書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『人生と運命』ワシーリー・グロスマン|自分の人生を切り開くのは自分の歩みによる

f:id:honzaru:20220918105638j:image

『人生と運命』123 ワシーリー・グロスマン 齋藤紘一/訳

みすず書房 2022.9.22読了

 

ロシア文学の傑作として名高い大作『人生と運命』を読み終えた。全三部作でとても長かったが、タイトルから想像できるように重厚で濃密な読書時間を堪能できた。小説でありながらも記録文学のようで、それは著者が独ソ戦の従軍記者だったことからもうかがえる。

者のグロスマンが生きている間はこの作品は刊行されなかった。「スターリンの指導のもとにあったときにわが国で起きた過酷なこと、間違ったことのすべてに、新しい力をもって光を当てた(第一巻514頁 解説より)」ために、家宅捜索され原稿は没収されてしまったのである。しかし死後、友人が隠し持っていた原稿が見つかりスイスで刊行された。

二次世界大戦スターリングラードの戦いのさなか、物理学者ヴィクトル、その妻リュドミーラを中心として、ヴィクトルの同僚、戦車軍団の指揮官たち、ドイツ捕虜収容所の人々など多くの人々が登場する群像劇となっている。

 

ィクトルの母親が死ぬ前に息子にしたためた手紙が感動的である。実は冒頭はなかなか作品に入れなかったのだが、この痛ましも狂おしい、そして不変の息子への愛を感じ、一気に物語世界へと誘われたのだ。

闘シーンはほとんどない。地下坑道のガス室に閉じ込められ、有毒ガスで空気が汚染されて死んでいく様は読んでいて辛かった。それでも死ぬ間際まで子供を憐れみ、聖母のような気持ちを持つ女性の誇りに胸が熱くなる。

 

ロスマンは、20世紀の前半は偉大な科学的発見、革命、壮大な社会変革と二度の大戦の時代と特徴づけたうえで「人間の従順さ」が明らかになったと述べている。そしてそれは人々に作用した新しい恐ろしい力になったという。(第一部50章 1巻312頁)従順さが、時には自由を自分から遠のけてしまっているという事実に戦慄が走った。

 

運命は人間を導く。しかし、人間は望むから歩んでいく。(第二部44章 2巻344頁)

間の運命は変えられないのかもしれないが、歩むのは人間である。生きるということは、何かを取捨選択しながら進むということ。だから、全てを「運命」のせいにしてはいけない。自分の人生を切り開くのは自分なのだと強く感じた。

 

ィクトルがどんどん嫌な人間になっていく様(しかも自分でもわかっている)が痛々しいのだが、これも戦争のせいなのか。特に三部になるに従いヴィクトルの苦悩と本心が露わになり人間の弱さが剥き出しになる。それでも前を向かなくてはならない。

 

イツの国民社会主義(ナチズム)とソヴィエトのスターリン主義、これらは結局同じものだという結論に至ったグロスマン。どんな人も国も大差はない。みんな同じ人間なのだから。

 

体を通して、著者の考察や哲学が展開される章が胸に突き刺さった。グロスマン自らトルストイ著『戦争と平和』に影響されたと述べている通り、まさしく現代版『戦争と平和』に近く、あの大作の雰囲気を十二分に味わえる。

史大作で内容もさることながら、登場人物の数も半端ない。どちらかというと『戦争と平和』は恋愛模様が多いのに対し、こちらは親子愛が強く描かれていると感じた。『戦争と平和』は私の好きな小説ベスト10に入る。今回この作品を読み、改めて読み直したくなった。去年刊行された望月哲男さん訳(光文社古典新訳文庫)が気になる。

 

れにしても、この作品はみすず書房から新装版として刊行されているのに、見た感じ2012年の初版と何も変わっていない気がする。カバーを一新するなどすれば新装版を買い直す人もいるだろうに。というよりも文庫で出せればもっと多くの人に読まれると思う。文庫出版してる出版社が頑張って権利を買ってほしいものだ。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

『独り舞』李琴峰|台湾人から日本語を教わる

f:id:honzaru:20220916070600j:image

『独り舞』李琴峰

光文社[光文社文庫] 2022.9.16読了

 

前読んだ李琴峰さんの『ポラリスが降り注ぐ夜』がとても良かったので、デビュー作で群像新人文学賞を受賞されているこの作品を読んだ。テーマは『ポラリス〜』と似ており、性的マイノリティに悩む若者の影と光を描いた小説である。

40年以上生きてきてそれなりに本も読んでいるはずなのに、「風声鶴唳(ふうせいかくれい)」も、「草木皆兵(そうもくかいへい)」も、初めて見知った四字熟語だ。どちらも「少しのことでも驚いて、恐れて怯えること」の意味で故事から来ているらしい。また、そばかすを「雀斑」と漢字で表現するのは見たことがなかった。そんなに難しい漢字ではないのに、どうして常用をひらがなにしたのだろう。漢字のほうが美しいのに。

湾人から日本語を教わることがあろうとは。元々日本語は美しいと思っているが、私たちが知らないだけで、本当は日本語はもっともっと深く気高いのだろう。改めて、李さんは日本人よりも美しい文章を書くよなぁと感じ入る。

の小説の文体で、どこか独特の印象を受けるのは、主人公の趙迎梅(ジャウインメー)の名前を主語にせず「彼女は」という代名詞で文章が始まるところだ。だからか、少し距離をおいて見ているような印象を受ける。おそらく、別に日本名も呼び名もある彼女だから、名前なんて実はどうでもいいのかもしれない。

しかしたら、同姓同士の恋愛の方が相手を失った時の悲しみや喪失感は大きいのかもしれないと思った。男女であれば、別れの理由や感性が合わなかったときに「異性だから」とある意味開き直れるというか逃げの理由に出来る。同性だと「わかりあえて一緒になれたはずなのにどうして」と思ってしまう分ショックが大きいんじゃないか。

honzaru.hatenablog.com

『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティー|全てが集約される

f:id:honzaru:20220914071659j:image

『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティー 三川基好/訳

早川書房クリスティー文庫] 2022.9.15読了

 

イトルにある「ゼロ時間」とは、刻一刻と迫る何かのタイムリミットなのか?いや、ここではクライマックスの最後の瞬間のことである。全てが集約されるゼロ時間。普通は殺人事件が最初に起こるのに対して、ここでは逆をいき、ゼロ時間の要因となる現象が次々と展開される。今であればこういう小説は結構多いが、当時は斬新だったと思う。

めの章で、多くの人物の断片的なエピソードが散りばめられている。てんでバラバラな出来事の数々を読んでいると、この小説にどう関係あるのかと疑問に感じる。しかし、全ては繋がっているのだ。あの時こうしていたからこそ、一つの出来事(ここでは犯罪)に繋がる。以前、貫井徳郎さんの『乱反射』を読んでこれに近い内容だったのを思い出した。

ンシリーズかと思っていたら(実際にクリスティー文庫の巻末の著作紹介ではノンシリーズの中に含まれている)、バトル警視はクリスティー作品に5回登場しているらしい。シリーズものではないけれど、端役での登場ということか。こういうのは往年のファンにとっては読んでいてニヤリとするもの。バトルの会話にはエルキュール・ポワロの名前も登場する。

まで読んだノンシリーズの中には、事件が起こらない作品(『春にして君を離れ』)がありそういうタイプも多いらしいが、この作品は本格推理寄りである。登場人物が多いからごちゃごちゃにならないように、本の最初の登場人物紹介頁を何度もまさぐりながらも(クリスティー作品はいつもこの作業が多い!)、鉄板のクリスティー作品でおもしろく読めた。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

『君がいないと小説は書けない』白石一文|自己分析を突き止めた到達点がある

f:id:honzaru:20220909085640j:image

『君がいないと小説は書けない』白石一文

新潮社[新潮文庫] 2022.9.13読了

 

愛する作家の一人、白石一文さんの自伝的小説を読んだ。単行本刊行時から気になっていたが、確かあの時はほぼ同時に刊行された島田雅彦さんの作品(これも自伝的小説)を手に取った記憶がある。

honzaru.hatenablog.com

説のタイトルだけを読むと、君(妻または恋人)がいないと仕事ができない、つまり「君がいないと何もできない」というように、言ってみれば他人に依存してしか生きられないやわな男を描いたものなのか?と訝しんでいた。しかし、読んでみるとそういう話ではなかった。

んというか、深淵に迫るものがあるのだ。自己分析を突き詰めたならではの到達点がある。白石さんはあとがきで、この作品を「思索小説」と呼ぶ。確かに小説っぽくなかった。ある程度歳を重ねた人であれば、この作品を読んで、今までの人生を振り返り、そして今後の生き方の意味を考えることができると思う。

 

々村保古という小説家の男性がこの作品の主人公。ほとんど白石さん本人といっても過言ではない。名前はもちろん変えてあるが、周りに登場する人物もほとんど実在の人物と出来事を連ねている。何よりこんなにも自分のことをさらけ出す白石さんに敬服する。

版業界や編集者についておもしろく読めた。パニック障害を乗り越えた過程や、妻(20年ほど一緒にいるが実際には前妻と離婚していないため婚姻関係にはない)の「ことり」との関係性や不信の糸が語られる。もちろん4匹の猫たちのことも。ところで最初「四匹」と変換されたけど「四」と「匹」が似過ぎて繋げるとちょっと気持ち悪い…。

 

中で野々村は「時間」とは「距離」に過ぎないと考えている。[「現在」は小さな場所のことであり「場所」のみが存在しているのならば、過去と未来は現在からの「距離」で理解される]という文章を読んで、心にすとんと落ちた。つまり、光と同じでなのである。夜空を見て星が光って見えるのは、何億年も前の光をいま見ているということと同じ考え方だろう。

女観の違いについて、女性は出産ができるという特異性があるのに対して、男性には好戦性があるという。つまり、男性は本気で(戦争などで)戦うことができるという特徴があるということだ。また、女性はスーパーやデパートに入った途端、男性とは正反対の反応をすることなども興味深く読めた。男女の思想や行動がわかりやすく展開されている。

 

石さんの感性は私が感じることに近しくて、それをきちんとした言葉でうまく代弁してくれているから心にすとんと落ちる。だから、読んでいて心地が良い。

 

石さんの小説はほとんど読んでいるが、地方都市や街、その土地ならではの料理が詳細に書かれていて独自の匂いが感じられたのは、自らが引越しを繰り返し実際に体験していたからだったのか。2人は引越し魔らしい。ことりが感動して2日で2回読んだという、出逢いのきっかけとなった白石さんのデビュー作『一瞬の光』を再読したくなった。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

『だれも死なない日』ジョゼ・サラマーゴ|死がなくなることの恐ろしさと混乱

f:id:honzaru:20220908070836j:image

『だれも死なない日』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳

河出書房新社 2022.9.10読了

 

はどうして恐ろしいのか。『火の鳥』(手塚治虫著)で永遠の命を欲しいと願っていた人たちは、何故死を恐れ、何のために永遠に生き続けたい(死にたくない)と思っていたのだろうか。

遠の命なんて欲しくない。そう気付いたのはいつからだろう。自分だけが生き残ってしまうという残酷で孤独な世界を映画で見たり小説で読んだからだろうか。確かに1人生き残ることほど辛いことはない。人間は孤独というものが苦手なのだ。

の世で誰も死ななくなったらどうなるのだろう。恐ろしいことがこの小説の中で起こる。「死」がなくなったときに想定されるあらゆる事態が起こる。そして、国内は混乱していく。

も死なないかわりに誰も生まれない。そうなると、この矛盾はないように思える。しかし「老い」がなくなるわけではない。そうなると若者がいなくなりよぼよぼの老人だらけになってしまう。こうして考えると怖い。誰も老いることがなく時が止まるのもまた恐ろしい気がする。

の小説では誰もが死なない。そうなるとかえって1人だけ死ぬことは怖くなるのかもしれない。結局私たち人間は、みんなと一緒でないと不安になる生き物なのだ。

 

(ここから少しネタバレ気味なので、気になる人はご注意ください)

 

初はだらだらと思想めいた蘊蓄や哲学が続いていた(それはそれで好きなのだけど)が、中盤あたりからストーリー性が出てきておもしろくなった。今度は死がやってくる。紫色の封筒に入った手紙が死(モルト)の予告となり、その手紙は郵便配達員の手で運ばれるのだ。「郵便配達は二度ベルをならさない」という文章を読んでにやけてしまう。アメリカのあの小説ね。ケインの作品には郵便配達員なんて出てこなかったけれど。

honzaru.hatenablog.com

めてノーベル賞作家はやはり只者ではないと感じた。こんなに突端な世界を作り上げる豊かな想像力があるなんて。そして、ユーモラスで辛辣な思想の数々が突き刺さる。サラマーゴさん独特の文体で、カギカッコ(「・」)や感嘆符(「?」「!」)がないが、慣れると意外と読みやすく癖になる。3冊読んだ中でいちばんのおすすめはやはり『象の旅』である。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

『むらさきのスカートの女』今村夏子|他人に執着する

f:id:honzaru:20220907071339j:image

『むらさきのスカートの女』今村夏子

朝日新聞出版[朝日文庫] 2022.9.7読了

 

村夏子さんが第161回芥川賞を受賞した作品である。単行本の時から表紙のイラストは同じだが、これなら「水玉のスカートの女」じゃないのかなぁと思っていた。

り合いでもなんでもないのに、ちょっと気になる人っている。私の場合は毎日通勤電車で見かける人だ。降りる駅は決まっていて、ぐっすり眠っているのに、その駅に着く少し前にビクッと起きてドアに向かうその女性。携帯のアラームをつけているわけでもないのにすごいなといつも思っているのだが、もはや身体にしみついた習慣になってるのだろうか。こんな風に、特に思い出して考えるまでもないけれど、その場では気になる存在って誰にでもいるだろう。

の小説の語り手である「わたし」は、近所に住む「むらさきのスカートの女」のことが気になっている。気になっているにとどまらず、仲良くなりたい。近所でもちょっとした有名人の「むらさきのスカートの女」を尾行する様は、まるで興信所の調査員さながら。しかし、むらさきのスカートの女ではなく、段々とこの語り手のことが気になり始める。こんなに他人に執着している執念深いこの語り手は一体なんなんだろう?もしかして…。

はある人物の日常を書いているだけなのに、このぞくぞくした不穏さを感じるのは何故だろう。今までに読んだ作品もそうだが、今村さんの書く文章は圧倒的に読みやすい。誰にでもわかりやすい平易な文章しか使われていない。それなのに、この迫り来るモヤモヤ・ゾクゾクが怖い。巻末に載せられている芥川賞記念エッセイの数々を読むと、作者の今村さんのことが気になってしまう。まるで「むらさきのスカート」の女を見ている「わたし」のように。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

『月の三相』石沢麻依|面の裏側にあるもの|装幀が素晴らしい

f:id:honzaru:20220905070857j:image

『月の三相』石沢麻依

講談社 2022.9.6読了

 

川賞受賞作『貝に続く場所にて』がとても良かったので、受賞後第一作目となる『月の三相』を読んだ。

東ドイツの南マインケロートという街がこの作品の舞台となっている。「面」に惹かれた女性たち、望(のぞみ)、舞踏家グエット、面作家ディアナが主人公である。絵画や文学作品をモチーフにしながら、記憶と歴史を多角的な面(視点)で捉えていくストーリーである。

の街では「眠り病」が流行っているという。ひとたびこの病にかかると、数ヶ月間目を覚まさない。その間に肖像画家が眠り人の肖像を作るならわしがある。この地域ならではの逸話がおもしろい。また、月といえばごつごつしたクレーターのイメージしかないが、この小説で望は、乱視だから月の面が色々な表情に変わると考えている。この感覚もまた新鮮だ。

真は一定の瞬間を切り取るものだが、肖像は常に変わっていく。何故なら、人の顔が年齢を重ねるにつれて変化するように、肖像にも錐を入れていくから。しかし、そうした表面上の変化だけに捉われるのではなく、裏側の表情もなお変わり続けるのだということを考えさせられた。

面の移り変わり方、レースや宝石を思わせる装飾品のような修飾語の数々が、まだわずか2作品しか出していないのに石沢さんの確固たる文体を築いている。しかしストーリーには起伏がほとんどなく抽象的なので、読む人を選ぶかもしれない。私はこの雰囲気は好みである。

の本は装幀がとても美しい。前作とひと続きになっているような天文学的なデザインで、小説の持つ雰囲気や佇まいにとても合っている。装幀を担当されたのは川名潤さん。素敵なデザインだなと思って装幀者を確認すると、彼の名前が載っているのを他にも数冊確認していた。調べてみると有名な方のようだ。本の第一印象(だけでなく永遠にかも)は装幀で決まると言っても過言ではない。これは紙の本ならではの楽しみだ。

honzaru.hatenablog.com

『スクイズ・プレー』ポール・ベンジャミン|もっとオースターさんの探偵ものが読みたくなる

f:id:honzaru:20220904010956j:image

スクイズ・プレー』ポール・ベンジャミン 田口俊樹/訳 ★

新潮社[新潮文庫] 2022.9.4読了

 

んと、ポール・オースターさんが別名義で小説を書いていたなんて!Twitterでフォローしている方のツイート見て初めて知ったのだ。しかもこの作品はデビュー作にしてハードボイルドもの。

決まりの、探偵事務所に依頼人がやってくるところから始まる。タイトルが『スクイズ・プレー』だから野球を連想させる。そう、MVPを取ったこともある元メジャーリーガーのジョージ・チャップマンが依頼主だ。彼のところに命を狙う脅迫状が届いたというのだ。

人公である探偵マックス・クラインのなんとキザでタフガイなことか!ま、これもお決まりなんだけど、オースターさんが書くと妙におかしみが混じって、人間味あふれるキャラクターに仕上がる。ある会社の受付にいた痩せぎすの女性、たまたま乗り合わせたタクシー運転手、乗り込んできたギャングの手下、彼らと交わすマックスの会話はいちいちおもしろくクスっと笑ってしまう。

ポーツ観戦といえば私は野球が1番好きなのだが、メジャーリーグのスタジアムをまた訪れたいと思った。実は昔、会社の海外研修でニューヨークに行った時、松井秀喜さんを見るためにヤンキーススタジアムに行ってホームランを目の前で見たのに、その頃はそんなに野球観戦に興味がなかったのかホームランのことしか覚えていなく。メジャーリーグの雰囲気を今ならもっと味わえるのになぁ。出来れば大谷選手を見たい!

の作品がオースターさんのデビュー作ということだし、毛色の違う(しかも2作目以降はやめている)探偵ものということでそんなに期待してなかったのだけれど、かなり楽しめた!探偵ものも書けるなんて、もっと読みたい。やっぱりオースターさん、控えめに言っても最高(この文章を自分が発するとは…笑)。しかし、スクイズって野球用語のスクイズだけかと思っていたら…。

くあるこってりハードボイルドよりも読みやすい。チャンドラー作品に比べると軽く読めてサクサク。オースター作品を全部読んだわけではないが、中でもお気に入りは『ムーン・パレス』と『ブルックリン・フォリーズ』で、この作品はそれに次いで好きな小説になった。

もそも柴田元幸さん以外の方が訳したオースター作品は初めてだったが、なんとこちらも名訳者田口俊樹さん。やはり読みやすくそれでいて原文に漂う雰囲気も醸し出しているよう(原文は読めないけど、いつもの柴田さん訳で感じられるオースター臭がする)。

はこの本と一緒に新潮文庫からオースターさんの作品がもう一冊同時刊行されていて買ったのだけど(こちらは柴田元幸さん訳)、それはもう少し時間を置いてから読むことにする。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

『ルコネサンス』有吉玉青|透明感と美しさが共存する父娘の物語

f:id:honzaru:20220902073405j:image

『ルコネサンス』有吉玉青

集英社 2022.9.3読了

 

者の有吉玉青さんは有吉佐和子さんの娘である。お母さんの佐和子さんの作品は結構好きで何冊か読んでいるが、娘さんも小説を書いていたのは知らなかった。玉青と書いて「たまお」と読むこの名前がとても素敵だ。自伝的要素を取り入れたフィクションになっている。 

「ルコネサンス」という言葉を知らなかったから、最初はルネサンスかと勘違いしてしまった。フランス語で、感謝、再認、承認、告白、偵察、踏査、などの様々な意味がある。

後すぐに両親が離婚して母親に育てられたから、珠絵(たまえ)は、実の父親に26年間会ったことがない。決して恨んでいたわけではない、顔もわからない父親だったから何の感情も持てなかったのだろう。あることをきっかけに珠絵は、ジンさん(父親)に会うことになり、いつしか男性としてみてしまっていることに気付く。

子って、家族ってなんだろうと改めて考えさせられた。「家族はいいところも悪いところも見えてしまう分、尊敬しにくいのではないか?」という文章を読んでハッとする。確かにそうかもしれない。親や兄弟は好きも嫌いもなく離れられない存在。どうして学校では親を尊敬しなさいと言われるのか。そういえば、学校で先生は理由を説明してくれなかった。

子の愛にとどまらず、男女の愛をも描いたこの作品には、不思議な透明感と静かな美しさが共存している。ラストは自然と涙がつーっと流れた。ルコネサンスに色々な意味があるように、愛にも色々あって、人の想いは本当にそれぞれだ。決して同じ想いはあるわけではなく、近しい想いを抱くもの同士が似ていると感じるのだろう。

和子さんよりもいくらかつつましい香りがする文章だった。時代なのか、佐和子さんの書くもののほうが強くたくましい。でもやはり血筋なのだろう、文章は巧みで文才は受け継がれている。作中で大学院生の珠絵はサルトルの研究をしており、その哲学は小説のテーマの根幹にもなっている。そういえばサルトル著『嘔吐』を前から読もう読もうと思っていたのをすっかり忘れていた。

honzaru.hatenablog.com

『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン|「ハイ!みんな!」ピップの爽快な挨拶とひたむきな信念

f:id:honzaru:20220830073253j:image

『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン 服部京子/訳 ★

東京創元社創元推理文庫] 2022.9.1読了

 

待ちかねの『自由研究には向かない殺人』の続編である。今年の初めに『自由研究〜』を読んでめちゃくちゃおもしろくて、次回作を楽しみにしていたから期待値半端なく読んだ。

honzaru.hatenablog.com

編でシリーズ2作めといっても、一続きの作品といっていいほど内容が重なっている。ピップとラディ以外の登場人物も前作とかなりかぶる。だから、これから読む人は絶対に前作から読まないとダメ。そうじゃないとおもしろさは半減すると思う。そして、間を置かずに続けて読むのがおすすめだ。

 

ップは、友人のコナーから、兄のジェイミーが失踪したようなので捜して欲しいと依頼される。前回のこともあるから、もう事件には介入しない、高校生で探偵の真似事なんてしないと誓っていたけれど血が騒いでしまった。だって近くにいる人が助けを求めているんだから。

自分の仕事じゃないけど、自分の責任のような気がする。(中略)自分はジェイミーを助けられる唯一の人間じゃないかもしれないけど、いまここにいて手をさしのべられるのはわたしだけ。(191頁)

作同様、ピップはSNSを通じて事件解決の手段とする。なんせ、前回の事件を解決した彼女には60万人のリスナーがいるのだから。この作品ではポッドキャストをメインに使う。ポッドキャストとは「iPod」と「broadcast」が組み合わさった造語で、音声や動画などのデータをネット上に公開する手段のひとつ。私は使ったことがないのだけれど、聞かせる方も聞く方も簡単に使いこなせそう。

代のソーシャル・メディアがふんだんに使われている小説は個人的にそんなに好まないのに、どうしてだかピップの手にかかると不思議といい感じになるのはどうしてだろう。むしろ心地いい。このテンポがいいのかしら。もう私たちの日常生活に当たり前のようにあるからだろうか。

ップは、その時々の心情を臆せずに文章にする。それが地の文であれ、メール、インスタ、ポッドキャスト、そしてファイルの中におさめた記録であれ。もう、読んでいる私たちも探偵気取りになり、少しづつ事件解決のために前に進んでいる感じがして、目が離せない。

ップは誰が相手でも、最初に必ず挨拶を交わす。「ハイ!」「こんにちは」って笑顔で。声が聞こえてきそう。そんなふうに言われたら思わずこちらも返事をしてしまう爽快さ。この掛け合いがピップたらしめていると思う。明るさ、どんなことにも突き進む若さ、聡明さ、ピップの魅力は計り知れない。

待を裏切らず文句なしにおもしろかった。めくるめくストーリー展開にワクワクさせられ、時に同情したり憤ったり。私としては珍しく犯人が結構早い段階でわかってしまったけど。三部作のようだからあと1冊あるみたいで、これも楽しみに待つのみだ。

れにしても、相棒のラヴィはなんて素敵なんだろう。今のところは探偵の相棒役で良きパートナーだけど、心は深いところで通じ合ってる2人。次作ではこの関係がさらに深まりそうでそれも楽しみだ。