書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『劇場の子 イーディス・ハラー』エドワード・ケアリー|悲しみや苦しみが人の心に響く

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『劇場の子   イーディス・ハラー』上下 エドワード・ケアリー 古屋美登里/訳

東京創元社 2026.08.25読了

 

ングランド・ノリッジという街にハラー劇場がある。劇作家エドガー・ハラーの娘がこの作品の語り手、主人公であるイーディス・ハラーである。彼女は産まれたときに呪いをかけられてしまい、そのせいで彼女は劇場から一歩でも出られない。イーディスは本や資料を読みつくすうちに街のある秘密に気付き、その内容を脚本にするのだが―。

 

結局のところ、悲しませるのが芝居の仕事。俳優は給金をもらってノリッジの人たちを悲しみで充たす。大いなる悲しみを観ることで、観客は自分自身をほんの少し生きたと感じる。より人間らしいと思う。わたしたちがここにいるのは、観客に人間であること思い出させるため、人間とはなにか、善きにつけ悪しきにつけなにができるかを思い出させるため。要するに芝居とは、人間とはなにかについて人間に教えること。(上巻89頁)

だただ幸せなストーリーでは人の心に響かない。それはドラマでも小説でも同じ。悲しみや苦しみが人の心を満たすのである。

 

んたるダークホラー!

とはいえ、実はそこまで怖くはなくてどことなく愛らしく思える。ケアリーの作品はこの世界観が良いんだよな~。ケアリー自身、劇場で働いたという過去があり、その経験からこの作品が生まれたという。

 

イアマンガー三部作よりも(1巻しか読んでいないし)、私が大好きなのは『望楼館追想』である。あのめくるめくストーリーと愛おしい登場人物たち。あれがケアリーのデビュー作なんだよな(すご!)。この『劇場の子」もケアリーのおそろしく残忍で魅力的な世界観を存分に楽しめた。挿絵もふんだんにありにんまり。児童文学になるのかもしれないけれど、最後の方の殺人的な絵のオンパレードはちょっとグロイかも。単行本上下巻で税込7千円以上したのにあっという間に読み終えてちょっと勿体無い気はしたかな。

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『灯台からの響き』宮本輝|自伝が真実とは限らない

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『灯台からの響き』宮本輝

集英社[集英社文庫] 2026.08.22読了

 

台とは、船舶の安全のために光を発し海からの目印となるものだ。灯台と聞くとウルフ著『灯台へ』が思い浮かぶが、かなり前に外国人作家が書いた『灯台守の話』という小説を読んだ記憶も残っている。昔は一つ一つの灯台に見張りというか住み込みで見守りをする人がいた。日本では今は全て無人化されているそう。

 

に2年前に先立たれた62歳の康平は、中華そば屋「まきの」を閉めて引きこもりのような生活を送っていた。ある日、灯台の絵が描かれた妻宛の絵葉書が本に挟まれているのを見つける。この葉書の差出人のこと、妻の過去を知りたいと思い、各地の灯台巡りをしながら、生きることの意味を見出していく。宮本輝さんらしいド直球のあたたかいストーリーだ。

 

っちゃうな…。作中に出てくる小説はいつも気になって仕方なくなる。ただでさえ、読む本が渋滞しているのに。森鴎外さんの『渋江抽斎』をすぐにでも読みたくなった。

自分を調べるというのが、最も難しいはずだ。自分を取り巻く真実には、他人に知られたくない事項がいくつかあるものだ。俺はそれを隠したくて、改竄し、捏造するだろう、それでは鴎外の『渋江抽斎』とは違うものになってしまう。(69頁)

 

るほど、自伝というのが一番真実に近いと思っていたが、実はそういうわけではない。改竄したり大袈裟にしたり隠したりしてしまうことが誰にでもある。人に読まれることを想定していない日記でも多少はそういうことがあるかもしれない。それに対して評伝であれば隠すことはない。でも他人が考える像もまた真実かわからない点もあるだろうし、難しい。康平は妻の過去の秘密めいたものを調べようとする。物語が終わる頃には、誰にでも秘密というか人には知られたくない、胸に潜めておきたいものがあるから全てを明らかにしなくても良いものだと悟る。

 

月宮本輝さんの『骸骨ビルの庭』を読んで、抜群の安定感と読み終えた時のあたたかな気持ちにホッとして、こちらの作品を手にした。精神の安定のためにも半年に一冊は読むといいかもな。次は何を読もう、いやまずは『渋江抽斎』だな。早速書店で手に入れた。

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『ストリート・キッズ』ドン・ウィンズロウ|探偵のノウハウ講義が「なるほど」づくし

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『ストリート・キッズ』ドン・ウィンズロウ 東江一紀/訳

東京創元社[創元推理文庫] 2026.08.20読了

 

ン・ウィンズロウって、麻薬やらマフィアやら、そういうアメリカ裏社会のこてこてギャング系の作品のイメージがあったから、書店に積まれたこの本を見て驚いた。デビュー作の新装版だそうで、こういった作風もあるんだなぁ。もちろん探偵ものだけど青春感満載で手に取りやすそう。読んでみて、こんなにも完成されたデビュー作はあるだろうかと驚いた。東江さんの訳もすばらしく何よりおもしろかった。

 

院議員の17歳の娘アリーが家出をしてしまい、ニールに探し出すようグレアムから任務がくだされる。翌日大学の試験を控えたニールは、事件に関わりたくないと嫌々だったが、育ててもらった恩もあるし受けることになる。ニールは「朋友会」というある組織に雇われているのだ。過去と現在を行きつ戻りつしながら物語は展開する。

 

れイギリスの作者じゃないかと思うほど英国愛に溢れている。アリーが最後に目撃されたのがロンドンだったこともあって、ロンドンに場所を移してからは英国文学の話がたんまりで嬉しかった。文学狂のサイモンの部屋でのくだりとか、スモレットを研究しているとか。スモレットのことは読んだことがないどころか名前すら知らなかったけれど、めちゃくちゃ気になった。

 

は現在進行する本筋よりも、グレアムから探偵を仕込まれる過去の描写がとてつもなくおもしろいのだ。まぁタイトルも『ストリート・キッズ』だし、それがこの小説の良さなんよな。記憶力の磨き方、階段の昇り降り、物の見つけ方、そんな探偵のノウハウ講義が「なるほど」づくしで、一体著者は何者なのかと思ったら、解説を読むと実際すごい経歴だったわ。アリーを探し出してからは、本領発揮というところか、アメリカ的なスピードモードになっていく。ニールとアリーの甘酸っぱい青春がなんとも味わい深くきゅんとなる。

 

装版の表紙のイラスト(読んでからようやくこの意味がわかった)もなかなかオシャレ。元々刊行されていた本をググったらその装幀もまた素敵だった。シリーズは全5作あるようだが絶版のようなので、東京創元社さんから続けて再販してほしい!最初ちらっとしか出てこないニールの本当の恋人ダイアンのことがもっと知りたい。

『ザ・ロイヤルファミリー』早見和真|馬がつなぐヒューマンストーリー

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『ザ・ロイヤルファミリー』早見和真

新潮社[新潮文庫] 2026.08.17読了

 

馬場には確か2回行ったことがある。府中にある東京競馬場と大井競馬場で、どちらも東京にある。人付き合いで行ったようなもので、普段は競馬に興味はないのだが、人々の興奮と美しい馬を感じ、大人の遊園地のように心が浮き立ったのは覚えている。いつか、ばんえい競馬は見てみたいなとは思っている。

 

の競馬がテーマである。馬券を買っての興行、ギャンブルとして楽しむ側ではなく、馬主側である。馬主は正式には「うまぬし」と読むことも知らなかった。みんな「ばぬし」って言ってるよね?

 

須栄治は、父親にしてあげられなかったことを山王へ見出したというが、いくら出会ったタイミングもあるとはいえ、畑違いで今まで見知った人でないのにこんなにも人生を捧げられるものだろうか、と少し疑問に思った。それでもその後の展開にどんどんとのめり込んでいく。

 

の作品は継承の物語だと解説にあるが、第二部よりも第一部の山王耕造のほうのストーリーの方に力が入った。ワンマンな山井は横暴だが、馬への想いだけは人一倍強く、それが馬にも通じている。

 

年、TBSの日曜劇場で『ザ・ロイヤルファミリー』が放映されていたが私は観ていなかった。玉置浩二さんの『ファンファーレ』は好きだったけどな。当時原作のこの小説もよく売れていて、いつか読もうと気になっていた。

 

すます調の告白体で書かれているとは思わず文体が予想外だったが、私のような競馬の知識がほとんどない人でも楽しめる作品だった。早見和真さんの本は『笑うマトリョーシカ』だけ読んだことがある。ミステリー、ユーモア作品、ヒューマンドラマなど多種多様な作品を描く作家さん、また折を見て他の小説も読もう。

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『ブルックリン』コルム・トビーン|胸いっぱいに、豊かな気持ちになれる小説

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『ブルックリン』コルム・トビーン 栩木伸明/訳 ★★

白水社[白水uブックス] 2026.08.15読了

 

型書店では、白水uブックスが平積みしてある。書店によってお薦めの本が異なり、新刊以外で並べてあるとついつい見入ってしまう。この『ブルックリン』の20年後が描かれた『ロングアイランド』が新刊で置かれていたが、この本もその隣にしっかり鎮座していた。もちろん『ブルックリン』から読む。まぁ読み心地がよくて、すぐに好きなやつだと感じた。おもしろい、というよりめちゃくちゃ良かった。こういうのを求めてたんよ。

 

イルランドの田舎町エスコーシーに母と姉と3人で住むアイリーシュ。彼女は神父の紹介でニューヨークのブルックリンに移民し、百貨店で働くことになる。元々簿記を極めようとしていたこともあり、その資格を取るために夜間は大学に、週末はダンスホールへ。そこで知り合ったイタリア移民トニーと恋に落ちて愛を誓い合う。しかしある事情でアイルランドに帰国することに。ブルックリンで洗練されたアイリーシュは、地元での自身への見え方が変わったことに気付く。

 

トーリー自体はいたってありきたりという感じはするが、心情の捉え方、表現が本当に素晴らしくて、何度も何度もじ~んときた。結局のところ、人間が心を動かされるのは、こういう小説なのだと思う。

 

イリーシュがアメリカ行きの荷物をトランクに詰め終えたときに誰か別人の準備ならいいのにと感じたこと、姉ローズからアクセサリーをもらった時にローズの将来を決定づけたと悟ったこと、母と姉の本当の想いのために自身にも本当の気持ちを隠しておくこと、こんなシーンに胸が張り裂けそうになり、同時に何か自分の過去もまざまざと思い出され、物思いに耽ってしまう。

 

ニーからの愛の告白にどのように答えればいいか悩んでいる時、カレッジの上からトニーの姿を見て思ったこと、またトニーとその兄弟と一緒にドジャースの応援で野球観戦をしている時に客観的に考えたこと、そういうちょっとした心の機微がいちいち琴線に触れる。自分の過去や未来に想いを馳せ、また自分だったらどうかなと考えられる小説は、優れた作品と言えよう。

 

イリーシュのなんて素直でひたむきで謙虚なことだろう。もちろん若いからその場その場で小さな失敗みたいなものはあるけれど、一歩止まって考えることのできる思慮深さがある。日本人が共感できるみたいなところは多いかもしれない。人生の選択、選ばなかった道についての後悔、罪悪感、幸せに振る舞わなくてはならないこと、そして自分に嘘をつくこと、そんなこんなを考えさせられた。

 

う少し込みいっててもいいのにと思うくらい読みやすくて、それが物足りないかなと最初は思っていたが、これくらいがちょうどいいのかも。どうしてこんなに胸いっぱいに豊かな気持ちになれるのだろう。たった一冊の小説がこんな感動を呼び起こすなんて素晴らしいことだ。続編の『ロングアイランド』も近いうちに読もう。

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『ナイン・テイラーズ』ドロシー・L・セイヤーズ|教会の鐘が9時間も続けて鳴るなんて

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『ナイン・テイラーズ』ドロシー・L・セイヤーズ

東京創元社[創元推理文庫] 2026.08.14読了

 

っと読めた!アガサ・クリスティーと並ぶ英国の女性推理作家ということで、以前から読みたいと思っていたのだ。貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿シリーズの第9作ということは知っていて、一話から読んだ方が良いにきまってるよなぁと思いながらも、名作の誉高いこちらを手にした。

 

ギリスの鐘事情というか、教会の鐘鳴らしについて知らないとちょっと分かりづらいけども。「転座鳴鐘」の技術という耳慣れないものの説明がちょっと堅苦しいが、そこら辺は読み流す程度にして進める。大晦日から元旦にかけて鐘を鳴らすという風習みたいなもの、それが9時間も続くとは…。鳴らす方も聴いてる方も辛いよな。日本でも除夜の鐘というものがあるけど、すぐに終わるし。

 

地に見知らぬ死体が見つかり、それが誰かという謎とともに過去の事件にまで遡る。トリックは「なるほど」とは思うが途中からは予想出来てしまった。少しゴシック小説っぽいところがあったり、またはイギリスの田舎の雰囲気を楽しむものかなぁと思った。登場人物の会話がなかなかおもしろい。脱線も多く田舎言葉みたいな方言もある。

 

ィムジイを始めとして誰もが殺人を笑い飛ばすというか、「待ってました」的に殺しを前提としているところがちょっと違うなと感じてしまい、、日本ではやはりクリスティーのほうが人気だよなぁと思う…(セイヤーズファンの方には申し訳ないけれど)。クリスティーはね、もう少し情緒というか郷愁のようなものがあるんよ。

 

イラーズとセイヤーズを混同してしまって、読むまではタイトルどっちだったけ?となっていた。テイラーズは鐘のことで、(初めに勘違いしていた)仕立て屋のことではない。読んだ今となってはイギリスの鐘事情忘れたくても忘れられないや。

『夏帆 The Tale of KAHO』村上春樹|アリクイに親近感

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『夏帆  The Tale of KAHO』村上春樹

新潮社 2026.08.12読了

 

行されてすぐさま手に入れていたが、読むのが随分遅くなってしまった。夏季休暇中にようやく。村上春樹ワールド、彼にしか書けない独特のファンタジー世界をゆっくりと存分に堪能した。

 

は普通に生活をしていて、一度だけアリクイを見たことがある!?過去に住んでいた横浜のある場所でジョギングをしていたら側溝のような部分をアリクイが走るのを目にしたのだ。ちょっと驚いた。いや、最初アリクイだと思ったのだけど、周りに話したらそれはハクビシンだよと言われて自信がなくなった…。

 

もそも、あんな身体でアリを食べるというのがどうにも体格にそぐわないなぁと思っていたのだが、アリクイは口が小さく歯がほとんどなくて、虫のような小さなものしか食べられないようだ。アリクイの中でも、ベスト(というか私にはレスリングのユニホームに見える)を着ているように見えるミナミコアリクイという種類を好きな友人がいて、その時は「変わった動物が好きなんだな」と思っていたが、これを読んだらアリクイにかなり親近感を覚えた。

 

帆が「とぎや」の店主を包丁で刺したとき、私には『騎士団長殺し』のなかでのあの刺し殺すシーンがまざまざと蘇った。メタファーも出てくるし繋がっている。夏帆に兄弟姉妹がいないひとりっ子というのが村上さんの作品らしいなと感じた。アリとシロアリが全然異なる虫であることも今更ながら知った。

 

初はルッキズムがテーマの作品なのかと思っていたらどうやら違うようだ。強烈な言葉を放つ佐原さんから始まって、アリクイ、白アリの女王、「とぎや」の主人など次々と夏帆の前に現れる者を通して、ひとつづつ困難を乗り越えていく成長物語のように捉えられる。特に母親との確執というか不協和音をなくすような、自己を解放するような話だと感じた。

 

みんなそうやっていつかはいなくなってしまうのよ

夏帆の母親の言葉。本当にそうなのかもしれない。だけど、物理的にいなくなってしまっても、思い出として、確かにあったこととして心の中には残る。そういうのが積み重なって、一人の人間の物語となる。

 

上さんの長編小説の中でダントツに読みやすいと思う。まるで児童文学のように。あるいは、夏帆が絵本作家で作中作もところどころで書かれているから錯覚してしまったのだろうか。ともあれ、一日で読み終えた。まぁ、夏休みということもあったし。「春のみみずく朗読会」で実際に村上春樹さんの朗読を聴いたそのままがまだ頭の中に残っている。村上さんの息遣いと、声色と、そしてそこに漂う静謐な空気が今でもある。あの時の空気感を体現しようと第一章は(自分で)音読した。きっとこの作品は私の中で音とともにあり続けるだろう。

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『白鶴両翅』多和田葉子|多角的な視野、キチンとした日本語

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『白鶴両翅(はっかくりょうし)』多和田葉子

朝日新聞出版[朝日文庫] 2026.08.11読了

 

の見慣れない「白鶴両翅」というのは、太極拳の型のひとつである。太極拳は馴染みがないが、ごくたまに公園や広場で身体をゆっくり動かしている人を見ることがある。それが本当に太極拳なのかはわからないが多分そう。一定の割合で見かけるから、それなりの太極拳人口はあるのだろう。一度中国に旅行したときには、朝早い時間に至る所で太極拳をやっている集団を見かけた。

 

本に帰ってしまった夫と別れ、その後もドイツでひとり暮らす翻訳家・ミサの日常が書かれたストーリーだ。隣人Mさんから太極拳に誘われたり、友人同士色々と助け合ったり、まぁ言うなれば日常の出来事が綴られている。おそらく多和田さんの経験が元になっているかと思う。

 

中でミサがクライストの作品を翻訳していて、それがひどく難しいとあった。数年前に私もクライストの小説を読んだことがあって、確かに新訳でもかなり読むのに難儀したのを思い出した。

 

つの対象への捉え方が日本人とドイツ人、または他の国の人で随分違うものだと感じた。例えば、引越しに対する捉え方だったり、姥捨山の話だったり。そう考えると、多角的な視野を広げるには、やはり外国で暮らすのが一番なのかもなと思う。

 

和田葉子さんの本は去年『研修生-プラクティカンティン-』を読んだが、しみじみとした余韻が心に響き、読み終えた後に作品の素晴らしさがじわじわと来た。この作品も読み心地が良く読んでいて安心感があった。

 

国語を操ることが出来る人のほうが、正確な日本語を使っているように感じる。正確なというよりもキチンとしたというか。文章の中にもウィットとユーモアが散りばめられていてクスリとなる。作中で家電製品が大阪弁で話しはじめるのが良かった。それも、ミサとくだらない会話をしているのがまた良いのだ。

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『ハムネット』マギー・オファーレル|ラストは鳥肌もの、素晴らしい読書体験

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『ハムネット』マギー・オファーレル 小竹由美子/訳 ★★

新潮社[新潮クレスト・ブックス] 2026.08.10読了

 

年の春に日本でも映画が公開され、その時に注目されていたこの原作小説。もともとマギー・オファーレルさんの作品は『ルクレツィアの肖像』がおもしろかったから気になっていた。この作品も期待に違わず素晴らしかった。豊かな物語性と登場人物たちの心理の機微に心が震えた。特に遠出することもなくのんびりした夏休みに、有意義で感動的な読書時間を持てて大満足だ。

 

イトルが「ハムレット」ではなくて「ハムット」であることが不思議だったのだが、実際には同じ名前であるようで、どちらを使っても差し支えないと巻頭に書かれてある。そして名前といえば、アン・ハサウェイというのがシェイクスピアの妻の名前と知られているが、これは映画俳優を連想させてしまうからアグネスとしているようだ。作品には関係ないことだけど、ちょっと気になるところかな。

 

もそもあの偉大なる戯曲家・劇作家シェイクスピアの家庭環境のことなんて知らなかったし考えたこともなかった。こんな奥さんがいたこと、息子を1人亡くしていること、色々と知らないことだらけ。そしてあの戯曲『ハムレット』は、亡くした息子の名前だったとは。この小説は、歴史的事実から著者のマギー・オファーレルさんがフィクションに仕立て上げたもの。一体どれほどの想像力があればこんな物語を生み出せるのだろう。

 

を飼い慣らし、自然を愛するアグネスは変わり者と見なされていた。アグネスの兄弟にラテン語を教えていた家庭教師ウィリアム(シェイクスピアのことだが作中では名前は示されていない)は彼女にひと目惚れする。いずれ天才劇作家となる彼が選んだのだから、どれほどアグネスが魅力的な内面の持ち主であることかは想像に難くない。正反対にも思える2人が惹かれあっていく。途中衝突したり心が離れることもあるが、お互いが持っていないところを補い合う、素晴らしい夫婦像だと感じた。

 

の家庭にはひとつの悲劇が下る。11歳の息子を亡くすという喪失。アグネスや夫はもちろんだが、残された双子のジュディスの気持ちを考えると胸が痛む。この悲劇を乗り越えて家族に希望の光は刺すのかー。アグネスの弟で図体が大きくて一見怖いバーソロミューがめちゃくちゃ素敵だった。こんなに姉思いで、頼り甲斐がある弟がいたら何も怖くない。

 

ギー・オファーレルの鋭く研ぎ澄まされた文体はとてつもなく美しい。原文で読んでいるわけではないのにイメージできる。アグネスがさかんに疑問符をつけて短い文でとめどなく話す時は、息苦しくなるように切羽詰まり、何度も心を持っていかれそうになった。小竹由美子さんの訳文もこれまた素晴らしい。

 

うね、最後アグネスがロンドンに行き夫が作った「ハムレット」を鑑賞したシーンは鳥肌が立ってしまった。こんな素晴らしいエンディング、憎い。いや、本当に素晴らしかった。ここ数年で読んだ小説のなかで、ラストの美しさは抜群だ。まだ映画やっているかなと調べたらほとんど上映は終わっており、残念。

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『ともぐい』河﨑秋子|自然界の脅威が淡々と迫ってくる

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『ともぐい』河﨑秋子

新潮社[新潮文庫] 2026.08.08読了

 

爪(くまづめ)という人物には、実在するモデルがいるのだろうか?彼は北海道の山中で狩猟に生きる孤高の男性である。もはや人間ではなく獣である。そして陽子もまた。

 

爪が熊に襲われた太一という男を介抱しているシーンは気持ち悪くなった…。え、目玉を吸い出し、、?? 自然界の脅威とむごたらしさ、生きるものがいて死ぬものがいる、そんな摂理が淡々と書かれている。熊爪にも、陽子にも、良輔にも、誰にも共感できないのは自分が人間界に慣れ親しんだ人間だからであろうか。

 

今人間を襲う熊のニュース。こんなにも人間にとって脅威になるとは誰が予想しただろう。しかし、最大の脅威はやはり自然であろう。熊爪と共に過ごした犬だけが、唯一感情というものを持っていたのではないかと感じた。

 

170回直木賞受賞作品。170回とはいつだったかなと調べたら2024年1月だった。2年半でもう文庫になってしまうのはちょっと早い気がする。直木賞は余程でないと単行本で読まないのだが、文庫になったらたいていすぐに読む。迫力満点の熊文学で河﨑さんの境地であろうが、個人的には先日読んだ『清浄島』のほうが好きだ。タイトルの『ともぐい』を見ると私はどうしても田中慎弥さんの芥川賞受賞作『共喰い』を連想してしまう。

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