書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『両京十五日』馬 伯庸|中国・明の時代に詳しければ相当に楽しめるはず

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『両京十五日』〈Ⅰ 凶兆・Ⅱ 天命〉 馬伯庸(ば・はくよう) 齊藤正高、泊功/訳

早川書房[ハヤカワポケットミステリ] 2024.05.20読了

 

にやらスケールの大きさを感じさせる厳めしい表紙。ハヤカワのポケミス2000番という記念すべき番号にちなんだ特別作品らしい。日本人って本当にキリのいい数字が好きよね、特別感を持たせたりするの。日本だけではないのかな?

 

から600年ほど前の中国・明の時代が舞台となっている。皇太子である朱瞻基(しゅせんき)の命が狙われた。皇帝に恨みを持つ誰かの陰謀か。朱瞻基は、「ひごさお」とあだ名を持つ呉定縁(ごていえん)、下級役人宇謙(うけん)、女医の蘇荊渓(そけいけい)と共に南京脱出と北京帰還を目指す。ポケミス上下巻とたっぷりのボリュームだがわずか15日間のことを描いたもので壮大な歴史エンタメ作品である。両京というのは南京と北京のことなんだね。

 

分が何者かわからない呉が、白蓮教の主導者唐賽児(とうさいじ)の語りを聞く場面には、心を洗われるような気持ちになった。ひとつの道理、世の中におけるほんとうに澄み切った至高の原理を理解した唐の説法は、救いを求める人にとっては宝となる。最初は敵とすら思っていた関係が、道中で仲間意識が芽生え同志になったり、または女性を奪い合うかのような恋模様もあって、起伏のあるストーリーが読者を飽きさせない。

 

場人物紹介の栞があるのはありがたいが、出来れば当時の地図も欲しかった!中国の近代史ならまだしも、三国志の時代に近いから地理が難解。人の名前なのか地名なのか役職なのか、単語だけでは推測できず苦労しながら読み進めることになった。私は吉川英治著『三国志』は読んだけれど、『水滸伝』『金瓶梅』『紅楼夢』等はまだ読んでいなくて、この時代の史実の下地が薄かったのがちょっと勿体なかったかも。おそらく読む人によっては相当なおもしろさになるはずだ。

 

Ⅰ巻には「凶兆」、Ⅱ巻には「天命」とサブタイトルがつけられている2巻構成だが、これはれっきとした上下巻でひとつの小説だ。実は個人的に合わないかなと思って上巻でギブするか悩んでしまったが、せっかくだから堪能しようと勢いよく(後半駆け足になりながら)読み終えた。著者の馬伯庸氏は中国では人気作家のようで、司馬遼太郎池波正太郎さんに近いそうだ。

『男ともだち』千早茜|相手を思いやる純度の高さ

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『男ともだち』千早茜

文藝春秋[文春文庫] 2024.05.14読了

 

は「男女間にともだちはアリ得るのか」というのがこの作品に一本通るテーマである。ともだち、というか親友かな。2人のこの関係性を表現するぴったりの言葉がないかもしれない。敢えて言うなら兄妹のような、一生離れられない関係。

 

人公を含めてクズだらけの登場人物たち。最初は「なんなんだ、これは」って思った。これが直木賞候補になったのかって疑ってたのだけれど。読み終えたらそんな気持ちがひっくり返って、、つまり神名(かんな)の「男ともだち」ハセオにやられたのだ。何がどう刺さったのか滂沱の涙。ハセオの優しさに、ハセオとの関係性に、羨ましくも切なくもあり。

 

末に村山由佳さんの解説があると知っていて、それが見えた(解説という文字が見えたわけではなくて、なんとなく次の章のタイトルの太字がうっすら見えるような)つもりが、実は最後の章がまだ残されていた。じんわりと余韻に浸って、さぁ解説をと思ったらなんと短い終章が。たぶんこの終章なくてもいける。あってもなくても良さそう。

 

名とハセオのどうしようもないゆるさに比例するかのように、2人の関係だけはどうにも一途で、それが潔くて切ない。たぶん、人間に完璧な人はいなくて、どこかに純粋な部分が必ずある。この高い純度がこの作品の良さであり惹きつけられるポイントなのだと思う。

 

「こんな愛の形は違うんじゃないか」「これが40代50代ならまぁ、、」「かつて恋人や夫婦だった関係が良きともだちになるとかならわかるけど、健全な30歳の女ざかり男ざかりの男女がこうなるなんて」とか、まぁ言いたいことはたくさんあるわけよ。でも、希少かもしれないけれどこんな関係は確実にあると思う。

 

の自分にとってもすごく突き刺さったけれど、たぶん20代や30歳になる位だったら、人生の恋愛バイブル的な小説になったかもしれない。年齢を重ねた分だけ少し違うとかこんな風にはならないだろうとか思ってしまう。それが良いのか悪いのか。

 

年読んだ直木賞受賞作『しろがねの葉』はとてもよかった。実はそれより前に読んだ『ガーデン』はあんまりピンと来なくて、千早さんの恋愛系はどうかなと読みあぐねていた。でも読んで良かった。山本文緒さんの『恋愛中毒』を初めて読んだ時の衝撃に近いものがある。歳を重ねた千早さんがまたいつか男女の友情の物語を書いてほしいと切に願う。神名とハセオのその後の話でもいいな。千早さんが考える2人の未来は如何なるものか。

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『説得』ジェイン・オースティン|その時はそうするしかなかった決断

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『説得』ジェイン・オースティン 廣野由美子/訳 ★★

光文社[光文社古典新訳文庫] 2024.05.13読了

 

ェイン・オースティンの小説って、同じようなテーマ(ずばり結婚)ばかりだし、ストーリーも動きが少ないのにどうしてこうもおもしろく読めるんだろう。個人的に無類のイギリス文学好きというのもあるけれど、いや~良かった。じわりじわりぐずぐずと、遅々として進まない展開に退屈さをおぼえ人もいるだろうけれど、むしろこんな日常の話なのにおもしろく読めるってすんばらしいことだと思う。久しぶりに読み終えたくないと思える読書体験。

 

ン・エリオットとフレデリック・ウェントハースは、8年前に相思相愛であったが、亡き母親の友人でありアンが尊敬するレディー・ラッセルの説得に屈して別れることになった。これは正しかったのか?自分の気持ちに正直になって自分自身で決断すべきだったのではないか?

 

ェントハースは、アンを許せなかった。彼女は自分に対して随分ひどい扱いをした。それはつまり「アンは他人の言うなりになって、彼のことをあきらめたのだ。強引に説得されて、折れたのだ。弱さと臆病のせいで、ああいうことになったのだ(124頁)」と、アンが自分の意志を貫かなかったことに憤りを感じているのだ。

 

イトルになっている「説得」は、得てして悪い意味合いというか、相手を納得させるように諭す意味で使われることが多い。営業マンがお客様に商品を買わせるために「説得」したとか、なんとか上司の許可を得ようと「説得」したりとか。しかし説得にも悪い説得と良い説得がある。それに、その時はそうするしかなかった説得もあるだろうし、結果的に何が正しかったのかなんてわからない。そしてその「説得」を受け入れるかどうかは自身の決断に他ならない。

 

会した2人の恋愛の機微が細やかに描かれている。今であればスマホで簡単に連絡を取り合ったりSNSで相手の動向をさぐれたりするのに、当時は相手の気持ちを遠くから知ることができなかった。偶然の出会いを奇跡のように感じ、「待つ」という時間が愛を育むのだ。これはこれで素敵だよなぁ。2人以外にも登場する人物すべての人間模様が生き生きと描かれていて魅了される。

 

ースティンはなかなかの皮肉めいた考えを持っていて、それを小説中に存分に表現しているのがおもしろい。まだ『エマ』と『ノーサンガー・アビー』は未読だが、今のところオースティン作品ではこの『説得』が一番好きかも。

 

つも思うけれど、光文社古典新訳文庫のラインナップは神すぎる!登場人物紹介の栞と各頁にある注釈もわかりやすい。そして廣野由美子さんの訳がまぁ素晴らしかった。人生で好きな小説のトップ10に入るジョージ・エリオット著『ミドルマーチ』をまた読みたくなった。これも廣野さんが訳されているし、何より名作!傑作!なので、未読の方は是非に。

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『羆嵐』吉村昭|クマによる被害がよくニュースになるこの頃

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羆嵐(くまあらし)』吉村昭 ★

新潮社[新潮文庫] 2024.05.09読了

 

マってぬいぐるみにすると一番かわいい動物だと思う。クマのプーさんを筆頭にして、ディズニーランドのダッフィー、ご当地ゆるキャラくまモン、映画のおやじ熊さんTed、テディベアなんて人気ブランドがいくつもある。

 

かし現実の熊は想像を絶するおそろしさだ。動物園で初めて熊を見たときにそう感じる人は多いはず。ぬいぐるみみたいにあんなに丸っこくないし、目が怖いし獰猛だし。熊といってもこの小説に登場するのは羆(ひぐま)である。羆は北海道にしか生息しない、大きいもので熊の3倍もある巨大で獰猛な生き物だ。

 

1915年(大正4年)に北海道苫前町三毛別で実際に起きた事件を題材にして、吉村昭さんがドキュメントタッチに仕上げた物語である。当時の関係者から聞き取り脱稿したということで、ほぼ真実であろう。

 

の村に突如として現れた羆は、二日間で6人の命を奪い3人の重傷者を出した。そして亡くなった人の人肉を貪り食らった。区長は警察や警備隊を要請をするが誰も頼りにならない。最終手段として、区長は老猟師の銀四郎に助けを求める。酒に酔うとタチが悪く住民からは嫌われ者だが、頼らざるを得ない状況。

 

中で固有名詞で名前がついているのはほんの数人だけ。銀四郎や死んだ人物など、名前をつけたいというか特定の人だと著者が表した人だけ。他は、区長、分署長、白髪の老人、彼の妻、かれら、のように役職や特徴があるだけで名前はない。これはつまり、私たちみながそう成りえるという人物だからだ。

 

が開拓民たちを襲う様はもちろんだが、羆に怯える村人たちのリアルさが胸を打つ。何かに恐れる人間もまた恐ろしく、より一層の恐怖心を掻き立てる。タイトルの『羆嵐(くまあらし)』とは、クマを仕留めたあとに強く吹き荒れる嵐のことだという。自然界にあるものはみな役割があって人間が主役ではない。それを肝に銘じて自然と共生しなくてはならない。

 

村昭さんの記録文学が好きだ。まだまだ読んだ冊数は少ないが、今まで読んで気に入ったのは『破船』と『高熱隧道』だ。しかし『羆嵐』はこれらを超えた。無駄を省いた乾いた文体がより真実味を増し、心をえぐられるよう。さすが日本文学史に燦々と輝く名作のひとつだ。わずか270頁ほどの中編であるが、文学作品としての完成度が高い。読み終えた後にひたひたと迫り来る静かな身震いは、良作を読んだ時ならではの快感だ。

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『ザ・ロード アメリカ放浪記』ジャック・ロンドン|自由を求めて放浪しよう

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ザ・ロード  アメリカ放浪記』ジャック・ロンドン 川本三郎/訳

筑摩書房ちくま文庫]2024.05.07読了

 

ャック・ロンドンが作家として成功したのは「若いころあちこち放浪していた時代に経験したこの訓練のおかげではないか」と自身で感じている。その訓練とは、生きるための食べものを手に入れるために、本当らしく聞こえるホラ話をしなくてはならなかったこと。これが物語る力を養ったのだという。

 

の時代で、特に日本でこういった放浪をするのは困難だろう。世界のどこかでは今でもこんな暮らしをしている若者がいるのだろうか。アメリカでは列車にただ乗りしながら放浪する人間たちのことを「ホーボー」と呼び、自由な放浪者として文化英雄の要素が強いという。彼らには何者にも束縛されない自由があった。

 

浪罪という罪が存在し、禁錮30日を例外なく言い渡されることに驚いた。しかもその人数がまたすごい。そして、刑務所でも社会と同じような縮図でものごとが成り立っていることに「そうなるんだな」と妙に納得した。

 

物列車にうまく乗り込んでも車掌に叩き出される。それを3度繰り返したら普通ならやめるだろうに。ロンドンが考えた作戦というのは「その男のことを忘れてしまう」こと。自分の理性の回路を切り、またもや乗り込んだのだ(4回め!)。なんたるしつこさ、図々しさ!こうでもしないと一流のホーボーになれんよな。

 

なり過酷な生活を強いられて精神崩壊ぎりぎりになろうかというのに、ロンドンはむしろ楽しんでいるかのよう。解説を読むまで知らなかったが、ロンドンは結婚していても放浪・冒険をやめなかったそうで、身体に染みついた根っからの放浪癖があったのだ。

 

庫本の最後の頁にこんなおもしろい文章が!本書の注釈を単行本時に執筆された秦玄一氏を探しているという。連絡先を知っていたら編集部までご一報をと。このネット社会に、本の最後にちょこっと載せてしまうちくまさんの心意気がなんともイイ!

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『小説8050』林真理子|引きこもりっていう言葉が良くないよ

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『小説8050』林真理子

新潮社[新潮文庫] 2024.05.05読了

 

本大学アメフト部の問題はその後どうなったのだろう。日本大学理事長となった林真理子さんは、昨年末、副理事長に辞任を強要するなどしたとして提訴されているが、その後進捗は不明だ。女性として初の理事長ということで応援していたし、彼女の強さと潔さ、そして彼女が描く小説世界は、特に同性の圧倒的な支持を受けていることは間違いない。

 

イトルにある「8050」とは「8050問題」のことを示している。つまり、80代の親が50代の子を支えること。子どもの引きこもりが背景にあるという現代の問題を意味する。具体的にその問題に直面したストーリーではなく、今後そうなってしまう恐怖を見据え、そうならないために動いていく家族の物語である。誰が考えたんだか知らないけど、そもそも「引きこもり」っていう言葉が良くないよなぁ。

 

科医である大澤正樹とその妻は、7年間引きこもりになっている今20歳になる息子・翔太のこの先を案じていた。息子と向き合う決意をした正樹はある提案をする。

 

親や弁護士のあまりの変貌ぶり、「こんな偶然があるかいな」と思うほどの急すぎる突飛な展開にちょっとやり過ぎ感が強かったけれど、、ぐいぐい読ませるストーリーテリングはさすがである。社会派エンタメ小説で、テレビドラマにしたらおもしろそうかな。

 

切なのは、裁判に勝つことでも加害者に謝らせることでもなくて、親子が、家族がわかりあうこと。世間体ばかりを気にしてしまうのは誰もが持っている感情だが、本当に大切なことを見失わないように生きていくことが大事だと改めて思った。

『板上に咲く』原田マハ|真似を極めることはいつしか突き抜けた存在になること

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『板上に咲く MUNAKATA:beyond Van Gogh』原田マハ

幻冬舎 2024.05.03読了

 

の小説は、渡辺えりさんによるオーディブルamazonのオーディオブック)の朗読が高い評価を受けている。それでも私は今のところ専ら紙の本を愛好しているから、眼で追って読んだ。本当は、板上だけに触って読みたいくらい。

 

方志功の木版画はあたたかい。かわいくて愛らしく落ち着く。なんとなく山下清さんの作品を観たときの印象に近く、純粋でひたむきな感性と生きるエネルギーが溢れ出ているように感じる。もちろんゴッホの絵に通じるものがある。そりゃそうだ、真似したんだもの。

 

方の生涯の伴侶チヨの視点から綴られた棟方志功の物語。版画の世界に生きた彼の物語というよりも、夫婦の愛の物語と言えよう。時に目頭を熱くさせられる良い作品だった。原田マハさんのアート小説(全てを読んだわけではないが)の中では、心に染み入る度合いが強かった。おそらく、同じ日本人芸術家のことを書いているからかも。

 

方とチヨのなんとも純愛なことか…。最初の出逢いは「おもしろい人」で終わったが、再会してからの2人には読んでいて照れてしまいそうなほどの一途な2人だ。魚をほぐすシーン、そして公開ラブレター。チヤは心のぜんぶを棟方に持っていかれたという。微笑ましいエピソードの数々。

 

ゴッホに憧れて、ゴッホになりたいと願っている自分は、ゴッホが憧れて、ゴッホがなりたいと願った日本人だ。そしていま、ゴッホが勉強して勉強して勉強しきった木版画の道へ進もうと、その入り口に立っている。その道こそが、自分が進むべき道だ。ゴッホのあとを追いかけるのではなく、ゴッホが進もうとしたその先へ行くのだ。ーーゴッホを超えて。(110頁)

椅子テニスの世界では国枝慎吾選手に憧れた小田凱人選手。小説家では太宰治三島由紀夫に憧れてその道を目指す人は数多くいる。西村賢太さんは藤澤清造の没後弟子と名乗り一生を捧げた。尊敬し憧れる人に近づきたいと思いその人を真似をすると、いつしかそれを突き抜けた独自の存在になるのだ。だから、真似をするということは実は一番の近道なんだと思った。

 

画で身を立てる決意をしたが、なかなか思うようにいかない。しかしある展覧会で柳宗悦濱田庄司と奇跡のような出会いがあったことで運命は大きく変わる。困難を乗り越えて世界の「ムナカタ」になっていったのだ。

 

ォントがまぁまぁ大きくて、単行本なのにすぐに読みおわりそうでどうしようかと思いあぐねていたが、カバーをめくってみたら思わずニンマリと笑みが溢れた。棟方志功さんの素敵な版画がずらっと。これはもう買うしかないな。きっと読み終えたら売ってしまうんだけど、読んでいるひとときだけでもこの存在を味わいたくて。

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『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス|子どもの目線で迫り来る恐怖、崩れゆく家庭がリアルに描かれる

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『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス 柴田元幸/訳  ★

集英社集英社文庫] 2024.05.01

 

ィリップ・ロスの作品は『素晴らしきアメリカ野球』か『グッバイ、コロンバス』を読みたいと前々から思っていた。先日書店に行ったらちょうどこの本が文庫化されていた。単行本しかなくてなかなか手に入らなそうだったから嬉しい。しかも訳が柴田元幸さん。

 

メリカ国家が聞こえてきそうだ。というか読んでいる間、私の頭の中には流れていた。この小説は、「もしもアメリカ大統領が反ユダヤ主義リンドバーグだったら」という前提で書かれた歴史改変小説となっている。アメリカの近代史をたどりながら、まるでノンフィクションのように。

 

ィリップたち家族が、首都ワシントンを旅行する章が生き生きと描かれている。ナチスの元に仕えるリンドバーグが大統領になったせいで、予約していたホテルでひどい扱いを受けたときの父親の振る舞いには勇気をもらえる。また、フィリップが悪ガキのアールとつるんで、親のお金を盗み、人を尾行するという遊びをしている時の緊張感と興奮がまざまざと思い浮かぶ。

 

なじみウィッシュナウの家で、トイレに閉じ込められたこと。鍵を開けるためのちょっとした工夫が子どもの頃にはどうしても出来ず、狭い空間にひとりぼっちになり、汗もぐっしょりでパニックになる。こういう泣きたくなるような経験は誰にでもある。大人であればどうってことのない、ちょっと考えれば解決の糸口が見つかるもの。こういう子ども心に恐ろしい経験を丹念に描くのがものすごく上手いのだ。誰もが子どもの頃にタイムスリップする。

 

の小説が素晴らしいのは、アメリカの政治的世界の移り変わりが、子どもであるフィリップの目線で綴られることだ。迫り来る恐怖、崩れゆく家庭がリアルで、まるで我が事のように思える。こんなにも魅了される作品だとは思っていなかった。

 

中でフィリップが母親を見て感じた部分がとても印象深かった。読んだ後続け様に3〜4度読み直した。すごく大事なことを言っているように感じたのだ。そのまま引用する。

この上ない苦悩と混乱に打ちのめされた母を見守る(そして自分自身も恐怖におののく)子供にとって、これは要するに、人は何か正しいことをすればかならず何か間違ったことをやってしまうのだという発見にほかならなかった。実際、その間違ったことは下手をすればものすごく間違っているから、混沌が支配し、すべてが危険にさらされている現状にあっては、手をこまねいて何もしないのが一番のようにも思える。とはいえ、何もしないということもやはり何かをすることである…いまの事態にあっては、何もしないということはものすごく多くをすることなのだ。(500頁)

 

イトルの意味するところがいまいちわからなかった。しかし物語も終盤になり、ある人物の演説で「アメリカに対する陰謀」という言葉が出てきて、そこに「プロット・アゲンスト・アメリカ」とルビが振られていた。

 

田元幸さんの解説では、ロス作品のこと、本作のことが非常にわかりやすく書かれていた。「解説」は、読者の読み方、感じ方に大いなる影響を及ぼすことがあるため賛否両論あるが、私は作家が故人である場合と外国人作家であれば解説をかなり助けとしている。フィリップ・ロスの作品をもっと読みたい!

 

トラー率いるナチスが本作の重要な要素となっており、また高官ハインリヒも登場することから、ローラン・ビネの小説を連想した。思えばこれも歴史改変小説だ。

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『ガラム・マサラ!』ラーフル・ライナ|インド人が書いた小説をもっと読んでみたい

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ガラム・マサラ!』ラーフル・ライナ 武藤陽生/訳

文藝春秋   2024.04.27読了

 

ンドのミステリーなんて読んだことない!というか、そもそもインド人作家の小説を読んだことがあるのだろうか。あっても記憶にないし、インド人作家の名前すら出てこない。人口が14億人を超える国なのに、優れた作品がないわけがない。最近ガツンと痺れる本に出逢えていなくて(もう麻痺しちゃってるのかなぁ)、冒険を求めてあまり読まない本を選んだ。

 

イトルのガラムマサラって、スパイスのことだよな。タイトルだけ見たら料理の物語なのかと思っていたら、全然違った。しかも、最後までなんでこのタイトルなのかがクエスチョンのままだ。

 

人公ラメッシュ・クマールは、教育コンサルタント業を営む。依頼を受けて富裕層の子供を希望大学に入れるという違法なもの。今回金持ちの息子ルディを一流大学に入れるという依頼が来て、替え玉受験をした結果なんとルディはトップで入学することになったのだ。そこからルディとラメッシュの運命は大きく変わっていく。  

これほど金持ちでこれほど有名になると、リアルなものは手に入らなくなる。(130頁)

 

ステリーというよりもエンタメ系。はちゃめちゃでスピーディーな展開が2時間ドラマや映画を見ているようで、勢いよくラストまで進む感じだ。ルディとの関係性がどんどん良くなるところが友情の物語にも感じた。

 

段ニュースなどでインドの景色や事件はあまり流れない。どうしてだろう…。だから私たちが持つインドのイメージはどうしてもガンジス川に入る人々だったり、香辛料の香りだったり、旅行に行くと世界観が変わる、みたいな漠然としたもの。しかもこれらはかなり古い情報よな。

 

頭でインド人作家がどうの…と書いたが、4年ほど前にサルマン・ラシュディさんの『真夜中の子供たち』を読んでいた。あとはインド人ではないが、インドを舞台にした『インドへの道』や『シャンタラム』など。イギリスとインドは切っても切れない関係だから、もしかしたら英国ではインド作家の本がたくさん訳されているのかもしれない。日本とインドの関わりって薄い気がする。たぶん、多くの名作があるはずだから、もっとインド小説を読んでみたい。

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『散歩哲学 よく歩き、よく考える』島田雅彦|放心状態→何も考えていないわけではないらしい

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『散歩哲学 よく歩き、よく考える』島田雅彦

早川書房[ハヤカワ新書] 2024.04.24読了

 

かに、歩いているときやジョギングしているとき、つまり無心で身体を動かしている状態では、色んなアイデアが浮かんだり何かの問題に対する解決策がふいに思いついたりなんてことがよくある。私もジョギング中に、ブログで「こんなことを言いたかったんだよな」「まさしくそんな言い回し!」と発見することが多々ある。

 

かし、散歩やジョギング中の放心状態とは実は何も考えてないわけではないらしい!「単に特定テーマで考えていないだけであって、同時にさまざまな想念が浮かんでいる状態にある(62頁)」と知って目から鱗だった。では、無心になるということがそもそも無理なのかしら。

 

川書房から[ハヤカワ新書]というレーベルが今年の2月に誕生した。以前早川書房のホームページを覗いたときに「ハヤカワ新書の編集者」の採用募集をかけていたから、きっとそれ。今でも募集しているみたいだから、もっと大きくしたいのか、まだ相応の人が見つかっていないのか。

 

の新書第一弾として2月に刊行された本のうちの一冊がこの本である。早川に新書のイメージが全くないしどんなもんかなと思ったのと、久しぶりに新書を読んでみようかなという気分になった。とはいえ選んだのは馴染み深い島田雅彦さんの作品だ。

 

2章の「散歩する文学者たち」が興味深かった。永井荷風を始め、文豪は街を彷徨い散歩をして人が多いらしい。漱石の『彼岸過迄』が「にわか探偵もの」で、島田さんによると「尾行」もある意味で散歩小説だというのがおもしろい。

 

半からは、散歩の話というよりも東京の酒場放浪記のような体を成してきた。赤羽から始まり、池袋、西荻窪高田馬場、登戸、町田、新橋、神田などなど…。東十条のモツ焼き屋「埼玉屋」がかなり気になった。「食に対して研究熱心な大将が作るモツは、ミシュランの星がついてもおかしくないレベルだ」と島田さんは言う。読み終わる時には、散歩の本というよりも呑兵衛の本を読んだ感覚になった笑。

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