書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『ミッドナイトスワン』内田英治/白鳥の湖は悲劇であるけれど

f:id:honzaru:20201128170820j:image

『ミッドナイトスワン』内田英治

文春文庫 2020.11.28読了

 

彅剛さんの演技が素晴らしいと評判の映画『ミッドナイトスワン』を、監督自ら小説にした。本当は原作があって映画化、という流れでないとどうも納得できない(原作を大事にしたい)のだけれど、過去に『ゆれる』という、これも映画からノベライズした西川美和さんの小説を読んだときに、なかなかおもしろかったから、今回も少し期待をよせて読んでみた。

の内田監督は『全裸監督』を撮った方だ。映画で演じた山田孝之さんよりも、裸になって被写体を撮る本来の全裸監督(村西まもるさん)の姿は、初めて見た時衝撃を受けた。今回の『ミッドナイトスワン』もニューハーフの世界を描いた作品で興味をそそられる。

うすぐ40歳になる凪沙(なぎさ)は、完全に女性になるための手術費用を稼ごうと新宿のニューハーフクラブで働いている。ひょんなことから、親戚である12歳の一果(いちか)を一時的に預かることになる。一果は地元で母親から虐待され問題児となっていた。2人は初めはそっけない態度で接していたが、バレエをきっかけに変わり始める。

ェンダーの話がほとんどだと思っていたけれど、バレエのこと、思春期の友情のこと、親子のことなどさまざまな視点から物語が綴られる。それぞれが持つ夢と希望が儚くも砕けちる様が、哀しいのに美しくもある。ある程度結末が予想できるのに頁をめくる手が止まらない。

を読んで登場人物に共感できると、その作品に入り込みやすい。しかしトランスジェンダーの方はまだまだ割合としては少なくて、なかなか想像できない世界だ。それでもその世界を知りたい、理解したいと私たちは惹かれる。

うにトランスジェンダーの方たちは、誰よりも繊細で素直で美しい心を持っている。何か一つのことに突出した才能を持っている方も多い。それを活かせる世の中になるといい。いつか「男らしい」とか「女らしい」という言葉は無くなるのではないだろうか。

はり監督でかつ脚本家なら、それなりの小説は書けるんだなぁ。太田愛さんなんてまさにそうだ。『相棒』シリーズの脚本家なだけあって見事なエンタメ小説を作った。『犯罪者』から始まるシリーズ3部作は夢中で読めた。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

段脚本を書いているから、どうしても会話文が多くなってしまう。三人称で書かれている対象がいきなり変わって戸惑ったりもする。そして細かい情報を読者に与えすぎてしまうこともある。それでも、ドラマか映画を観ているようにすうっと頭に入るストーリーは、本を読むという少し頭を使う行為なのに全く疲れることなく楽しむことができる。でもたぶん、この作品は映画の方がきっと良いんじゃないかな。

『JR上野駅公園口』柳美里/光に見つけられますように

f:id:honzaru:20201126004937j:image

『JR上野駅公園口』柳美里

河出文庫 2020.11.26読了

 

野駅には年に2回ほど訪れる。目的は美術展だ。上野には美術館や博物館が数多くあり、特に全国(美術展については世界)をまわるほどの大きな美術展は上野で開催されることが多い。目的が美術館である以上、私が利用するのはもっぱらJRの公園口だ。そう、この本のタイトルにもなっている公園口。その公園口改札がリニューアルされたのは、今年に入ってからだったと思う。

週、嬉しいニュースが飛び込んできた。アメリカで最も権威のある文学賞のひとつ、全米文学賞翻訳部門に、柳美里さんの『JR上野駅公園口』が選ばれたのだ。柳さんの作品は大好きなので嬉しい。ラッキーなことに、賞の候補に選ばれたときにこの本を購入していた。

賞は必然だったのかもしれない。今読まれるべき作品で、かつ母国語ではなく翻訳で受賞したことにも意味がある気がする。(※ストーリーに大きく触れてはいませんが、予備知識なしで作品を読みたい方は注意してください)

野に住み着いた70代のホームレス男性が主人公。彼は決して豊かとはいえない自分の人生を振り返る。彼の回想と、上野を行き交う多くの人の声がこだまして同時進行する。天皇陛下上野恩賜公園を訪れる準備として、「山狩り」という特別清掃、いわばホームレス排除がされているなんて知らなかった。

光は照らすのではない。

照らすものを見つけるだけだ。(55頁)

を読んでいると、たまに心がざわっとする文章に出会うことがある。この文章を読んだ時がまさにそうだ。そうか、光は自分から照らすものを見つけて、それにスポットを当てるのか。物理的には照明や太陽光がそんなわけはないのだけれど、内面的、心情的にすごくわかる気がする。

的な展開があるわけでもない。むしろ暗くひっそりと、どちらかというと希望を見出せない。それはホームレスの彼に焦点を当てているから。でも、上野を行き交う多くの人々にもそれぞれの人生があり、彼よりももっともっと苦しみ運がないと嘆く人もいるだろう。要は、どんな姿形をしていようと個々の人生はわからないのだ。それでも、誰しもが光に照らされるよう、光に見つけられるようにと願う。

野や浅草は東京の中でも外国人観光客が多く訪れる場所だ。作品が書かれた当時は、柳さんも2回目の東京オリンピックを想像したことだろう。それが2020年がこんな風になってしまうなんて。天皇制や作中に出てくる浄土真宗の教えは、日本が世界に誇るべきもの。これを読んで、またいつの日か落ち着いたら、たくさんの外国人に日本に来てもらい、好きになってほしい。

はり柳美里さんの作品は好き。作品だけでなくて「ゆう・みり」という響きも心地良い。昔書かれたものは、錐(きり)でえぐられるような鋭さを感じる小説が多かったのだけれど、柳さん自身が歳を重ねるにつれ、深みと優しさのようなものが作品に表れてきた気がする。これからも、柳さんの作品は読み続ける。いつか南相馬市の書店「フルハウス」にも行ってみたいなぁ。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

 

『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール/地球規模で考えよう

f:id:honzaru:20201124082609j:image

『ママ、最後の抱擁 わたしたちに動物の情動がわかるのか』フランス・ドゥ・ヴァール 柴田裕之/訳

紀伊国屋書店 2020.11.25読了

 

動は感情とは別物であると著者は言う。「感情」は内面の主観的状態であり、自分の感情については言葉で伝え合う。一方、「情動」は身体的・心的状態であり行動を促す。情動は特定の刺激で引き起こされ変化を伴うため外側からでも感知できる。この本では、人間である我々が他の動物を見て情動を理解できるのかどうかを著者は語る。

ちろん本猿としては、表紙が猿、チンパンジーだったが故に書店で目に止まった。そしてパラパラとめくってみると、巻頭にいくつかの猿の写真。猿好きとしては読んでみたくなるもの。こういう科学書のようなものって、私はたいてい途中から飽きてしまうのだけれど、チンパンジーボノボが何度も登場するから最後まで興味深く読むことが出来た。

f:id:honzaru:20201126002813j:image

マ、とは母親(Mother)のことではなく、オランダのバーガーズ動物園にいたアルファメス(最上位のメス)で年老いたチンパンジーの名前だ。40年来の友であるヤン教授が病で死の床にあるママに会いに行くと、教授を抱きしめて歯を剥いて大きく笑った。このような触れ合いは前代未聞のことだそう。この出来事から連想し、動物の情動について研究し考察したことがこの本に書かれている。

動というものについてはほとんど認識したことがない。わかりやすい例えが、オリンピックで金メダルを取った選手が、上に手を上げ身体を大きくし喜びを表す。これは情動だという。過去の選手を見て、喜びを表現するこの動きを視覚から取得したものではないことは、盲目のパラリンピック選手(産まれた時から全盲)が同じ表現をすることからも納得できた。感情表現とは異なる情動。

間だけが「赤面する」哺乳類だということは考えてもみなかった。かのマーク・トゥウェイン氏もこれに気付いていたとはさすがである。また、ラット(ねずみ)ですら、情動があることに驚いた。逃げ出さないようにラットを檻の中に入れ、それを入れるさらに大きな檻に別のラットを入れると檻に入ったラットを助けようとしたのだ。

学的、生物学的な本を読むと、普段なら見過ごしてしまう「なぜ」に気付く。世界規模、地球規模の観点だから、自分たちが考え悩むことが本当にちっぽけなものに思える。思えば文学はこの対極にいるようで、内なる狭い世界をつつくようなものだ。人間が我が物顔で生存する地球だけれど、どんな生物にも生きるための意味がある。もっと地球規模でモノを考えなくてはと改めた。

リ袋を買わずにエコバッグを持ち歩くこと、プラスチックストローを使わないこと、省エネを心がけること、地球環境に優しい洗剤を使うこと、そんな小さな積み重ねから。出来ることから。動物好きとしては、彼らが住まう場所を汚してほしくない。

『マーティン・ドレスラーの夢』スティーヴン・ミルハウザー/夢を追い続ける人は満足することがない

f:id:honzaru:20201122125106j:image

「マーティン・ドレスラーの夢』スティーヴン・ミルハウザー 柴田元幸/訳 ★

白水Uブックス 2020.11.23読了

 

年の夏にスティーヴン・ミルハウザーさんの『エドウィン・マルハウス』を読んで、その独特な世界観に圧倒された。次は柴田元幸さん訳の作品を読もうと思い、ピュリッツアー賞を受賞した本作品を読むことにした。アメリカで権威のある文学賞を受賞し彼を代表する作品であることがうなずける、素晴らしい小説だった。

honzaru.hatenablog.com

メリカン・ドリームを扱っていることから、『グレート・ギャツビー』を連想する人も多いだろう。まさしくアメリカ人が好きそうな、立身出世を夢見る1人の男性の物語。葉巻店を営む父親の元で働いていたが、近くのホテルの従業員に見初められ、ベルボーイとして働くことになるマーティン少年。そこから彼の大きな夢は広がっていく。

段を降りたときにもう一段あると思って足を踏み外す時のふわっとした感じが、エレベーターが止まるときのふわっとした感覚に似てるとマーティン少年は気付く。こういう些細な感覚が自分の好みに合ってるんだよなぁ。夢の中で足を踏み外すことも私としては結構ある。

うに、自分好みの作品かどうかは、文章や文体、ストーリーだけではなく、普段何気なく感じたり気になることが似ているかどうかが大きい。そんなわけで、この作品も肌に合う、読み心地の良い作品だった。たぶん訳者が柴田元幸さんだからというのもある。

華絢爛なホテルとアパートメント、レストラン、百貨店、劇場、娯楽エンターテイメント、庭園などを有する複合タワーを次々と建築する様は読んでいるだけで夢があってわくわくする。きらびやかなその世界に迷い込んだかのよう。しかし地上高いタワーだけでなく地下に何層にも掘り続けていく様は、孤独から這い上がれない人間の孤独を表しているかのよう。

を追い求める人は、成功しても一向に満足しないのかもしれない。何か満ち足りない想いがくすぶって更に上へ上へと高みを目指すのだけど、安らぎのようなものが手に入らない。もしかしたらマーティンはビジネスとしては成功したけれど、真実の愛を得ることが出来なかったのかもしれない。

ころで、白水社が単行本刊行後に文庫本のような形で刊行しているのが「白水Uブックス」であろうか。新書サイズだが、新書のフォントよりも小さい文字が1行に長く印字されているせいか、いささか読みづらさを感じる。優れた海外作品が多いレーベルなので少し惜しい気がする。

『夏の災厄』篠田節子/感染症の小説は今は重い/祝・全米図書賞受賞の柳美里さん

f:id:honzaru:20201121001741j:image

『夏の災厄』篠田節子

角川文庫 2020.11.21読了

 

脳炎は、1920年代に岡山県で死者が多数発生したことからその名が付けられた。日本脳炎ウイルスを保有する蚊に刺されて発症する感染症である。今はあまり聞かないが、それでも年に10人程度は感染者が存在する。

玉県のある地域でこの日本脳炎に似た症例が多く発生する。しかし、日本脳炎とは異なる「光を眩しく感じる」「香水のような匂いを感じる」症状を患者は訴える。これは別のウイルスなのか?疑いを持つ保健センターの職員、看護師、診療所の医師たち。

ういった感染症を取り上げた作品を読んでいつも思うのが、患者やその家族、保健所や病院で働く方、マスコミ、ワクチン開発者、遠くからニュースを観ているだけの傍観者たち、それぞれの温度が違いすぎること。私たちが耳を傾けなくてはいけないのは、やはり1番現場に近い患者や家族、そして医療従事者。決してテレビや政治家じゃないんだ。

田節子さんの小説は結構読んでいるが、綿密な取材と膨大な資料の読み込みがされており、毎回読み応えのある作品に仕上がっている。そして何より文章に読ませる力があるのだ。最近の篠田さんの小説は信仰がテーマになることが多いのだが、この作品は少し色合いが異なる。感染症をテーマにした怒涛のストーリー展開が太田愛さんの小説を思わせる。

かし、ここ最近日本では新型コロナウイルス第三波ということで感染が爆発し、テレビをつけてもそのニュースばかり、ネットでも即座に目に飛び込んでくる。読みかけの本を開いても、あぁ、また感染症の話…。ちょっと陰鬱な気分になってしまう。いま読むべきではなかったかなと。いくらこの本がおもしろくても、世間に今それを伝えるのは憚られるのが心情だ。

ころで、これを読んでいる時に柳美里さんの『JR上野駅公園口』が全米図書賞翻訳部門を受賞したというニュースが飛び込んできた。柳美里さんは大好きな作家の1人なので嬉しい。しかもちょうど全米図書賞の候補に選ばれたタイミングでこの本を購入していたからラッキーだ。近いうちに読もう。

honzaru.hatenablog.com 

honzaru.hatenablog.com

 

『孔丘』宮城谷昌光/教えることは学ぶこと

f:id:honzaru:20201117083855j:image

『孔丘』宮城谷昌光

文藝春秋 2020.11.18読了

 

秋時代の中国の思想家であり、儒教の始祖とされる孔子孔子による思想がのちに弟子たちによって『論語』にまとめられた。この本で「孔子」ではなく「孔丘」となっているのは、著者の宮城谷さんが人間である彼自身のことを書きたかったからだという。孔家の丘、「丘」というのは名前だったようだ。確かに孔子と聞くと、神様のような、聖人君子のような、簡単に触れてはいけない神格化されたもののように思える。

子、孟子は、授業で習った程度でしっかり学んだことがない。「論語」も読み通していない。ちなみに、プロ野球日本ハムの栗山監督(なんと来年で監督10年目というから驚きだ!)は、チームに入った選手には渋沢栄一著『論語と算盤』を渡すそうだ。

語を読んでみようと思い立ったわけではないのだが、書店に平積みされた表紙を見て、孔子の生涯はどのようなものか気になった。「論語」は、孔子の教えを弟子に教える様が漢文形式で書かれており、横に注釈や訳などで説明されているものが多い。読み進めるのは困難だけれど、小説になっていれば理解しやすいかもしれないと。

元前の中国のことはイメージがつかなかったが、孔丘の生涯を史実を基にして筋立てられておりわかりやすかった。もちろんフィクションだが「こんな感じだったのか」と遥か2500年前の中国を想像する。孔丘が離婚も経験していたとは。孔丘も1人の男性だったんだなぁと考えるとなんだかおかしい。

誌に連載されていたからか各章ごとにひとかたまりになり、それぞれに必ず教訓めいたものが隠れている。まるで教養書のような趣で、背筋をぴんと正さなくてはという気になる。いま当たり前にある「学校」「教師」「学問」だが、そもそも人に「教える」という概念は、孔丘が始めたらしい。

ぶということに死ぬまで貪欲であった孔丘は、生涯に渡り学び続けた。「人に教えることで自身が成長する、自身の学びになる」とは、孔丘から語り継がれた言葉なのだ。仕事でもなんでも、自分でやってしまったほうが早い。教えることは結構エネルギーもいるし正直面倒だ。しかし、なるべく積極的に教えることをしようと思った。それが自分を成長させるのだから。

にとって最良の贈り物は「ことば」であると孔丘は言う。下記に引用した孔丘のことばの意味を汲み取り、糧にしようと思う。

努力しなければ成就しない。苦労しなければ功はない。衷心がなければ親交はない。信用がなければ履行されない。恭(つつし)まなければ礼を失う。この五つをこころがけることだ。(566頁)

木賞をはじめ多くの文学賞を受賞、また紫綬勲章も2006年に受章しており、日本で偉大な作家の1人である宮城谷昌光さんだが、実は私初読みである。難しそうだしどれも長編だしと、手を出せずにいたのだ。しかしこれが杞憂に終わり読みやすかった。

らかく落ち着いた無駄のない文章が、はるか昔の古代中国へ誘う。司馬遼太郎さんが存命しない今の日本では、確実に歴史小説の最前線にいる国民的作家である。

『キャロル』パトリシア・ハイスミス/頭の中は愛する人でいっぱい

f:id:honzaru:20201115131506j:image

『キャロル』パトリシア・ハイスミス 柿沼瑛子/訳

河出文庫 2020.11.16読了

 

日読んだ『太陽がいっぱい』で、リプリー作品には続きがあると知り読もうとしていたのだが、先にこの『キャロル』を読んだ。当時この小説はパトリシアさん名義ではなく、クレア・モーガンという別名義で出された。

honzaru.hatenablog.com

でこそ同性同士の恋愛は特別なことではないし、映画や本などいたるところに溢れている。現実にもたくさんいて、国によっては婚姻も認められている。少しづつ理解が広まっている。ジェンダーレスな未来に幸あれ。でもこの小説の舞台は50年以上前で、当事者は今以上にかなり肩身の狭い思いをしていた。

パートでアルバイトをする19歳のテレーズは、ブロンドの髪をなびかせる美しい人妻と出逢う。お互いに惹かれる2人はいつしか旅行にいくまでになる。テレーズには恋人が、キャロルには夫と子供もいるのに。2人の危険な関係がこの先どうなるのかスリリングな展開を期待するような、しないような。

スペンス作家として名高いパトリシアさんだけど、私はこの恋愛小説のほうが好きかもしれない。相手が同性なだけで、恋に落ちる瞬間や、ふとした相手の表情だけで元気になれたり、ふとしたことで気分を害したり、切ないまでの胸の内が手にとるようにわかる。というか、想い出す。

レーズの成長を描いたストーリーともいえる。19歳のテレーズの頭の中は「キャロル、キャロル、キャロル!」でいっぱいだ。だからこのタイトルは『キャロル』なんだと思う。テレーズよりも20歳くらい上のキャロルの頭の中は、多分テレーズでいっぱいではない。歳を重ねるとわかるのよ、と作中でもキャロルは諭す。

トリシアさんが別名義でこの作品を世に出したのは、レズビアン作家というレッテルを貼られたくなかったからだという。それだけ、刊行時は蔑視されていたのだろう。でも、この作品で、テレーズのひたむきな感情を素直に表し得たことは、著者がひた隠しにしていた同性愛者だったことからも納得が出来る。これほど真実味を帯びた艶めかしい表現とその気持ちは本心でないと伝わらない。

も、同性同士の恋愛を描いたどの小説よりも、なんだかきれいなのだ。じめじめとねばつく嫌らしい感じが一切ない。異性との普通の恋愛小説、はては不倫の話よりもむしろ神々しいほど。ひたすら美しい恋愛小説だと思う。読み終えた今、すがすがしく感じる。

画のほうもとても評判が良い。なんでもキャロル役のケイト・ブランシェットさんが美しすぎるよう。テレーズ役のルーニー・マーラさんももちろんキュートで素敵(ホアキン・フェニックスさんとの間に産まれた息子の名前は、なんとリヴァー!)。映画も今度堪能したいなぁ。

honzaru.hatenablog.com 

honzaru.hatenablog.com

 

『野球盲導犬チビの告白』井上ひさし/野球アニメを観ているかのよう

f:id:honzaru:20201113082859j:image

『野球盲導犬チビの告白』井上ひさし

実業之日本社文庫 2020.11.14読了

 

体に障害を抱えている人でも競技ができ、かつメダルを競えるという素晴らしいスポーツのイベント、パラリンピック。オリンピックの直後に開催される世界大会である。もちろん、障害をもつ方だけで行う競技や大会は他にも多くある。この小説では、なんと盲目の田中一郎が、プロ野球チームに混ざりプレーをして一大選手となる。

れだけではない。その一郎の目となり、グラウンドで助けるのが盲導犬チビだ。「野球盲導犬」というあたかも存在するような名前がついているが、もちろん架空の言葉だ。このチビが、一郎と日本の野球界について犬目線で語るストーリー。なんだか、アニメにありそうな感じ。

の設定の非現実性から、最初は冗談半分で軽く読んでいたのだが、だんだんとこれが現実であるかのように思えてしまう。これが井上ひさしマジックだろう。ユーモア混じりで優しい井上さんの文章は、やはりさすがだと感じる。たぶん、井上さん自身楽しんでこの小説を書いたんだろうなぁ。

球好きなら楽しく読めると思う。過去の偉大な選手のことや打撃や守備、ボールのことまで、綿密な資料を紐解き詳細に書かれている。虚構と史実が巧みに絡み合う。ただ、あまり野球に興味がない人にとっては、だらだらと果てなく感じてしまうかもしれない。

球というスポーツを通して、盲目の人達や日本における盲導犬の現状をも訴えている。そして、生きるうえで大切なことは、決して目に見えるものだけではないことも井上さんは説いている。

自身は野球は好きで球場にも足を運ぶ。今年はコロナ禍の影響で回数は多くなかったが、観客数を抑えての観戦、声出しと応援禁止という応援方法は結構好きである。キャッチャーミットに納まるボールの音、ピッチャーが放つボールを芯で捉えた打球の音がしっかりと耳に入り、プロスポーツを生で観られている感覚が良い。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

 

『非色』有吉佐和子/結局どこでも差別は起こる

f:id:honzaru:20201111082333j:image

『非色(ひしょく)』有吉佐和子

河出文庫 2020.11.12読了

 

の作品のことは知らなかった。というのも、長らく重版未定状態にあったからだ。使われている言葉に、差別と捉えかねない表現が多くあるのだ。巻末に有吉さんのお嬢様のよせがきがあるが、戸惑いながらも、この本の意義を編集者に熱く語られて、今回の復刊を了承したという。

は読んだ後、この小説は世に出すべきだと強く思った。確かに「ニグロ」「黒んぼ」など、今ではNGである差別用語が多く飛び交っている。しかし、日本人である笑子(えみこ)を通して語られるありのままの差別問題は、私たち日本人が読むことに大変意義があると思う。

別用語が飛び交っていると言ったが、肌の色による差別のことだけではない。文中に「かわりに背のおそろしく低い女が働いていた(162頁)」とある。これは単に背が低い人を指しているわけではなく、低身長症やターナー症候群など病気を持つ人のことだろう。

でこそ規制が厳しくなっているが、普段の生活で差別をしないように、発言をしないように、それを教えるのは書物の中であることは決して間違いではないと思うのだ。だって、誰がどうやって子供にちゃんと教える?本を読み、差別する側とされる側の気持ちを考えられることで、ようやく本当に理解できると思うのに。現代社会では、表現の自由が規制され過ぎて、学ぶ場が抑え込まれていることも問題だ。

アメリカでは、黒人・人種問題を取り上げた作品は多い。それは今でも根強い問題としてあるからだ。黒人や在留外国人が主人公であることが多い。この本では普通の日本女性の笑子が主人公で、彼女の視点から差別問題を暴いたことに大変意味がある。タイトル 『非色』は、「色に非(あら)ず」ということ。笑子は日本とニューヨークで、黒人の妻として、混血児の母親として生き、本当の差別は「肌の色」によるものではないと気付く。

ラクオバマさんが黒人で初めて大統領となった。そして今回バイデン政権が誕生したら、副大統領に黒人女性で初めてカマラ・ハリスさんが就任されることになる。数十年後には、米国における白人・黒人の比率で黒人が上回るという。もしかしたら、人種差別問題も何らかの形で変わってくるかもしれない。

和の女傑文豪といえば、私の中で宮尾登美子さん、三浦綾子さん、有吉佐和子さんの3人がセットになっている。それぞれに独特の言い回しや、女性ならではのしなやかで慎ましい文体が特徴的だ。何より、強さと儚さをあわせ持つ女性を描くのが上手い。

の3人の中で、現代に近いテーマを書くことが多く、文体も古めかしくないのが有吉さんだ。だから、一番復刊が多いのだろう。この作品も1964年に書かれたとは到底思えない。今書かれたと聞いても驚かないほど時代の先端にある。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com 

『千の扉』柴崎友香/無機質な数多の引き出しの中に無数の生き方がある

f:id:honzaru:20201109084513j:image

『千の扉』柴崎友香

中公文庫 2020.11.10読了

 

京の古い団地に引っ越してきた千歳と夫の一俊。その部屋は元々一俊の祖父が住んでいた部屋で、療養中のため戻るまで夫婦で住んで欲しいと言う。千歳は祖父から、団地内のある人物を探して欲しいとこっそりと頼まれる。人探しという点ではミステリだが、その他は特別なことは起こらない。日常の出来事が過去と交差し、団地に関わりがある人の視点で淡々と語られる。

のような団地は全国の至るところにある。古い団地はおそらくバブル期に建てられたものが多く、建設当時は人気があり抽選倍率も高かった。今もなお残っている団地には、お年寄りが1人で住んでいたり、世代交代したりと当初の面影はほとんどなく、廃れゆく建物もあるだろう。

地は同じ棟が何棟もあり、一つ一つの部屋も同じ間取りで、外から見ると整列した無機質な引き出しなのに、それぞれの中には全く異なる人の様々な人生がある。そのいくつかの扉を柴崎さんは開ける。きっと都心部の高級タワーマンションも、30〜40年後には見方も価値も変わっている気がする。

崎さんの文章は、彷徨ってしまいなんだか迷子になりそうだ。時空を超えたストーリーだからではない。どうしてだろう、と考えてみると、おそらく主語がわからなくなったりどの単語に掛かっているかわからない修飾語が出ることがあるからなのだ。基本的には読みやすく綺麗な文章なのに、たまに出てくる。私の読解力不足もあるだろうが、おそらく意図してこのような文章にしたのだと思う。この感覚は、柳美里さんの作品を読んでいる時にも感じる。

けど文体は嫌いではない。というか、むしろ好きなほう。なんとなく癖になりそうな予感。情景のなかに人の心理がうまく投影されている。ストーリーよりもむしろ、文章をかみしめて味わう読み方が好きな人に合うかもしれない。

川賞も受賞しており、いくつかの作品が映画化もされているようだが、柴崎さんの作品は初読みだ。東出昌大さんと唐田えりかさんが共演したという話題の映画『寝ても覚めても』の原作を書いた人というから、もっと恋愛小説感が強いのかと思っていた。これは主演2人のイメージかもしれないけど笑。他の作品もじっくり読んでみたい。