私もそう思っていたけれど、実は心の問題なんだ。エリザベスさんの言う感覚が実は若さの原動力だったのかと目から鱗になった。

えがきの段階ですでに私の心は鷲掴みにされた。本編ではイタリア、インド、インドネシアを4ヶ月ごとに1年間旅をした記録がエネルギーに満ちた筆致で書かれている。彼女のあけすけで大胆な行動は読んでいて楽しく女性なら共感を呼ぶはずだ。

 

界で一番美しいと(著者が思う)イタリア語を学ぶため語学学校に入学する。イタリア語の成り立ちにこんな歴史があったとは知らなかった。男性に声をかけられたことが嬉しいのではなく、会話の練習になりイタリア語に陶酔しているエリザベスはなんと尊いことか。私は日本語も美しいと思うが、それは表現方法が多彩であり文章を読む時に感じることが多い。イタリア語のそれは発音であることが多く耳に響く音が美しいのかもしれない。

タリアのサッカーファンは試合終了後に飲みに行かず、シュークリームを路上で頬張るのというのがなんかいいなと思った。イタリア一(つまり世界一)と言われる「ダ・ミケーレ」のピッツアを頬張る場面は、読んでいて涎が出そうになる。美味しいものを食べる、食べる、食べる。エリザベスさんは、人間として生まれてきたからには、何か微々たるものでも自分なりの喜びをみつけることが義務であり権利であるという。それが食べることであっても。

 

ンドでは一変して瞑想の世界に入る。ヨガの師匠グルはもちろん支えとなるのだけれど、インドでエリザベスさんが出会った一番の師はテキサスのリチャード(この人だけは正真正銘の本名らしい)だろう。彼のキャラクターは本当に抜きん出ている。

シュラム(僧院、ヨガを学ぶ施設)にいる信頼のおける師は「観光客や記者として来ているのではなく、あなたは求道者として来ているのです。探究しなさい」と言う。エリザベスが苦痛に思っていたグルギータと呼ばれる詠唱についても、翌日から意識を変えるだけで感じ方が変わる。

チャードの勧めでエリザベスは「精神の旅」をすることになり、インドでは観光はせずに小さな村の一つのアシュラムで4ヶ月を過ごすことになった。信仰というものは、決して何かにすがることではなく、自分自身を見つめ直すことなのだ。

 

後の4ヶ月はインドネシアである。私はマレーシアを旅行したことがあるが隣国インドネシアは未踏の地だ。行ったことがある人はインドネシア・バリ島は素晴らしいと声を揃えて言う。

リザベスがインドネシアに来た目的は、バランスを見出すこと。2年前に予言を受けたクトゥという治療士の元で安定した生活をする。親友となる治療士ワヤンとも出逢い、彼女に家をプレゼントまでする。

はしないと決意していたこの旅なのに、フィリップという男性が現れたことでエリザベスの運命はまた新たな展開を見せる。やはり全身全霊で愛することは素晴らしい。彼女は相当な恋多き人。

 

ずみずしくエネルギーに満ち溢れた言葉の海。旅立つ前は絶望の淵にいた彼女が1年間に多くのものを得て自分を見つめ直した。イタリアで食べて、インドで祈って、インドネシアで恋をして。こんな旅が出来たら人生の特別なギフトになるだろう。

んな風に人を惹きつける文章は誰にでも書けるわけではないが、彼女が体験したことや感じたことはその一部は誰にでも起こり得ることなのだ。ちょっとスピリチュアル気味なところが多く、分量も多く時間がかかってしまったけれど、一緒になって貴重な体験ができたかのよう。

者のあとがきでエリザベスさんの近況に触れられていたけれど、ちょっと驚いた(Wikipediaでは現状更新されていない)。ま、それも彼女らしいのかもな〜と思ったりもした。

 

『同潤会代官山アパートメント』三上延|くやしさを糧にして生きていく

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同潤会代官山アパートメント』三上延

新潮社[新潮文庫] 2022.5.11読了

 

潤会アパートという単語は何度か目にしたことがある。関東大震災後に作られた耐火・耐震構造の鉄筋コンクリート造のマンションで、当時最先端の集合住宅であった。表参道ヒルズができた時に、数店舗入る隣接した建物が昔のアパートをそのまま残したものだった。あれも確か同潤会青山アパートメントだ。この作品は代官山にあった同潤会アパートを舞台とした小説。なんとこのアパートがあった場所は、現在は高級タワーマンション代官山アドレス」が建っているというのが驚きだ。

る家族の4代に渡る年代記である。連作短編集のように、あるワンシーンが10年ごとに描かれている。それが見事に人々の記憶に重なり合い、物語に奥行きをもたらしている。期待していなかったこともあるのか、心に染み入るとても良い作品だった。

関東大震災で亡くした八重の話から始まる。八重は無口でとっつきにくいところもあるが、妹の愛子からすると優しく大好きな存在だった。八重は一度結婚に失敗していたから二度と誰かと一緒になることはないと思っていた。それが。

のクリスマスプレゼントに用意したぬいぐるみが盗まれた話、ビートルズの音楽に没頭する進(すすむ)の話、火事騒動や建て替えの話などひとつひとつのエピソードがじんわりと温かく涙を誘われそうになる。

は「くやしい」と思うことを生きる原動力にしているのだと改めて感じた。八重は姉の愛子を震災で亡くして「くやしい」と思った。「悔しい」のではなく「くやしい」だ。何かの競争で感じる「くやしさ」は、対象が人間のときに抱く感情であることが多いが、ここでいう「くやしさ」は、人間の力では抗えない事象に対する「くやしさ」である。著者の三上さんは「くやしい」と表現しているけど、もしかしらこの気持ちは別の新たな単語で表した方がいいのではと思うほど、表現が難しい感情かもしれない。

の作品は、文章を追っているのがまったく苦痛にならず、疲れもせず、するすると入ってくる。そして柔らかな安心感がじんわりと広がる。そう、体調が悪くても読める本だ。まぁ、今特に体調が優れないわけではないのだが(あえて言うならGW明けで仕事がだるいくらいか…)。悪い人が出てこないこの感じは、瀬尾まいこさんや藤岡陽子さんの作品に近いと感じた。

上延さんといえば、ドラマ化もされた『ビブリア古書堂の事件手帖』が有名である。私はまだ未読であるが、ミステリなのにほんわかした感情に浸れるのかと思うと読んでみたくなる。

『メキシカン・ゴシック』シルヴィア・モレノ=ガルシア|館で起こる怪奇世界にようこそ

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『メキシカン・ゴシック』シルヴィア・モレノ=ガルシア 青木純子/訳 ★

早川書房 2022.5.9読了

 

シック小説の定義はよくわからないけど、とにかく最初から最後までとてもおもしろく読めた。ストーリー性と重厚さを併せ持つ作品には最近巡り合っていなかったから満足出来た。

キシコシティで自由奔放に優雅な生活を謳歌していた22歳のノエミは、ダンスパーティの最中に父親から呼び出しをくらう。1年前に英国人ヴァージルのところに嫁いだいとこのカタリーナから奇妙な手紙が届いたとのことで様子を確かめに行って欲しいと言われる。かくしてノエミは山の斜面の街にあるお屋敷を訪れることになったのだー。

台はもちろんヤカタ!である。霧に覆われた高台にある曰く付きの館、まさに『嵐が丘』のイメージだ。カタリーナが住む館はハイ・プレイス〈山頂御殿〉と呼ばれている。こういうおどろおどろしい館には必ずといっていいほど図書室が存在する。革表紙のカビの臭いがする古書が余計に恐怖を感じるお膳立てをする。

シック小説につきものの怪奇めいた幽霊譚や、夜毎見る夢、ユングの夢診断など、ホラー要素・ミステリ要素てんこ盛りで予想通りの作品であった。ただ、科学的・化学的要素も入り組んでいたためこれが物語全体を引き締めている気がする。

中少し怪奇的すぎて、また少女的に感じるところもあった。それにさほど怖くは感じなかった。それでも全体としてストーリー性が豊かで頁を捲る手が止まらなかった。メインはカタリーナを助け出すことが目的であるが、ノエミのロマンスにドキドキしたし、ノエミが果敢に立ち向かう姿に惚れ惚れした。

頭に重厚であると記載したが、この小説は実はかなり読みやすい。それは主人公ノエミが普通の(現代にもいそうな)若い女性だからだろう。都会に住む溌剌とした女性。裕福な家庭に産まれた彼女は我が儘なところもあるが、この中で唯一普通の感性を持つというか侵されていないところが、読者が一緒になってこの世界に没頭できるのだ。1950年代という時代設定なのにも関わらず現代的に感じた。

シック小説の金字塔といえば、エミリー・ブロンテ著『嵐が丘』、シャーロット・ブロンテ著『ジェイン・エア』、ダフネ・ドゥ・モーリア著『レベッカ』など。かなり前に読んでいるがあまり覚えていないから再読しようかと思っている。昨年末にゴシックミステリ大作を買って積読の本もあるしなぁ。やれやれ、また本の連鎖にハマってしまい困りものだ。。。

者の解説によると、著者はラブクラフティアンラブクラフトファン・信者のことかしら)のようで、まだラブクラフト作品未読な私にとっては気になりすぎてたまらん。