書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『哀れなるものたち』アラスター・グレイ|生きることは哀れさを競うようなもの

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『哀れなるものたち』アラスター・グレイ 高橋和久/訳

早川書房[ハヤカワepi文庫] 2024.02.17読了

 

画でエマ・ストーン演じるベラと、圧倒される衣装やセットが話題になっている『哀れなるものたち』の原作を読んだ。旅の道連れとして選んだ本だったのだが、いつも通り旅中ではほとんど読めず、読了するのに随分と時間がかかってしまった。

 

ラ・バクスターとは一体何者なのか

一度命を絶ったベラは、天才医師バクスターの手により蘇る。身体は大人の女性なのに脳は胎児という歪な姿に蘇ったベラは、庇護された元を飛び出し駆け落ちをする。世界を旅した彼女は何を見て何を知り何を感じたのか。無垢で自由奔放で、性への活力に満ちた彼女を見ていると、まっすぐひたむきに生きることの大切さを教えられる。

 

中作や手紙による語りの手法は結構あるが、この作品の構成は度肝を抜く。編者アラスター・グレイ(小説の作者と同名)が、個人出版物や手紙などの資料をまとめあげた歴史書という体をなしている。とはいえ、一筋縄ではいかず、二重三重の重層的な構成が読者を翻弄させる。

 

ともと脚注はすっ飛ばして読み進めることが多いのだが、途中まで読んで「失敗した!」と思った。そもそもグレイが作者でなく編者というのが味噌で、この脚注も含めてすべてが物語なんだよな。

 

語に登場する多くの人物が「哀れな」と修飾される。ベラが見た周りの人はみな哀れで可哀想なのだ。逆にベラのことを哀れに思う人もいる。つまり世界に存在する人間は全て哀れなものなのだ。生きるということはある意味哀れさを競うようなものかもしれない。それがまたこの世の常なのだ。

 

ノクロの医学イラストや肖像画が、奇怪さ・おどろおどろしさを一層際立たせている。なんとこれ、全て著者アラスター・グレイによって描かれているというのが驚きだ。まるでエドワード・ケアリーみたい。ストーリーテラーとしての才能だけでなく、画家としての才能も際立つ。

 

みがわかれるとは思うが、私は結構好きな作品だった。訳者高橋和久さんのあとがきもアラスター・グレイの筆致を思わせる文体のようで、最後まで興味津々に読めたのだ。

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画化に際しまるっとかけられた全面カバーがこちら。最初に写真をUPした元のジャケット(イラストはもちろん著者グレイさんにより描かれたもの)のほうが好きだけれど、エマ・ストーンの豪華で奇抜な出で立ちが目を惹くので一応貼っておく。それにしても、この小説をどうやって映像化したのか気になって仕方がない。

『東京都同情塔』九段理江|時代の先端を突き進む

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『東京都同情塔』九段理江

新潮社 2024.02.11読了

 

んて端切れの良いスカッとするラストなんだろう。たいてい芥川賞受賞作を読み終えたときは「ふぅん」「そうかぁ」「上手い文章で良いものを読んだとはわかるけど、イマイチ何を伝えたかったのかわからない」みたいな感想になることが多い。しかしこの作品はわかりやすかった。時代の先端を突き進んでいて、鋭さと新しさが物語に共存する。

 

称「東京都同情塔」を建築することになる38歳の牧名沙羅(まきなさら)、美しい容姿から牧名に声をかけられた高級ブティック店員22歳の拓人、そしてジャーナリストのマックス・クライン、3人が入れ替わり語り手となる。マックス・クライン、マックス・クライン…?なんか聞いたことあるなと思っていたら、、『スクイズ・プレー』の主人公なのさ。これは九段さん、わざとですよね?

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イプ犯や殺人犯が幸せに暮らす目的で作られることになった「シンパシータワートウキョウ」は、人々は皆平等であるべきという考えから生まれている。罪を犯した犯罪者に同情するわけではく、生まれや育ちなどのバックグラウンドをまずは理解しようという意味。幸福のベースになる特権を持っているかどうかというのが根底にあるという考え方だ。性的マイノリティを差別しないのと同じで、あらゆる差別をなくしていこうということなのだろうか。

 

作中に出てくる幸福学者の祝辞に耳を傾けてみる。

「言葉は、他者と自分を幸福にするためにのみ、使用しなければなりません。(中略)かつて私たちは、言葉を十全に使いこなし、言葉を平和や相互理解のために、大いに役立ててきたのです。しかし今となっては、言葉は私たちの世界をばらばらにする一方です。勝手な感性で言葉を濫用し、捏造し、拡大し、排除した、その当然の帰結として、互いの言っていることがわからなくなりました。」(115頁)

昨今のSNSによる誹謗中傷。しかしこの作品はそのことに警笛を鳴らしているだけではない。言語、言葉の持つ力、そして思考と行動について、言葉や思想が狂気になり得ることを説く。そのくせこれらの手段はとても重要で、なくすことはあり得ないとも伝えている。言語こそが人間たらしめている所以であるかのように。

 

月発表された第170回芥川賞受賞作である。2年前に同賞の候補作として選ばれた『schoolgirl』を読んだ時にも才能の片鱗を感じたが、あれからわずか2年なのに格段にレベルが高くなっている印象を受けた。

 

川賞に作品のおもしろさを求めてはいないし、そういう作品が選ばれることはないとわかっていたが、個人的にはなかなか興味深く読めたし好きな作品である。九段さんが次にどんなものを書くのか楽しみだ。

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『みどりいせき』大田ステファニー歓人|小説って自由なんだな

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『みどりいせき』大田ステファニー歓人

集英社 2024.02.09読了

 

イトルも著者の名前も個性的だからひときわ目立つ。第42回すばる文学賞受賞作であることよりも彼の名前を知らしめたのは、その受賞スピーチであろう。「なんかおもしろそうな人が出てきたよ」と知人に教えてもらい、誰かがUPした音声だけのYouTubeを聞いた。出だしの「うぇいー」という挨拶、最近結婚したことともうすぐ父親になるという寿話、そして圧巻の詩の朗読。

 

かの記事で、歓人さんは川上未映子さんと町田康さんの文体に影響を受けたと書いてあった。「小説って何でもありなんだな」と感激したそうだ。確かに2人が書く文章に近いものがある。若さと今風のエモさがマシマシな感じだ。

 

登校になり怠惰な生活を送っていた高校生百瀬(あだ名はモモぴ)は、小学生のときに少年少女野球でバッテリーを組んでいた春(はる)に偶然出会う。いつの間にか薬物売買に手を染めてしまい、抜けだしたくても抜けられなくなる。というよりも、むしろ仲間という繋がりで居心地の良さを感じていく。

 

折りハッとするような光る文章がある。出だしの数ページも素晴らしいのだが、春の漕ぐ自転車の後ろに乗って、風を切って走るときの描写なんてとても良い。雲を見ながら、全部がつながっている気分になる感覚。こういう光る文章もあれば、逆に何を言ってるか意味がわからない文章も存在するから、結構読みにくさはある。

 

慣れない漢字や言葉の意味がわからなくてつまずくのではなく、若者言葉や省略された言葉の意味、そして単語の区切りがわからなくてつまづいてしまう読書体験。おそらく辞書に載っていないような言葉が至る所にあって、今を生きる若者の言葉遣いと熱量に打ちのめされる。確かに「小説は自由でいいんだ」というのはそのままの意味、つまり「小説は正しいと言われる国語、文法で書かなくてもいいんだ」ということだった。そもそもタイトルの『みどりいせき』は、「緑(色の)遺跡」ではなかった!

 

うなると、校正する方も若者なんだろうか、とか考えてしまう。下手に丁寧に直したりしたら作家の意図や本来の文章を崩してしまうよな。そもそも、今後は校正の仕事があんまり必要とされなくなるんじゃないかなんて思ったりもしてしまう。

 

葉だけではなく、誰が何を言ってるのか、誰のことなのか、いつのことなのか、ごちゃごちゃになってしまうけど、それはドラッグのせいでもあって、そして不思議といつの間にかこの文体に圧倒され快感を覚える自分がいた。男女がいるのに恋愛要素が一切ないのもまた良かった。

 

近のすばる文学賞は、文体の美学というか、文章そのものにより重きを置いているように思う。そういう意味では河出書房新社主催の文藝賞もそのきらいがある。どちらの賞も気鋭の新人に大きく門戸が開いているようで、新たな才能を見られる作品が多く、読者としては嬉しい限りだ。

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『変な家』雨穴|間取りを見るのは生活を見ること|今売れている本を読むこと

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『変な家』雨穴(うけつ)

飛鳥新社 2024.02.07読了

 

年から、どんな書店に行っても目立つところに積み上げられているから、確かに気にはなっていた。けれど、自分が読みたいジャンルの本じゃないと思っていた。それでも、文庫になったからついつい…。朝この本を鞄に入れ、行きの通勤電車、珈琲を飲みながらの朝読書、そしてランチをしながらの読書、それでもう読み終えてしまった(いつも2冊持ち歩いても結局読めないから1冊しか持たなかったが…今回ばかりは後悔気味)。

 

可解な間取りをめぐり推理をしていくミステリータッチの小説である。私は曲がりなりにも一応不動産系の会社に勤務しているので、かなりの頻度で家の図面を見る。だから表紙の間取りを見てすぐに違和感アリアリ。そもそも家の間取りって見ているだけで楽しいよなぁ。

 

れは文学ではなくドキュメンタリーに近い。インタビュー形式の頁も多く映像化に向いている。次々と仄めかされる疑惑と推理から目が離せなくなり、あっという間に読み終えてしまう人がほとんどだろう。正直、明かされる真実よりも、間取り図を見てあれやこれやの推測・議論している過程がおもしろい。あとは、この圧倒的な読みやすさが広く読まれている所以だろう。

 

んせ去年一番売れた小説らしい。最初は、事故物件サイト・大島てるさんが書いたのか(大島さんが覆面作家なのでは?)と思っていたがどうやら違う。雨穴さんは、覆面作家でウェブライター、そしてYouTuber。文学の世界なのに、動画を作る専門家のYouTuberに負けちゃうなんて!でもYouTuberなら、時代の最先端を行くから、何が売れるのかも把握している。この覆面作家というのが、作品の奇妙さと相まって読者の興味をより引き立てているような気もする。

 

分が何を読もうとも一切自由だ。本当は自分が好きな(好きそうな)作品だけを好きな時に読むのが楽しい。だけど、今この時代にどんな本が多く読まれているのかを知ることって結構大事だと思う。自分の趣味嗜好のためとか満足度を高めるという意味ではなく、今を生きるという上で。

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今春、映画にもなるようで全面カバーに包まれた姿がこちら。特典としてこの栞もついていた。背が高そうな人だな、雨穴さん。

『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ|読み終えてから押し寄せる余韻

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『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ 土屋政雄/訳

東京創元社[創元文芸文庫] 2024.02.06読了

 

イトルだけ見ても気付かないかもしれないが、これはあの有名な映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作である。私は実は映画を観ていない(あんなに名作と言われているのに何故観ていないんだろう…)。単純な恋愛映画だと思っていたのが、原作を読むと一筋縄ではいかない多重的な作品であった。

 

二次世界大戦が終わる頃、イタリアのある廃墟にハナという若い看護師と、全身に火傷を負った名もない謎の男性患者がいた。そこに、かつてハナの父親と親しかった元泥棒のカラバッジョと、爆弾処理班の工兵シンが加わる。謎の男こそが、このタイトルになっている「イギリス人の患者」なのだ。

 

争を経験してきた4人は、過去をたゆたうように語り合う。視点や時空がどんどん切り替わり、ストーリーがわかりづらい部分もあるが、幾重にも重なる重層的な連なりが神秘さを増し、美しく魅惑的な世界が広がるかのよう。

 

れ、どうやって映画にしたんだろうと不思議に思った。映画での恋愛は、ハナと患者、またはハナとシンの関係かと思っていたら、実際の映画脚本は原作とかなり違っていて、イギリス人患者とキャサリンの物語であるという。おそらく、映画と原作は別物として捉えた方がよさそうだ。

 

の廃墟にいる人たちは、戦果を通り抜けてきたのに人間らしさがあり、それが親しみを感じさせる。カラバッジョは、泥棒をしている最中でも人間的な事柄に強く惹かれる。ペットから歓迎されるほど。シンはかつて実験班に応募して合格した時、サフォーク卿とモーデンに快く迎え入れられてイギリス人を好きになっていった。

 

国で最も権威のある文学賞ブッカー賞である。そのブッカー賞が生まれて50年記念となる2018年に、ブッカー賞の頂点を決める催しがあったそうで、それにこの『イギリス人の患者』が選ばれたとのこと。キングオブブッカー賞なんて、それだけでもう快挙喝采。日本人では選ばないであろう、言ってみればノーベル文学賞の選考に挙がりそうな作品かな。

 

者のマイケル・オンダーチェスリランカ生まれでカナダ国籍を持つ。一文が短く、詩的で美しい文体は、アンナ・カヴァンヴァージニア・ウルフを思わせる。一読しただけではわかりにくさはあるものの、まるでカズオ・イシグロの作品のように、深い余韻と味わいをもたらす。私自身も読んでいる最中よりも読み終えてしばらくしてからのほうが、残響を味わえた。

『シャーロック・ホームズの凱旋』森見登美彦|ワトソンなくしてホームズなし

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シャーロック・ホームズの凱旋』森見登美彦

中央公論新社 2024.02.03読了

 

もそも、ホームズとワトソンが何故京都にいるんだ?そして、ホームズがまさかのスランプだと?寺町通二条通四条大宮に嵐山、南禅寺下鴨神社、、京都の名だたる名所を駆け巡る…。これは一体何なのだ!?日本の、それも歴史ある街並みにイギリス人らしき人がいる違和感。でもそんな気持ちもいつの間にか気にならなくなって森見ワールドにずぶりと引き込まれていく。

 

リアーティ、ハドソン夫人、メアリーなど、お馴染みの登場人物たちがわんさか登場する。ホームズものを全て読んだわけではないけれど、登場人物の名前には見覚えがあって、懐かしさを感じつつ、ズッコケおとぼけホームズには親しみがわく。

 

の作品は5つの章にわかれており、本家のホームズの短編集さながら、それぞれ事件のタイトルのように名付けられているのだが、一つづつ事件を解決するような短編にはなっていない。そもそも、推理小説にみせかけているけど違っていて、そしてこれは全体を通した長編小説である。

 

分に何かスランプが起きた時、または何かに自信をなくした時、はたまた何もかもうまくいかず投げ出したくなったとき。そんなときはこのグータラホームズを見習うがよい。なんだかちょっと元気が出てくる。ホームズだってこんな風になるんだと。そして何度も出てくる「ワトソンなくしてホームズなし」、どんなに成功した人物であろうとも、その人だけの力ではなり得ない。相棒であれ、家族であれ、仲間であれ、必ず支えとなる人がいる。名脇役こそ主役同然だ。

 

ャーロック・ホームズのパスティーシュといえば、昨年読んだ『辮髪のシャーロック・ホームズ』もおもしろかった。いや、そもそもこの森見さんの作品はパスティーシュといえども推理ものではないと断言できる。まさに森見ワールド。

 

森見登美彦さんの作品を過去に2冊ほど読んだときに、自分にはあんまり合わなかったので敬遠しがちになっていた。でも、先日万城目学さんのX(旧Twitter)でこの『シャーロック・ホームズの凱旋』を買ったという記事を見つけて、「おぉ!万城目さんが買うなら」と勇み足に。万城目さんでも本を買うことにも驚いたけれど。なんとなくあれだけの作家さんなら出版社から貰えたりするものなのかなと(本当は貰ってるかもなぁ)。

 

の作品の舞台が京都というのも万城目さんを夢中にさせたのかも。歴史上の実在の人物の名前が出てきたら、もしかしたら万城目さんの作品にもちょっと似ているかなぁなんて。ファンタジックだし。まぁでも、読んで良かった。なんだか京都に行きたくなってきたし、本家本元のホームズものも読みたくなってきた。

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『星月夜』李琴峰|漢字は読みたいように読んでもいいかも

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『星月夜(ほしつきよる)』李琴峰(り・ことみ)

集英社集英社文庫] 2024.01.30読了

 

本語って本当に難しいと思う。最初に出てくる日本語の文法問題では、私たち日本人なら当たり前にわかることでも、多言語を使っている人からしたら相当難しいだろうなとつくづく感じる。言語って勉強しようと思って身につくというより慣れるしかないものだと思う。まさに「習うより慣れよ」だ。

 

を歩いていて、電車に乗って、飲食店でご飯を食べて。隣にいる人が日本人ではないことなんて、今はざらにある。30年くらい前には、外国人がいるだけで振り向いてしまったのに。中国人、台湾人、韓国人、ベトナム人。昔はアジア人だとほぼ中国人だったのに、結構な確率でベトナム人が多いような気がする。

 

湾出身の日本語教師と、新疆ウイグル地区から留学してきた女性同士の恋愛と言語にまつわる話。最初は語り手が誰なのかわからなかったが、交互に視点が入れ替わっていると気付く。その境目が星と三日月マークで区切られているのだ。2人の名前が星と月にちなんでいるから。

 

イトルの『星月夜』は、本来なら「ほしづきよ」と読むのが正しいのだろうけれど、あえての「ほしつきよる」としている。その理由は作品を読むとわかる。それはそうと、間違えた漢字の読み方をする人に対して今までは「そんなことも知らないの?」とどこかで嘲笑う自分がいたけれど、特に日本語を母国語としていない人については、読みたいように読んでもいいのでは?と少し考えを改めた。ある意味漢字の良いところでもあるから。

 

琴美さんの小説を読むと、自分が日本人であること、日本語という言語のことを深く考えさせられる。日本人以上に美しく繊細に書かれた文章からは、一日一日を丁寧に生きることの大切さを教えられるようだ。ただ、李さんの小説はほとんどが同じテーマのものなので、違うテーマを取り扱った作品を読んでみたいかな。

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『滅ぼす』ミシェル・ウエルベック|政治、死、そして愛について

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『滅ぼす』上下 ミシェル・ウエルベック 野崎歓  齋藤可津子 木内暁/訳 ★

河出書房新社 2024.01.29読了

 

エルベックの小説ってどうしてこんなにカッコいいんだろう。ストーリーも文体も、登場人物の会話も、もう何もかも。鋭く光るセンスは誰にも真似出来ない。この本はジャケットもカッコいい。言わずもがな、現代フランス作家のなかで最も影響力のある一人だ。去年の暮れに、浅草の鮨屋で隣り合ったフランス人とウエルベックについて話が盛り上がったのを思い出す。

 

財務大臣補佐官のポール・レゾンが主人公。大統領選を間近に控えた中、テロ事件が勃発し政治の世界がスリリングに描かれる。また一方で、ポールの父親が昏睡状態になったことから、周りの家族や親しい人たちとの関係性が密接に物語に影響を及ぼす。   

 

中まで、近い将来ということはわかるけれど具体的にいつの時代なのかがわからなかったが、しばらくするとこの舞台が2027年(始まりはその前年の2026年)と明かされる。2027というのが不吉な数字であるとポールは訝しみ、それが素数であることを知る。素数というのは昔から多くの人を虜にした数字。

 

理小説みたく先が気になる!というわけではないのに、どうしてかぐいぐい読み進めてしまう理由は、ストーリー性が優れているだけではなく、ざくざく研ぎ澄まされた章の終わり方が、次もこの感覚を味わいたいと思わせる仕掛けになっているのかも。また、ポールが就寝すると、必ずと言っていいほど夢の中の情景が文章になる。これがまたなんともいえずスリリング。

 

ールの父とマドレーヌ、妹セシルとその夫エルヴェ、弟オーレリアンとマリーズの関係は、ゆるりとした空気感が心地良い。そして何と言ってもポールと妻のプリュダンス。最初は冷え切っていた関係がこんなふうになるなんて。「政治」の物語ではあるけれど、根底にあるのはまぎれもなく「死」と「愛」についての壮大なタペストリーだ。あぁ、これが本物の愛。

 

を意識したときに、人は小説を読むのだという。それは自分の人生ではなく「他人」の人生が書かれているから。この先に待つ死、それに至る痛みと苦しみを考えずに、別の人物の人生を辿ることで自身の死を考えずに済む故か。この作品ではアーサー・コナン・ドイルアガサ・クリスティーが読まれており、それが助けとなっている。死の直前まで推理小説を楽しめるなんて、なんと素晴らしいこと。

 

まで読んだウエルベックの作品のなかでは一番理解しやすかった。ストーリーが掴みやすいと言った方がいいだろうか。そういえば、いつもの性描写が途中までほぼなくて、刺激という意味ではインパクトは少ないかもしれない。いや下巻にはあるけれど、美しく気高いのだ。

 

ての言語の中でフランス語が一番美しいとよく言われるが、それは文字のつらなり、発音が耳に心地良いというだけでなく、フランス人の名前も影響していると思う。美しい響き、かぐわしい香り。マドレーヌ…、お茶したくなる。

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『雨滴は続く』西村賢太|貫多は行くよどこまでも

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『雨滴は続く』西村賢太

文藝春秋[文春文庫] 2024.01.25読了

 

西村賢太さんの遺作であり、最大の長編作が文庫になった。このろくでなしの堕落した北町貫多がまたもや主人公、そしてもちろん私小説。西村さんの作品は短編であれ中編であれほぼ私小説だから、貫多はもちろんのこと、多くのエピソードに「あ、あの時の場面だな」という既読感がある。それをまるっとまとめたものがこの大長編私小説だ。おんなじところをグルグルとループしているようで読み進めるのに結構時間がかかった。

 

根が江戸川の乞食育ちで、中卒の日雇い人足上がりの貫多は、或いはそれは殆ど彼の生来の僻み根性から依って来たるところの感覚なのかもしれぬ(27頁)

虐節のオンパレード。それでも、単純というかおめでたい奴というか。結構際どい(女性なら嫌悪しそうな)シーンもあるけど、男性だったらまぁこれが至って普通なんじゃないか、正直に語ってるだけじゃないかな。貫多は、憎めない奴なのである。

 

多は藤澤清造の「歿後(没後)弟子」を名乗る。その名に恥じないよう、自らも自滅に徹して潔い。没後弟子の資格を得るために、自らもまた私小説書きのして世にあらねばならないと思っている。没後弟子を目指す私小説家の苦悩と生き様、そして肉欲を求める彼の恋愛(と呼べるのか?)模様についての作品である。

 

西村さんの文章には独特の言葉が溢れている。特に印象深いのはこれら。

「結句(けっく)」・・・結局、とどのつまり、挙句の果て

「どうで」・・・どうせ     

 これは未読だが『どうで死ぬ身の一踊り』という著作もあることだし、西村さんらしい自虐言葉だ。そもそも藤澤清造の著作から取っているタイトルだった。

「ふとこる」・・・おそらく、懐(ふところ)から連想した西村さんの造語?

 作中に多用されているが、検索しても出てこないからもしかしたら造語だろうか。でも意味なんてはっきりわからなくても文脈から大体はわかる。文章を読んでいて、こういう感覚は結構好き。

 

年の3月、西村賢太さん一周忌ということで田中慎弥さんのトークショーに行った。田中さんが西村さんの一番好きな作品を、というか「よくぞこの長さを書き切ったな」という感嘆の意を込めて、この『雨滴は続く』を挙げていた。タイトルは『雨滴は続く』なのだが、田中さんは「雨滴は続くよどこまでも」という言葉を3〜4回使っていて、それは貫多の堂々巡りの人生を、もうタイトルを変えてしまうほどの印象なのだろうか。

 

が読んでもおもしろい小説というわけではないが、西村さんのエッセンスがぎゅっと詰まっていて、らしさ全開だ。最後は彼の作品が芥川賞候補になったというシーンで終わる。これは未完の遺作。できればこの続きも読みたかった。作中に貫多が想いを寄せる2人の女性が登場するのだが、その1人が文庫本の巻末に特別原稿を寄せている。実際の西村さんはどんなにか魅力的な方だったのだろう。

 

人賞に応募し続けて狭き門から小説家になる人がほとんどなのに、同人誌に載った文章を見た編集者から認められ文壇に立てるとは、どれほどの文才だろう。西村さんの人生は長くはなかったかもしれないが、自らの意志を貫き私小説家として生き、尊敬する藤澤清三氏の横で眠れているとは、なんと幸せなことだろうか。

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『十年後の恋』辻仁成|恋をしよう

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『十年後の恋』辻仁成

集英社集英社文庫] 2024.01.22読了

 

ランスに住むマリエは、10年ほど前に離婚をし、子育てをしながら仕事をする怒涛の日々を送ってきた。そんな中突然現れた歳上のアンリという男性。もう恋なんてしない(槇原敬之さんの歌を連想しますよね…笑)と思っていたのに。まるで女学生に戻ったように、自分のすべてが相手に翻弄される。恋をしている自分自身に恋をしているかのよう。とっても辛いのに、幸せなこのひととき。

 

の作品でマリエは「愛」と「恋」を明確に線引きしている、というか、したがっている。フランス語では「amour」一つしか存在しないのに、なぜ日本語には「愛」と「恋」が存在するのか。これに対しマリエの父親は名言を残すのだ。マリエは「恋」を求めるがどうなっていくのか、それがこの小説の肝となる。

 

ランス語と日本語ではニュアンスの違いからうまく訳せないということがあるらしい。「愛」と「恋」以外にも、例えば「絆」というのも、日本でいう意味合いとフランス語ではちょっと違っている。フランス語では「二つ以上のものを繋げるもの」を指す単語で日本語のそれよりも軽いイメージだ。こういう意味合いの違いや言語のことを考えると、国際結婚ってとてつもなくすんごいことなんじゃないかって思う。いやでも、恋に落ちたらそんなのは関係ないのかな。

 

の反対が憎しみでも無関心でもなく、愛には反意語が存在しないという考えにストンと落ちた。無償の愛というのは、やはり見返りを求めない愛ということなんだ。

 

性のあまったるい心理を余すところなく紡いでいく文体は、およそ男性が書いたとは思えない。恋愛小説が苦手な人にはちょっとキツイかも。マリエの恋のもやもやにずっと付き合わないとならないから。私も正直、こんな感じが最後まで続くのかな…と思っていたが、迂闊にも最後はホロリとしてしまった。やっぱり辻さんの文章は好きだ。

 

だひとつ確かなのは、何歳になっても恋愛って良いものだということ。人が生まれてから死ぬまでに一体どれだけの人を好きになるだろう。それが1人の人もいれば、何十人にもなる人もいる。相手の「好き」という感情を自分の「好き」とは測れないから、それがまた燃えさかる恋の原因なのだろう。

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