書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『小島』小山田浩子|湿原に咲く草花のように

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『小島』小山田浩子 ★

新潮社[新潮文庫] 2026.07.31読了

 

山田さんの小説で未読だったのは確かこの本だけ。この先はもう新刊を待ちわびるしかない。タイトルだけ見ると「コジマじゃなくてオジマだよ!」という例のアレを思い浮かべてしまう。

 

題作『小島』は、被災地ボランティアの話。主人公は2回目のボランティア参加で、ある被災者の畑の整備をするという任務に就く。20人以上のボランティアの人たちをまとめる人がいて、一日はこうして始まりこうして終わるんだなというのがわかる。ボランティアをする人にも様々な理由、きっかけがあって、意外と「自分のため」に参加する人が結構いるのかもしれない。理由はどうあれ、こういう人たちがいないと被災地はとうてい復興はしていかないし、とても大切な意識と行動だ。先日の熊本地震でもボランティア受け入れが始まった。

 

題作を含めて全部で14の短編が収められている。うち短めの作品3つが連なり、それは広島カープを題材にしたものでカープ愛に満ちていた。私も数年前まである野球チームのファンだったから、登場するファンの気持ちはなんとなくわかる。声を出してめちゃくちゃに応援する人だけでなくて、内に秘めた何かを持った静かなファンもいて様々だ。

 

『けば』の職場での飲み会の場面の会話、『子猿』でのとある朝の何気ない夫婦の会話、もうそこにいるかのように情景が手に取るように感じられる。「よくある」「わかる!」と感じる会話が多くていちいち共感してしまう。また、多くの作品で草花や動植物など、自然の営みが感じられた。小さい子の視点と大人の視点がいい具合にぶつかり合っている。

 

行に持っていく本は毎回めちゃくちゃ悩む。今年の夏は2回目の立山黒部アルペンルートに行き山の中腹のホテルに一泊したのだが、そこで良い空気と小鳥のさえずりと共に読書をしようと思っていたのだが、、まぁいつものことで旅先での読書は進まず…。そのホテルではアクティビティイベントが開催されていて、夕方から高原植物を探しにホテルスタッフと散策。『園の花』では毒のある草花を探す園児の様子が描かれているのだが、小さい時から植物博士っぽい子はいたよなぁ、こういう子が大人になったら博士になるかこういう場所で働くのかなぁなんて思ったり。小山田さんの作品は湿原のようだと思う。湿原に咲く草花をパシャリ。

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ての作品がうっとりするほど読み心地が素晴らしくて、肌に合うというか心に寄り添うというか、読んでいてすこぶる落ち着く。ずっと読んでいたい。小山田さんの本では初めて読んだ『最近』が一番好きだが、この『小島』はその次に好きかも。それぞれの作品はどこにでもある日常が書かれただけだからきっと内容はすぐに忘れてしまうのだろうけれど、心地良さはずっと忘れないはず。小山田さんの記す日常の一コマ一コマと感性が大好きだ。

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『骸骨ビルの庭』宮本輝|さすがの安定感、安心感でんがな

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『骸骨ビルの庭』上下 宮本輝 ★

集英社[集英社文庫] 2026.07.23読了

 

の作品は2009年に単行本で上梓され、2011年に文庫本となった。今回再編集し装い新たに発刊された。小説の存在は知っていたがなんとなくタイトルから身構えていたのだ(ホラー的なのかなと)。でも、今までどうして読まなかったのだろうと悔やまれる(結果として今回読めたので良かったが)。気になっていた最新作『湾』も読みたくなってきた。久々に読んだけれど、この宮本輝さんの安定感、安心感よ!

 

骨ビルというのは、昭和16年に英国人の設計家に建てられた三階建ての鉄筋コンクリートのビルで、正しくは杉山ビルディングという。大手家電メーカーを47歳で退職した八木沢省三郎は、60歳からの第二の人生を再スタートするべく新たな会社に転職したが、そこでまず就いたのはこのビルから居住者を退去させる任務。

 

こに住む人たちは一風変わっていて、なにやらきな臭い仕事をしている人もいる。それでも彼らと生活していくうちに、彼らの温かさ、優しさ、そしてこのビルの秘密に気付いていく。引っ越してきて早々にヤギショウというあだ名を付けられた省三郎の人の心を開かせる人間性のなせる技もある。

 

品の舞台は大阪・十三(じゅうそう)という街である。仕事で夙川に行った時に読み方を知っていたから印象に残っていた。大阪の下町言葉が「でんがな」であることを知った時、省三郎は実際に使ってみたくなり、心の中で「ぼくはヤギショウでんがな」「息子は正比古でんがな」などつぶやいたシーンなんてとても良い。なんかこのおじさん、かわいいのよ。憎めない。

 

ッチワイフを作る会社の市田さんが出てくるシーンはたいていおもしろいのだが、ダッチワイフを作るきっかけになった話は涙ぐむほどになる。また「精神と肉体が揃って魂魄になる」というナナちゃんの言葉にもハッとするし、登場する一つ一つのエピソードが本当にグッとくるのだ。

 

うそう、単身赴任の奥さんの気持ちってこんななのか。ほとんどの家ではこうじゃない気がするけど。今までは我慢していてなにも言わなかっただろうが、ここにきて本音を電話口で喚き涙を流す姿がかわいらしい。単身赴任をする側の視点で書かれたものはよく見るけれど、奥さんの気持ちを表している作品は、思えばあまりない気がする。

 

本輝さんの小説は自伝的作品の川三部作と流転の海シリーズを読んだらなんとなく読み終えた感があるけれど、実は全作のなかで半分ほどしか読んでいないと思う。まだまだ名作はたくさんありそうで、ゆっくり読んでいこう。解説を読んだら『錦繍』も再読したくなった。

 

の本を読んでいる時ちょっと驚いたことがあった。家を出がけに、途中で読み終わりそうだなと思ったら鞄に2冊入れるのだが、この本も上巻の残りが数十頁だったので下巻も持ち運んだ。栞を挟んでいた箇所が同じような場所だったからか、誤って下巻を数十頁読んでしまっていた。何故か間違っていることに気づかずに。どうも展開が早いなとか、真に迫ったところをついてるなとは少し感じたが、そこまでの違和感はなく…。パラリと表紙をめくったところが目に入り、あれ!下巻じゃん!と笑。20~30頁は読んでしまっていた。

 

こから読んでも問題ないとかそういう類の本ではなくちゃんとしたストーリーがあるのに、どうしてこんなことが起きたのか。不思議である。ある作品を読んでいると、その本の内容だけでなく自分の心の動きにハッとすることがあり、この作品もそういう類の本になるだろう。

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『はぐれんぼう』青山七恵|衣服と一緒に自分探しの旅に

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『はぐれんぼう』青山七恵

講談社[講談社文庫] 2026.07.19読了

 

リーニングに出したまま品物を取りに来ない人って本当にこんなにいるのかしら。確かにクリーニングを取りに行く行為は結構煩わしいというか、引き換えに新たに出すものがあれば行くけれど、ないと行くのが億劫になってしまう。

 

イトルの「はぐれんぼう」とは、取りにこられなかった衣服のことである。あさりクリーニング店に勤める優子は、倉庫に送ったはくれんぼうが在庫を置けないとのことで店に戻ってきたため、ひとまず家に持ち帰る。翌日起きたら、そのはぐれんぼうたちが身体に着せられていて、自らの意思ではなく(どうやら衣服の意思で)勝手に持ち主らしき人の家に導かれていく。どうやらこのはくれんぼうたちは、単純に忘れられた衣服ではなく、持ち主の何らかの意思であえて置き去りにされたようだ。

 

子は、途中で現れた同じような恰好をした仲間と出会い、共に倉庫を目指す。しかし倉庫についたら、、、。心地よく素晴らしく見える楽園というものは、実は閉塞的で怖い場所、ある意味で洗脳された場所であるのかもしれないと考えてしまった。

 

ァンタジー感満載で、青山七恵さんはこんな作品も書くんだと少し驚いた。途中からだらけるというか話の方向性がわからなくなってきたけれど、青山さんの優しくテンポの良い文章が好きだからその文体を味わいながら読んだ。衣服自体が主人公のようなものだが、同時に優子(と読者)が自分探しの旅に出るような物語だ。自分の意思がほとんどなかった(心配ごともなかった)優子が、最後まで読むと成長したと感じられた。

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『ミスティック・リバー』デニス・ルヘイン|子どもの頃に起きたトラウマ的なものに生涯苦しめられる

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『ミスティック・リバー』デニス・ルヘイン 加賀山卓朗/訳

早川書房[ハヤカワ文庫] 2026.07.18読了

 

行当時アメリカでベストセラーとなり、この作品に惚れ込んだクリント・イーストウッドがすぐさまメガホンをとったそう。豪華な俳優陣で映画化された同名の映画は2003年に公開されて大ヒットとなった。おそらく映画の印象が強いだろう。この本はその原作である。

 

年時代に仲が良かったショーン、ジミー、デイブの3人。1人は高級住宅街「岬」に住み、2人は団地に住んでいた。ある日デイブが見知らぬ男に車でさらわれた。4日間の間にデイブに何が起きたのかは書かれていないが容易に想像できる。この事件をきっかけにして、友情にヒビのようなものが入り疎遠になってしまう。

 

年時代に割かれている頁はわずかで、それから25年の時が流れ現代パートに。ジミーの娘ケイティが惨殺されるという事件が起きたことで、関係がなくなっていた3人がまた関わり合うようになる。ケイティは誰に殺されたのか、誰が真実を話しているのかー。

 

やー、苦しい、苦しい、苦しい。ショーン、ジミー、デイブだけでなく、登場する人物らがみな闇を抱えていて胸が重苦しくなる。気の毒というか、もう救いがない。子供の頃に起きたトラウマ的なものは、生涯ずっと影響を及ぼし続けるのか。それぞれの妻の想いもまた切なくて、本来は全てを明かして一緒に生きていくはずの妻に隠し事をしたり、好きだから大事にしたいのにそれができなかったり。

 

ステリーというよりも心理小説のように捉えられる。心を抉られる読み応えのある濃厚な作品だった。これを読んでから映画のキャストを調べたら、やっぱりジミーが主役(3人ではあるが一番最初に載っている)でジミーを演じたショーン・ペンがアカデミー賞主演男優賞を受賞したそう。作品自体もアカデミー賞を受賞した。

『ジュビリー』アリス・マンロー|母親である以上に女、女である以上に作家だった

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『ジュビリー』アリス・マンロー 小竹由美子/訳

新潮社[新潮クレスト・ブックス] 2026.07.13読了

 

ュビリーというのは人の名前ではない。カナダ・オンタリオ州にある架空の田舎町の名前だ。この町にいる人たちのささやかな日常が書かれているだけなのに、どうしてこうも静謐で心が満たされるのだろう。オンタリオ州といえば先日大規模な山火事が起きたところだ。もう火の粉はおさまったのだろうか。

 

女デルがこの作品の主人公だ。自伝的小説と言われているように、デルは著者アリス・マンローを思わせる。少し変わった偏屈な母親であるが、彼女と同じ欲求を娘のデルも持っていた。知識欲が果てしなく、知ることの純然たる楽しみを愛する。幼い頃から培われたこの鋭い観察力が、のちにノーベル賞をも受賞するほどになるマンローの文学性を育んだのだろう。

 

初はデルの家族や周辺に住む人々のエピソード、学校生活や信仰について表されていたが、同級生ナオミと仲良くなってからは性への関心が高まっていく。一人の女の子の成長物語としても読める。とりたてて大きな出来事は起こらないのに没頭してしまう。これこそ文学の力なのだろう。

 

外にもアリス・マンローの作品は今まで読んだことがなかった。新潮クレスト・ブックスの素晴らしい装幀が目を惹くからもちろん認識はしていたけれど、短編ばかりでどうにも手が出ないでいた。しかし、なんと唯一の長編が刊行されたのだ。これは著者二作めの著作で本国で刊行されたのは1971年とかなり古い。

 

の本を読んで衝撃を受けたのが、訳者小竹由美子さんによるあとがきに書かれた内容である。マンロー一家の秘密。マンローと再婚したジェラルド・フレムリンが、末娘のアンドレアが9歳の頃に性的虐待をしていたというものだ。このような背景があることも知らなかったし、アンドレアの訴えにも関わらず娘を守れずフレムリンと離婚しなかった彼女に驚いた。そして皮肉なことにマンローの作品はその後ますます磨きがかかったという。母親である以前に女だった。むしろ母親失格。小竹さん言うところの「身勝手で愚かで感情的な」アリス・マンローという人は、女である以上に作家だった。

『ルミネッセンス』窪美澄|ダークで幻想的なストーリーたち

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『ルミネッセンス』窪美澄

光文社[光文社文庫] 2026.07.09読了

 

わっとする作品たちだ。いつもの窪美澄さんの作品にはない、ホラー感漂うダークな物語が5作品揃っている。登場する主人公はほとんどが50代の男女。繋がっている部分もあるから連作短編となっている。誰も救われないような、狂気じみた幻想的なストーリーで、読後感はどんよりとちょっと暗くなってしまうかな。それでも共感する部分は確実にある。ある程度年齢を重ねた読者でないと良さがわからないかもしれない。

 

題作『ルミネッセンス』は、中学生の時の初恋の人と再会して云々というストーリーなのだが、朝倉かすみさんの『平場の月』をちょっと思い出した。朝倉かすみさん、直木賞を受賞したようでおめでたい。

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編集(連作短編含む)であれば、直木賞を受賞した『夜に星を放つ』のほうが断然良いと思うし、個人的な希望も含めて言うなら長編のほうがやっぱおすすめ。あとは窪さんは女性を主人公にして書いたほうが圧倒的に上手いと思うんよ。

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『君が手にするはずだった黄金について』小川哲|偽物でもいいから才能が欲しい?

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『君が手にするはずだった黄金について』小川哲

新潮社[新潮文庫] 2026.07.08読了

 

し長めのプロローグに引き込まれる。小川さんの自伝的小説とも思えるような設定で「なんのために本を読むのか」のような問いが、ある種哲学的な思想とともに語られる。小川さんのような天才的頭脳はないにせよ、私も読書好きという点では一致しているので「これわかる!」と共感するものがいくつもあったし、登場する本が気になってリストに入れた。半分くらいは読んだことがあるものだったが、その作品らが自分の好みとぴったりで、読んでいて嬉しくなった。こんな風に本のことを語り合える恋人がいたらどんなに楽しいことか。読書は本当に孤独な作業だから。まぁ、それが良いのかもしれないけど。

 

ロローグも一編と数えるならば、全部で7つの短編が収められた連作短編である。全て主人公は著者を思わせる「小川」という小説家の男性だ。才能に溢れる小川のようにはなれなかった高校の同級生片桐のことが書かれた表題作『君が手にするはずだった黄金について』はなかなか良かった。片桐は決して名声やお金が欲しかったわけではない。才能を認められたかったのだ。しかし小説家というものも結局のところ偽物であるという。偽物の才能でも欲しかったのかもしれない。

 

めて小川さんの『ゲームの王国』を読んだ時、「とんでもない天才が現れた」と驚愕しその後数冊読んだが、徐々に感激は薄れてきて『君のクイズ』はあまり合わなかった。ものすごく大事なことではあるが、売れるために書かれたような感じが少しあって。でもこの作品は良かった。小川さんは直木賞寄りのエンタメ作品よりも、純文学寄りのものを書いた方が好きだなぁ。

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『レディに捧げる殺人物語』フランシス・アイルズ|夫への疑惑と不信感、そして恐怖心へ

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『レディに捧げる殺人物語』フランシス・アイルズ 鮎川信夫/訳

東京創元社[創元推理文庫] 2026.07.06

 

イルズ著『殺意』では犯人たる人物が主人公だったが、この作品では殺人犯の妻が主人公である。妻リナは、8年間に渡る夫ジョニーとの結婚生活をもってしても、夫が殺人犯であることに気付かなかった。ジョニーとの出会いから結婚、そして結婚生活を通じて、彼の先天的な犯罪性に気付いていく。

 

た目はハンサムで魅力的なのに実はどうしようもないダメ男ジョニーは道徳的観念が欠如した、もはや関わってはいけないタイプだ。それなのに、そのダメさ加減に気付かない、また気付いても許してしまうリナ。でも、もしかしたらこれが人間の性なのだろうか。リナほど極端ではないにしろ、誰しもがこんな部分を少なからず持っていて、自分が信じたくないと思うことは勝手に奥にしまい込んでしまう、自分にとって良い部分だけを信じてしまう。夫への疑惑と不信感に苦しむヒロインの心情が巧みに表現された見事な作品だった。

 

中に「とっときのホック酒」という言葉がでてきた。これは「とっておき」の誤植だろうなと思っていたらそのあとにまた「とっときのポートワイン」とあった。調べたら「とっとき」というのは「とっておき」と同じ意味でとっておきが音変化したものらしい。「とっとき」のほうが後にできたものなのに、この表現を知らなかった。どこかの方言なのかしら。

 

終盤の、確証を持てない恐怖心、狂っていくリナの姿が緊迫感がありぞくぞくして興奮した。でも、結局のところリナは幸せだったんじゃないかって私は思う。これだけ一人の人を想うこと自体、それだけで奇跡なんじゃないか。

 

ランシス・アイルズはアントニイ・バークリーの別名義である。どちらの名義で書かれたものも一風変わっていて独特の存在感がある。バークリーは読者を手のひらで転がしているようなあざとさがある。わかっていてもその罠にハマってしまうのよね。

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『パリの砂漠、東京の蜃気楼』金原ひとみ|エッセイの読みやすさについて

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『パリの砂漠、東京の蜃気楼』金原ひとみ

集英社[集英社文庫] 2026.07.04読了

 

原さんの小説はもう読むものがなくなってしまったから、エッセイを選んだ。パリ、東京での暮らしのことが書かれたエッセイが12編収められている。全体を通して「苦しい」とか「死にたい」とか厭世的であるのに、不思議と心が軽くなるというか、洗われるというか。

 

リでの生活なんて、いかにもおしゃれで洗練されたイメージだ。だけれども、実際はそんな生優しいものではなくて、他国に住んでいた人が外国で生活することは厳しいことが多い。さらに生まれたばかりの赤ちゃんがいるとなればなおさらだ。30代で過ごした日々の生活が女性ならではの悩みとともに綴られる。同世代以上ならば共感することは多いだろう。

 

6年間住んだパリから日本に戻ってきて、内部からの刺激に過敏になったと実感する場面がある。「日常が穏やかすぎるから、刺激への耐性が低下している」と表されていた。なるほど、日本ののんびりとした安心安全な空気のなかにいると、ちょっとしたことでも刺激になってしまう。人の目を過剰に気にしてしまうのは日本の風土のせいもあるのか。

 

れはエッセイであるのに、途中から金原さんの小説を読んでいる感覚になる。というか、こんなにも小説感のあるエッセイは初めてかもしれない。小説とエッセイの境目がほとんどないように感じる。やはり肌に馴染んで心地良かった。

 

ころで、エッセイは小説と違ってゆるく軽く読める。実際そうではあるが、何故エッセイは読みやすいもの、みたいに勝手に思っているのだろう(私だけでなく多くがそう表現される)。エッセイのほうが真実なのだから本来は慎重に読むべきものなのに。

 

うに、実際に起こるほとんどの日常では極端なことはなくて、だいたいがエッセイとは日常で起きた些細なことや想いなどが書かれている。だから身構えることなく気楽に読める。一方で小説は、事件性があるテーマや死や喪失にまつわるものが多いから力が入ってしまうのだろう。実際、一番強烈に心震えダメージを喰らうのはノンフィクションだろうな。

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『誰にも見えない子ども アメリカの大都市で生きるホームレスの少女の記録』アンドレア・エリオット|保護されることが必ずしも正解ではない

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『誰にも見えない子ども   アメリカの大都市で生きるホームレスの少女の記録』アンドレア・エリオット 古屋美登里 齋藤匠 藤宗宇多子/訳 ★

亜紀書房 2026.07.02読了

 

ューヨークタイムズの記者である著者が、ニューヨークの貧困家庭を8年間に渡り取材し、まとめあげたノンフィクションである。この作品で著者はピュリッツァー賞を受賞した。めくるめくストーリーはさながら小説のようで読みやすく、何よりも極貧の状況下に置かれた子供たちのことを思い強く心を揺さぶられた。これは現実に起きていること。しかもつい最近のこと。

 

年前までニューヨーク市だけでもホームレスの子どもが17,000人ほどいてシェルターで暮らしていたとは知らなかった。そこに暮らすダサニが主人公だ。ダサニには他に7人の兄弟がいる。つまり家族は両親を入れて10人になる。

 

「サイクス家」と題された第2部では、ダサニから遡ること何世代、、、とくに母親代わりの祖母ジョニー、そして母親のシャネルの生き方がはちゃめちゃ過ぎてたまげた。こんなにも薬物中毒が蔓延していて犯罪めいたことが当たり前の世界。この本では、ダサニの今だけでなく、サイクス家のルーツとアメリカの黒人の歴史を深掘りし、何が原因でこうなったのかを考察しこれからの課題を提起している。

 

男カリクが考えること、これに胸を抉られる。

「白人が決定し黒人が生きていかざるを得ない果てしのない領域から抜け出したい」

 

サニは、やがて全寮制のハーシーハイスクールに入学することで道を切り開いていく。このハーシー、実はスライムみたいな形をしたザ・アメリカなチョコレート、あの、「キスチョコ」のHERSHEYである。ハーシーという街だけでなく、遊園地、学校があったとは。そして創立者の生き方がこんなだったとは全く知らなかった。ダサニは充実した教育を受けて明るい未来が待っていると信じた。しかし一方でダサニがいなくなったことで家族たちは崩壊していく。

 

ちろん貧困家庭の子どもたちが批判されていいわけがなく、保護されるのは当然である。しかし、家庭から一人の子どもだけを引き離す、または母親や父親を隔離させることは決して正しいことではない。シャネルもシュプリームも、はたから見たら良い両親と言えないかもしれない。しかし子どもを思う気持ちは同じ、そしてダサニたちも両親や兄弟姉妹のことを心から愛しているのだ。

 

ォート・グリーン地域はブルックリンの「ブラック・メッカ」と呼ばれて50年に渡り住民のほとんどが黒人だったそう。リチャード・ライトがフォート・グリーン公園のベンチに座って『ネイティヴ・サン』を執筆したという。この小説は黒人のことを知る上でとても重要な本で同時に小説としても素晴らしくおすすめである。

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は無類の小説好きなので、小説以外に夢中になることは滅多にないのだけど、この本はとてもおもしろく読めた。さすがピュリッツァー賞を受賞しただけある。オバマ元大統領のブックリストにも選ばれているようだ。古屋さんの訳も心地良い。それにしても読み終えるのにかなり時間がかかってしまった。

 

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